魔族の戦い
「究極性技 真四十八手 其ノ九」
ビッケはそう言ってフィストへと襲い掛かると、姿を掻き消した。
そして姿を見失ったフィストの背後に突然現れ、その首元に鋭利な爪を突き立てる。
「"シボリフヨウ"」
究極性技 真四十八手 其ノ九 "シボリフヨウ"
向かい合った状況からでも不意打ちを可能にする技。
姿を消し、相手の死角から強襲する。
繊細で美しい一撃は、花の首を落とす。
ビッケの奇襲によって首を貫かれ、倒れるフィスト。
しかし貫かれた首からは血が流れることは無く、店の床に倒れると靄となってその姿を消した。
「ま、幻影よね。知ってたわ」
ビッケは、フィストの幻術の突破方法を知っている。
美少女感知センサーというのは、戦闘においては対フィスト専用と言っても過言ではない性能だったが、そのスキルを所持していない彼女は我流で突破法を見出した。
「閉じた片目で、見えている景色は幻影」
そう言って彼女は、片目を瞑ったまま、何も無い空間に向けて爪による一撃を加えた。
するとそこに、短剣を構えて攻撃を防ぐフィストの姿が現れた。
「お師匠様の所で修行したっていうから、どれだけ強くなってるか期待したけど拍子抜けね」
馬鹿にしたように鼻で笑い、短剣を振り払って再び爪を構える。
するとその爪が根元から叩き折られており、粉砕されて床に落ちた。
「え……?」
「ビッケにも見破れなくなったのなら、もう私の幻術は完璧ね」
驚いたビッケがフィストに目を向けると、先程までそこにいると確信していたフィストの姿は無くなっており、いつの間にか背中から抱き着かれていた。
「二つお願いがあるんだけど、いいかしら?」
そう言うとフィストはビッケから離れ、店内にあった椅子を引っ張って座る。
唐突な態度の変化に警戒するビッケではあったが、先程までの異常な様子と違って冷静な彼女の様子に気圧されてしまった。
何より自らの武器である爪が完全に破壊された上、見破ったと思い込んでいた幻術に敗北した為、仮にフィストが異常な状態であっても自分に逆らう事は出来ないと判断し、この場は彼女に従うことにした。
「……お願いって、何かしら」
「一つ目は、今の私がマトモかどうか診断して欲しいの」
「はぁ?」
しかし、フィストからの提案に思わず間の抜けた声が出る。
自分が正常かどうか教えてくれなどと言う人間はいない。
何故なら正常な人間はそんなことは言わないし、気狂いは自らが気狂いだと気付けないからだ。
「幻術ばかり使ってるとね、代償として今の自分が見てる光景も現実かどうかがわからなくなるのよ」
フィストの左目は緑色の光を放って輝いており、そんな目で見つめられたビッケはよくわからないという表情を浮かべながらも、彼女の要望通りに診断をする為、近付いていく。
そして以前、清宮姫子に行った時と同じく頭に掌を当てると、その思考回路を分析する。
「頭の中を弄られてるみたいで、結構気持ち悪いね。これ」
「黙ってなさい。喋ってると診断の進行に影響が出るわ」
「はいはい」
自らがマトモかどうかというのを他者が客観的に判断することは難しいが、少なくともビッケはフィストの思考回路に異変を見付けることは出来なかった。
診断を終えて、フィストの頭から手を放し、その結果を伝える。
「そう、なら私はあのババアから逃げることに成功したのね。良かった」
「ババアって……お師匠様?」
「えぇ。修行の最後になって、アイツいきなり気が狂ったのよ」
フィストとビッケが魔大陸にいた頃、同一の人物を師匠として仰ぎ、稽古を付けられていた。
今回フィストは魔大陸に戻り、再び師事を仰いで修行をしていたのだが、その師匠の様子が何やらおかしくなったと言う。
「気が狂ったって……じゃあ魔大陸はどうなるのよ」
「私はギリギリで逃げて来たから全部を把握してるわけじゃないけど、ババアの号令の下に絶賛この場所へ侵攻中よ」
「う、嘘でしょ」
ダークエルフの姫であるフィストと、サキュバスプリンセスであるビッケ。
どちらも魔族としては最高位と言えるほどの力を持つ彼女らであるが、そんな彼女たちの師匠として君臨していた存在こそ、魔族の王である『魔王・サタン』だ。
魔族がこの世界に誕生した瞬間から、最強という立場を一度も他者に譲ることなく、何百年も君臨し続けている。
そんな存在が気を狂わせて中央王都に侵攻しているとなれば、被害は想像も出来ない。
「そこで二つ目のお願いなんだけど、私と一緒にババアを倒しましょ。ビッケ」




