電話したけど殺されかけたけど予選だけど
ピコーン!
そんな音と共に天上院は目を覚ました。
「ん……」
【お知らせ】
徳ポイントが2、天使ヴィクティムの祝福の効果により、ボーナスポイントが1追加されました。
脳内に響く電子的な音声。
「あぁ、そういえばそんなのあったなぁ」
徳ポイントの存在を完全に忘れていた天上院だった。
「そういえば3ポイントでどんなのが出来るんだろう」
天上院に与えられた前世でのノルマは5だったはずだ。
その半分であればなかなかいいスキルが取れるかもしれない。
「スキルカタログ、起動」
そう言って天上院はこの世界に来て初めてスキルカタログを発動する。
すると天界でも見た、混合世界と書かれた薄い冊子が手元に出現する。
天上院はそれを開き、中を物色する。
「んー、全然いいのがないなぁ」
(天上院様ぁあああああああ!)
「あれ、この声って」
(私ですよ! 天使ヴィクティムです!)
「あら、どうしたの?」
(お困りの様でしたので、何かお手伝いが出来ればなと!)
「それは助かるよ」
ヴィクティムはこの世界の管理者に値する者だ。
なにかいい情報が貰えるかもしれない。
「ヴィクティムとはいつでもお話しできるのかい?」
(天上院様がスキルカタログを発動している間はいつでもお話しできますよ!)
「へぇ、それは凄い。じゃあ早速質問なんだけど、徳ポイント3で取得可能なスキルってなんかあるかい?」
(正直全部ゴミですね~)
「おぉう」
ストレートな物言いに若干びっくりした天上院である。
「ん? でも私の前世でのノルマは5だったんでしょ? その半分以上でもゴミスキルしか取れないのかい?」
(あくまでアレはノルマってだけでして、最低限超えていただかないといけない数値です。越えなかった分は業ポイントとして加算されます)
「業ポイント?」
(まぁ天上院様には一生縁がないポイントの事ですよ。悪魔が担当するポイントですので、天使の私にも正直よくわかりません)
業ポイントというのは初めて知ったが、まぁ関係ないというのなら気にしなくていいのだろう。
どうでもいいことを気にするくらいなら美少女の事を考える。それが天上院である。
「わかった。じゃあとりあえず今は徳ポイントは使わずに貯めといたほうがいいってことだね?」
(そういうことになりますね~。いざという時に使えますし)
「わかった、じゃあ今回は貯めておくよ。ありがとうヴィクティム」
(どういたしまして! 何かあったらいつでもスキルカタログで連絡下さいね!)
「ふふっ、ありがと」
(ではまた!)
「愛してるよ、ヴィクティム」
(もう、やめてください!)
ヴィクティムの照れたような声が聞こえた後、通信が切れ、スキルカタログこと薄い冊子も消滅した。
さて、朝食でも食べようか。
そんな風に伸びをしながら考えていた天上院の肩に、そっと手が置かれる。
「ねぇ、今誰と話してたの?」
その時、天上院は思い出した。
フィストが本当に怒った時の恐怖を。
ベッドの中で一緒に寝ていた事実を。
「『愛してるよ、ヴィクティム』」
「……」
フィストは天上院の背中に体を預け、そっと耳に囁く。
「女を抱いた日の翌朝に違う女と電話、ねぇ」
天上院の白い首筋に、鈍い光を放つナイフの刃が当てられた。
天上院は人生においてこれほど振り向くのが怖いと思ったことはないと後に語る。
「さて、そろそろ王都祭が始まるわよ、死んでないで生き返って。ヤコ」
「フィスト、言葉がおかしい」
浮気のキッツイ制裁を食らった天上院は、ボロボロになりながらも起き上がる。
「全く、私の見えないところで後ろめたそうにやるんだったらまだ許してあげなくもないけど、目の前で堂々とやらないでくれる?」
「返す言葉もございません……」
今回は完全に天上院が100%悪い。
「王女様を口説くのは構わないけど、ヤコの一番は絶対に私なんだから。そうじゃなきゃ許さない」
フィストのその言葉に、天上院はふふっと笑う。
独占欲の強い女の子は嫌いではない。行き過ぎるとアレだが。
駄々こねてるみたいでかわいいな。
そう思いながら天上院はフィストの頭を撫でる。
「もう、そんなのじゃ誤魔化されないわよ」
「あはは、じゃあ早速その王都祭とやらに行こうか」
「そうね、あと30分位で王家の開式の言葉が始まるわ」
