ダークエルフとサキュバス
中央王都のとある店にて、扉の開く音がした。
「ごめんなさいね。ウチは夜からの営業で……あら」
入店してきた客人へ謝罪をしようとする店主だったが、その顔を見て言葉を止めた。
「もう、いつの間に帰って来たの? 来るときは連絡しなさいって言ったでしょ。フィスト」
店主、ビッケは自らの店にやってきた友に小言を言うと共に、手元の作業を再開した。
夜に向けての料理の仕込みやグラス拭きなどが残っているのだ。
「戻って来たってことは師匠様の修行は終わったんでしょ? てっきり直ぐヤコちゃんの下へ駆け付けるかと思っていたから、何の用意もしてないわよ」
ビッケは片目を閉じて、ため息を溢す。
「そうそう。ヒメコちゃんに関してはしっかり面倒は見てあげたわ。彼女、元気かしらね」
そう言って説教を続けるビッケに、フィストはゆっくりと歩み寄る。
そしてその背に向けてナイフを振り上げた。
「ねぇ、ところで」
ビッケはナイフを振り下ろす腕を掴み、そのまま店の壁に向かってフィストを打ち付ける。
「貴女の様子がおかしい事に、私が気付かないとでも思ったの?」
店の机や椅子を巻き込み、大きな物音を立てて投げ飛ばされたフィストを、エプロンを脱ぎながら見下ろす。
ハンカチ代わりにエプロンで手を拭うと、動かないフィストに向かって近付いていく。
「あのねぇ」
ビッケはクルリとダンスの様に半回転し、自らの背後を蹴り上げた。
するとそこに再びフィストが現れ、彼女のナイフをハイヒールの底で受け止める。
「私に貴女の幻術が効くとでも?」
不意打ちを防がれたフィストは、再びビッケから距離取る。
敵意を剥き出しにして油断なくナイフを構え、ビッケの動向を探っている。
「へぇ、体術で私と戦うつもりなの?」
そう言うとビッケは自らの髪を掻き上げる。
すると悪魔の象徴たる捩じれた二本角が姿を現し、彼女の爪が人の腕程に伸びた。
眼は紅い月の様に仄暗く輝き、魔族として本来の力を彼女は解き放った。
「昔から喧嘩をしたら、どっちが強かったのかも忘れちゃったのかしらね」
彼女が先程まで着ていたはずの劣情を煽る際どい服は、魔力により強化されて漆黒のドレスへと変化。
「思い出させてあげるわ。淫魔女王第一位継承者としての力を」
長く鋭い十の爪をフィスト向けて構え、不敵に笑う。
「勝負よ、ダークエルフのお転婆姫ちゃん」




