任務完了だけど負けたけど捕まったけど
そうして私はヴィエラさんとペニバーン、ロウターの3人と完全変態モードに移行。
完全変態モードになると、その相手の力の一部を使えるようになる。
ペニバーンであれば力、ロウターであれば速さ。
両者ともかなり強力な威力を持っていたが、ヴィエラさんからは『成長力』だった。
ヴィエラさんは栄養素など存在しないはずの石畳から、様々な果物や野菜が実るほどの木を生やす力の持ち主。
その力と一体になることにより、今までより格段に違う動きが可能になった。
「当たる気が全くしないや」
私の背中に生えた翼は、今までよりも更に大きくなり、圧倒的な速さで上級兵士達の攻撃を避ける。
いつまでも攻撃が当たらない私に痺れを切らしたのか、5人の上級兵士が同時に飛び上がって私に突撃してきた。
「究極性技 幸四十八手 其ノ四十三」
そしてもう一つ。
究極性技には一部、縄状の物を手に持っていないと使用できない技がいくつか存在した。
しかしヴィエラの力を借りている今、両手から木の蔓を召喚することによって、その代用が出来るようになったのだ。
「"ダルマガエシ"」
究極性技 幸四十八手 其ノ十四 "ダルマガエシ"
※縄を所持している場合にのみ使用可能。
対象を自在に操る縄で拘束し、決めた方向へと投げ飛ばす。
神業とも言えるその狙いは、願いを叶えて目を開く。
「えいっ!」
一人の上級兵士を木の蔓で拘束し、他の4人に向かってぶん投げる。
ヴィエラさんがアイディールさんを拘束してた時から、随分と頑丈な木の蔓だなぁと思っていたけど、自分で使ってみてその理由に気付いた。
この木の蔓は、一本一本はそこまでの耐久力が無いものの、その量と再生力によって強度を維持し続けているのだ。
少なくとも地球にこんな植物は存在しないと思うので、この世界特有のビックリ植物なのだと思う。
ぶん投げた上級兵士はもう一人の哀れな上級兵士にぶつかり、二人して地面へと落ちて行った。
残りの三人も同じ様に木の蔓で拘束して、眼下にいる兵士達に向かって投げ落とした。
「おっと」
そうやって適当に暴れているうちに、どうやら真打の登場らしい。
私の目の前に、他と明らかに雰囲気の違う三人の人口生命体達が現れた。
両肩に3つの星が刺繍された軍服。
キハーノさん達から事前に聞いていた特徴と一致している。
間違いなく最上級兵士だ。
「……貴様らも行け、どうせ無駄だ」
チラリと目をやると、ゼロの護衛の為だったのであろう残る二人の最上級兵士もまた、私を目掛けて飛び上がる。
上級兵士の注意を寄せることに加え、最上級兵士全員を引きつけた。
私の仕事はこれで完璧だろう。
さて、この五人で国が一つ滅びる程の力があるらしい。
死なないように行こうか。
最上級兵士の五人が私に襲い掛かってくると同時に、ゼロへと飛びかかる二人の人影が見えた。
キハーノさんとパンサさんである。
作戦通りに侵入することが出来たらしい。
二人が勝つことが出来るかなど分からないし、事前に聞いた通りだと負ける確率のが断然高い。
それでも私自身が直接ゼロと戦うわけにもいかない以上、こうするのが最善なのである。
私は視線を改めて最上級兵士達に戻すと、私を中心にして囲むように展開した彼らは、広げた両手から青白い光を生み出している。
やがて5人から生まれた光が繋がり合い、一つの輝く青い壁となってゆく。
しかしそれをボーッと見ている私ではない。
嫌な予感のした私は、すぐにその場を離れると、ギリギリで避けることが出来た。
光の壁が出来上がり、そこに刻まれているのはこれまでに何度か目にした封印の紋章。
もしあの中で囚われてしまえば、過去の経験と同じ様に身武一体などの特殊な技能が一切使えなくなってしまうところだったのだろう。
最上級兵士というのはこんな芸当まで出来るのか。
上級兵士よりも火力が高い程度にしか考えていなかったが、改めねばならない。
非常に危険極まりない相手である。
私に封印を避けられた最上級兵士達は二人と三人に別れ、二人が近付いてきた上級兵士達と私に突撃。
もう三人は手から今度は緑の光を生み出して壁を形成していく。
どうにか逃れたいが、目の前で襲い掛かる最上級兵士の二人が捨て身ともいえるほど苛烈な攻め方をしているせいで壁の形成に目をやる余裕が無い。
人数が減ったから多少展開のスピードが落ちてはくれないかと思ったのだが、違う技だからなのか殆ど変わらぬスピードで完成されていく緑の壁。
かなり必死に抵抗したのだが、壁から逃れることが叶わずに私を中心として完成する緑の壁。
そして襲い掛かる異常な重力による負荷。
身体がもの凄く重い。
ロウターの力によって速さが上昇してるとはいえ、かなり動きが鈍くなってしまった。
これでは最上級兵士を捌くことすらもキツイかと思ったが、何故か上級兵士を残して最上級兵士達は再び五人に合流していく。
何をしているのか理解出来なかったが、最上級兵士達が再び手から青い光を生み出し始めた瞬間に分かった。
私は逃れる為に上級兵士達を突き飛ばし、範囲外を目指すが、執拗ともいえるしつこさで私を妨害してくる上級兵士達。
そして遂に私は青い封印の中に囚われてしまった。
強制的に解除される身武一体。
上空で戦闘を行っていた私の身体は、力を失って地面に落ちてゆく。
そんな私を一人の最上級兵士が確保すると、そのまま首に何かを注射された。
頭を揺さぶる程の眩暈と共に、私は意識を失った。