宿を出た二人は、バスなどを利用して、式場に急ぐ。
交通機関は王都祭の為、渋滞……ということは特になく、発展した科学力による計算により、渋滞は発生される前に解消されるのであった。
「着いたわよ」
「うっわ、凄い人だねぇ」
バスは中央王立記念公園というところに到着した。
天上院の目の前に広がったのは、まさに科学の結晶と呼ぶべき建物。
お椀型の競技場の上で、空中に浮きながらドーナツ型に広がる観客席。
それも一層ではない、全部で三層だ。
それらがゆっくり回転して、競技場の上で回っている。
周囲には巨大なモニターがいくつもある。今は王都の商会などの宣伝をしているが、試合が始まれば戦う選手の姿が大きくそこに映し出されるのだろう。
「すごいねぇ」
この世界は本当に凄い。スケールも技術力も地球と段違いだ。
「ヤコ、貴女は途中で乱入するんでしょ? 乱入者用の控室があるから、そっちに移動して」
「フィストはどうするんだい?」
「ビッケと待ち合わせしてるから、合流してヤコの応援ね。つまりここで一旦別れることになるの。頑張ってね」
そういうとフィストは、天上院の頬に軽いキスをした。
「応援ありがとう。頑張るよ」
天上院は笑顔でそのエールに答える。
フィストとはそこで別れを告げ、乱入希望者専用入口というところに天上院は入っていった。
乱入希望の室内には、天上院以外にも多くの人がいる、この人たち全員が乱入するのだろうか。
そう疑問に思っていると、部屋は突然暗くなり、どこからかスピーカーで音声が流れてきた。
「栄えある王都祭に乱入せんとする勇気ある者たちよ、よく聞け!」
周囲の人間達は何処から声が聞こえてきているのかと辺りを見渡す。
「我々は力なき蛮勇は求めぬ、王都祭で戦いたいのなら」
そこでスピーカーからの音声は途絶え、暗くなった部屋に再び明かりが灯る。
「「我々に力を示せ!」」
明るくなった部屋の中央に立っていたのは、一言でいうなら巨人。
それぞれ巨大なハンマーと鞭を持った、女性としては背が高い方である天上院の5倍はあるであろう大きさの女が二人、小さな人間達を睥睨するように立っていた。
巨人の女たちは集まった人々を片っ端からその武器で、体で吹き飛ばしていく。
「どいつもこいつも弱っちいねえ!」
「全くだ、こんなザマで乱入など笑わせる!」
二人は王家直属の護衛騎士である。
だから王家が主催するこの王都にて乱入者の選別という役目を担っており、飛び入りで王都祭に出場したいなら彼女らを倒さなければいけない。
その国の代表として王都祭に出場する他選手と平等を期す為、また弱者を舞台に上がらせないため、彼女らは文字通り壁となって挑戦者たちを打ち崩す。
「このままじゃ今年は乱入者なしかねぇ!」
「それはどうかな?」
「あぁ!?」
声のした方向にハンマーを振るう巨人の女。
しかしその声の主はどこにも見当たらない。
「ここだよ、大きなレディ」
いや、いた。
女が振るったハンマーの上。
まるで軽業師のように、天上院がその柄頭に立っていた。
「チッ、舐めやがって!」
巨人の女はハンマーを左右に大きく振り、天上院を払いのけようとする。
「あはは、舐めてなんかないよ」
地面に落とされる前に、天上院は素早くハンマーの上から降りる。
「それは君達を倒してからじっくりやることだからね」
乱入者控え室で天上院の戦いが始まったころ、競技場の観客席ではフィストと合流したビッケが座っていた。
「ヤコさんはもう行ったの?」
「うん、今頃戦っているはずよ」
「貴女は4年前に出場したものね」
「まぁ私でも突破できたんだし、ヤコなら余裕でしょ」
「私はあの人の実力の程はあまり知らないけど、まぁ貴女がそこまで言うなら大丈夫なんでしょうね」
二人は王都祭開催の挨拶が始まるまで待とうと寛ぐ。
その時突然、轟音が巻き起こった。
「きゃあ! な、なに!?」
ビッケを含め、観客席のあちこちから悲鳴が飛び交い、会場は一時騒然となったが、轟音が巻き起こった方向に人々が注視すると、今度は一点、水を打ったように静まり返った。
「不審物を所持していた人物を確保。不審物の正体を爆弾と断定……起爆解除完了しました。体内に起爆物無しと確認」
「爆弾の所持者の身柄の拘束完了。王都祭の開催を狙ったテロと断定」