◇◆◇
「いくぞパンサ!」
一方、キハーノとパンサの二人は、ゼロを相手に戦いを続けていた。
しかしそれは戦いと呼べるようなものではなく、子鼠が人間に飛びかかっているという光景を想起させる程に絶望的なものだった。
必死に攻撃する二人を、ゼロは心底鬱陶しいとでもいうような冷めた表情で見る。
左から襲い掛かって来たパンサを片手で受け止めて地面に叩きつけると、キハーノの顔に鉄拳を打ち込んで吹き飛ばす。
そして倒れて動けなくなったパンサを足で踏みつけ、上空を見上げる。
「ふん。産廃でも最低限の仕事は可能なようだな」
ゼロの視線の先では、封印の結界によって身武一体が解除されて地面に墜ちていく天上院の姿。
そして彼女は最上級兵士に拘束され、強制的な眠りに堕ちた。
「さて……」
足蹴にしていたパンサを蹴り飛ばすと、拘束した天上院を運んできた最上級兵士を呼ぶ。
そして受け取った天上院をバルコニーに掲げると、再び整列した上級兵士達に向かって叫んだ。
「諸君。たった今、我が国に侵入した鼠を捕まえた」
天上院が付けていた廃材で作った仮面を外し、その素顔をトレボール上空のモニターに繋がるカメラへ向ける。
気絶した天上院の顔が、映し出される。
「これは紛れもなく人間からの挑発行為であり、宣戦布告に他ならない」
そう言ってゼロは天上院を再び最上級兵士に渡すと、芝居がかった動きで両手を挙げて全人口生命体に『指令』を出した。
「本日の今を持って、トレボールは中央王都含む全人間都市に侵攻を行うことを宣言する」
その言葉を聞いた人口生命体達は、規則正しい動きで一切の乱れ無く拍手を行う。
しばらくの間その拍手が続いたかと思うと、一斉に静まった。
「各自が取るべき行動指令は直ぐに通達する。では、始めるぞ」
ゼロはカメラに背を向けると、再び機城の中へ戻ろうとした。
「待て……待ってくれ」
しかし、その足を両手で掴む者が一人。
キハーノである。
殴られた時にショックを受け、そのリカバリーに時間がかかったが、どうにかゼロが立ち去る前に食らいつくことが出来た。
まだ宣言という名の命令が行われる前であれば、この事態を回避することが出来たかもしれない。
残念なことに、人間の国に対する侵攻命令が出てしまった以上、もはやゼロを説得して撤回させるしか方法が無くなってしまった。
一度指令が下ってしまえば、その指令元であるゼロから中止命令が出ない限り、全人口生命体は従わざるを得ないのだ。
人間である天上院に頼らず、自分達で成功させたいというのが結局、仇になってしまったのだろうか。
だが作戦が失敗した以上、全ての責任はリーダーである自分にある。
こうなれば怨敵といえど、頭を擦り付けて懇願せねばならない。
そんなキハーノの姿をチラリと見たゼロは、視線を戻して足を掴んでいる彼女を引き摺りながら機城の中へと戻っていく。
「来い、貴様に特等席で見せてやろう。第二次中央戦争を」
足を掴んだまま引き摺られたキハーノが辿り着いたのは、機城の最深部にあるゼロの部屋だった。
キハーノの研究室を鼻で笑う程の最新鋭の設備と機械。
光がチカチカと激しく点滅を続け、多くのモニターには沢山の情報が浮かんでは消えてを繰り返す。
「なんだ、これ」
その中でも一際目を引くのは、中央にある頭部に沢山のコードが付けられたロボット。
ロボットと言ってもキハーノやゼロのようにシリコンで顔の表情や皮膚が再現されているわけでは無く、ただの武骨な鉄製のロボットだった。
「ただの試作品だ」
キハーノの呟きに対し、簡潔に答えるゼロ。
「試作品、だと? また新型の兵士でも作るつもりか」
キハーノの脳裏に過ぎるのは、最上級兵士の姿。
天上院ですら敵わなかった彼らを超える存在を作り出し、これ以上の脅威を増やそうというのか。
「いや、違うな」
「ならば何を生み出そうとしているのだ」
兵士たちの指示や情報の処理で忙しいのか、簡単な返事だけのゼロに痺れを切らし、キハーノは直接その答えを聞くことにした。
するとゼロは一瞬の間を置いて、口を開く。
「感情を持った人工知能だ」
「……は?」
感情を持った人工知能の研究。
それが何を意味するか。
つまりまだこの世には感情を持った人工知能は存在しないということである。
それが何を意味するか。
「じゃあ、私達はなんなんだ……?」
キハーノ含め、全トレボールにいる人口生命体は、感情を持った人工知能では無いということだ。
「え、え……え?」
言われた言葉が理解出来ず、狼狽えるキハーノ。
しかし自分には間違いなく感情と呼べるものが存在するため、ゼロの言葉が間違えているはずだと気を取り直す。
「待て。それならば私にある感情は一体なんだと言うのだ」
「あぁ、間違いなくお前には感情があるはずだ。キハーノ」
自分に感情が存在するということを強く主張するキハーノに対し、それを肯定するゼロ。
再びキハーノは混乱することとなる。
「どういうことだ。感情を持った人工知能は存在しないのだろう?」
「あぁ、存在しないな」
ゼロはこの部屋に入室して初めてキハーノに振り向く。
そして抑えきれないとでもいう風に口角を上げた。
「『感情を持った人工知能は存在しない』、そして『D・キハーノには感情が存在する』。この二つに矛盾点は存在しない」
この意味が分かるか?
そう言ってゼロは言葉を続ける。
「今こそお前、いや『お前達』の記憶の封印を解除しよう。そして思い出せ」