そこにいたのは地面に押し倒され、完全に身柄を拘束された人物と、手元の機械を操作する女と、犯人を拘束しつつ、銃口をその頭に突き付けている女。
「治安委員……」
誰かの口から発せられた言葉。
それはこの国に住む人間にとって、善良な市民には希望の象徴、悪人にとっては恐怖の象徴。
「アイツラがいるなら勿論……」
フィストがポップコーンを頬張りながら呟く。
音の原因がわかり、一気に平静さを取り戻したようだ。
そして彼女はもうそれ以上現場を見る必要はないと判断し、様々な宣伝や本日の出場選手等が写るモニターに目を向ける。
なぜならもう、事件は解決しているからだ。
拘束された犯人の前に、青い服装で身を包み、金色に輝く天秤を持った小柄な人物が現れる。
その人物が犯人に手をかざすと、犯人の体から「何か」が抜き取られる。
そしてその「何か」を片方の秤に乗せると、空に天秤を掲げる。
秤は「何か」が乗っている方の秤が上に傾くと、その「何か」が乗る秤目がけて空から光が落ちてきた。
光が収まると「何か」は消滅し、犯人の体も動くことはなくなっていた。
「まだ協力者がいるそうです。場所は今から指示しますので、早急に拘束してください」
「「承知しました」」
その光景を黙って見つめる、万を優に超える視線。
「裁断者……」
他の世界と比べて圧倒的に治安の悪い混合世界。
そしてこの世で一番の技術力と富を持つ中央王都。
そんな中央王都の治安を保つ組織。
特殊技能を駆使し、事件を未然に防ぐ治安委員。
そして捕まえた犯人を裁判に通すことなくその場で処する権限を王家から与えられた裁断者。
「相変わらず仕事が速いわね」
小声でそっと、ビッケは呟く。
「治安委員の目から逃れて犯罪なんかできるわけないのにな。アホなテロリスト達だ」
フィストはポップコーンを口に投げ入れながらビッケの呟きに返答する。
他の観客たちも次第に我に返り、再び会場は騒がしくなっていく。
「今の裁断者って『鉄の女』でしょ?歴代裁断者の中でも一番冷酷っていう」
「あれくらい小柄な裁断者は他にいないでしょうしね」
『鉄の女』
そのあまりに無慈悲な犯人に対する処置で、悪人どころか善良な市民にも畏怖される裁断者。
「まぁアイツが裁断者になってから王都の犯罪って検挙率100%なんでしょ?」
「いや、1000%よ」
「なにそれ」
「事件が起きる前に犯人を逮捕して未然に防いでるから」
今から丁度4年前、この王都祭にて生まれた裁断者。
つまり昨年の優勝者である。
「アイディール・ロウ……」
その大会に参加していたフィストは、懐かしいようにその名を呟く。
彼女は乱入者として彼女と戦い、敗れた苦い記憶がある。
「強かった?」
「強かったよ。別次元だった」
「ヤコさんと比べたら?」
「……ヤコじゃないの」
「うふふ、本当に好きなのね」
その昨年優勝者より強いと噂である天上院は、乱入者控え室で、巨人の女二人を相手に大立ち回りを演じていた。
「主、鞭は我が全て避けて見せよう。だからあちらのハンマー女に集中するのだ!」
「頼んだよペガサス!」
「ちょこまか動きやがってうっぜえな!」
「一発でも当たれば私達の勝ちなのに!」
既に天上院と巨人の女二人以外で立っている者はいない。
ペガサスは天上院を乗せながら鞭を魔法なども駆使しつつ掻い潜り、天上院はペニバーンを操ってハンマーと応戦する。
2対1、早めに勝負を決めねば不利になるのは天上院である。
だが、正直言って天上院はまだまだ余裕だった。
思いがけず口元が緩むほどに。
「テメエ、何笑ってやがる!」
そんな天上院を見て激高し、ハンマーを振り下ろす巨人の女。
「おっと、これは失礼。いやはや素晴らしいね」
その振り下ろされたハンマーを持つ手をペニバーンの石突きで強く打ち付け、ハンマーを女の手から叩き落とす。
「ハンマーと鞭を振る度にブルンブルン揺れるおっぱいがたまんなくて、ついつい勝負を長引かせてしまったよ」
そのままハンマーを持っていた女をペニバーンで吹き飛ばすと、鞭の女に振り返る。
「貴様!」
「さぁ、私の乱入を許可するか。そのデカメロンを揉みしだかれるか。好きな方を選んでもらおうか?」
鞭の女にペニバーンを突き付け、天上院は不敵に笑う。
「両方を選んで頂いても私は一向に構わん!」