行き倒れてるけど元気だけど突然だけど
喉の渇きと空腹感で目が覚めた。
外を見ると既に日は沈み、深夜と言える時間になっている。
朝食以来何も食べてないし、そりゃ半日何も口にしていなければこうなるだろう。
ヴィエラさんはまだ私の腕で寝ている。
移動中もカチューシャになって寝ていたはずだし、この子は一日で何時間寝れるんだろうか。
ヴィエラさんを起こさないようにそっと体を起こし、寝起きでイマイチ言う事を効かない体に活をいれながら部屋の扉を開ける。
呼べば来てくれるだろうが、こんな時間にロウターを召喚するのは少し気が引ける。
果実を齧れば空腹ついでに喉も癒されるだろうし、食事は外に生えている木に行けば十分だろう。
「しょうもない時間に目が覚めちゃったなぁ」
誰にも聞こえないだろう一人ごとを呟き、外への扉に歩く。
拠点の中は一切の電気が灯っていないために真っ暗だ。
人口生命体達は明かりなど無くても、周囲の物体を感知するセンサーによって活動が出来る為、ここの拠点にも電灯などは存在しない。
なので日が沈んでしまうと私にとっては何も見えなくなってしまう。
だから、私はスマホのライト機能を使って歩いていたのだが、足元に転がっていたソレに気付けずに足を引っ掛けた。
「うわっ」
咄嗟に壁に手をついたお陰で転ぶことは無かったが、結構なサイズがあったので驚いた。
なんで廊下にこんな大きなモノが落ちているのだろう。
「ん~?」
躓いたモノにスマホのライトを向けると、人の顔が照らされた。
完全な無表情のせいで、それはとても不気味に見える。
「うおっ……あれ、キハーノさん?」
呪いの人形か何かかと思ったが、よくよく見るとソレはキハーノさんの顔をしていた。
いや、顔は完全にキハーノさんなのだが、美少女感知センサーが反応していないのだ。
しかし、そういえばキハーノさんの反応がどこにも見当たらない。
遠くに行くことは流石に考えられないし、この拠点の中にも感じられない。
「えーっと、確かこっちだっけ」
私は一旦ご飯を後回しにして、倒れているキハーノさん? を担ぎ上げた。
持ち上げてみると想像以上に軽い。
人間の小学生並みに軽いんじゃなかろうか。
担いで向かうのは、昼間に教えられたキハーノさんの部屋。
キハーノさんは自身の研究室の他に、基本的な生活スペースとしている部屋もあるらしい。
「ここだ」
辿り着いた『キハーノ』と書かれた部屋の扉を開けると、やはりそこにキハーノさんの姿は無かった。
足元に気を付けながら部屋に入り、ベッドの上に担いで来たキハーノさんの身体を寝かせる。
すると、ベッドとキハーノさんの身体が光りだした。
『エネルギーの補充を開始します』
やっぱりだ。
キハーノさんは電池切れで倒れていたのである。
◇◆◇
「ヤコーーー!」
翌日、扉を勢いよく開く音と大声で私は目覚めた。
早めに寝たとはいえ、途中で一回起きたのと朝早いことで若干まだ頭が痛い。
「部屋に戻してくれたのはヤコだな? ありがとう!」
ベッドの上で寝たままボーッとしている私の身体を揺すりながら、キハーノさんがかなりのハイテンションで喜んでいる。
早朝からいきなりこのテンションは割とキツイ。
味噌汁の優しい香りで目覚めて、柔らかい美少女達に包まれながら、朝食を用意してくれた美少女におはようのキスをして貰うのが私の夢です。
「リーダー、ヤコさんが困っていますよ」
興奮冷めやらぬキハーノさんに揺さぶられていると、パンサさんが落ち着かせてくれた。
一体何をそんなに喜んでいたのだろう。
「だって初めてだぞ!? 私が朝日を見れたのは!」
「リーダーは研究に夢中になり過ぎです。バッテリーの残量は気にしてください」
彼女らの話を寝惚けた頭で必死に整理するとこうだ。
キハーノさんは今まで自身の研究に夢中になり過ぎて、気付いた時には昨日の夜のようなバッテリー切れになってしまう。
なので翌日の朝に拠点内で倒れている所をパンサさん達が発見し、自室まで運ばれて充電するらしい。
もはやこの拠点の朝はキハーノさん探しから始まるらしく、今日は初めて皆と同じ時刻にバッテリーが満タン状態で目覚めた為、非常に驚かれたらしい。
因みにキハーノさん自身も大変驚いたらしく、ベッドに辿り着いた記憶が無いので私が運んでくれたということに気付いた時はいたく感動したそうだ。
「これは歴史的快挙だぞ、ありがとうヤコ!」
朝に起きたくらいでそんな喜ばなくても。
あまりの五月蠅さに完全に目が覚めた。
隣で寝ているヴィエラさんは可愛い寝息を立てて眠っている、凄いなこの子。
「何かお礼をしなくてはな……そうだ!」
しかしお腹が空いてしまった。
とりあえず朝食代わりに果物でも齧りに行こうか。
「私の研究を特別に見せてやろう! 研究室に来てくれ!」
そう言ってキハーノさんは私の手を引き、走り出した。
いや、あのご飯を食べさせてください。
ついでに歯磨きとかもさせてください。
だが私の想いは届かず、キハーノさんに研究室へと連れ込まれた。
昨日パンサさんに入ってはいけないと言われた部屋だ。
女の子に手を引かれて秘密の部屋へ入る。
字面だけ見ればとても興奮出来るが、残念ながら現在は性欲よりも食欲が勝っている状況だ。
研究室の中は、正直拠点の内装とそこまで違いがなく、そこかしこに鉄屑や布が散らばっていて、曲がった剣のような塊や鎧のようなオブジェと様々なものがあった。
そしてその中央に、ひときわ大きな何か。
「これが私の究極的な発明、ロシナンテだ!」
「ロシナンテ?」
キハーノさんに自信満々に紹介されたそれに目を向ける。
お世辞に言っても扇風機の羽根にしか見えない何かが六枚ほど対になって重そうな鉄鎧に付いており、それらをガッチガチに針金で固定している。
恐らくカッコいい翼の付いた鎧を目指して作ったのあろうが、その軽やかな理想に対して現実はどう考えても動きが制限されるのは間違いない武骨なシロモノだ。
「えーっと、凄いね。キハーノさんのイチオシは何処なの?」
いや、見た目に反して実は凄いテクノロジーが隠されているのかもしれない。
取り敢えず理解が出来なかったので、適当に褒めて製作者本人に良さを伝えて貰おう。
「おぉ、ヤコにはわかるか。流石だな!」
そう言ってキハーノさんは意気揚々とその羽根付き鉄鎧の解説をしてくれた。
これは天を駆け悪を滅することを女神に誓った騎士にだけ与えられる神聖な鎧であり、着た者は空を支配し裁きを与える力を手に入れるらしい。
輝く六枚の翼は大天使の祈りが込められた愛の象徴であり、悲しき咎人に最後の救済を与えんと光よりも早く駆け付ける為にある。
女神の使徒である証が刻印された鎧はあらゆる災厄から身を守り、染まらぬことを示した純白は必ずや罪を浄化する。
正確にはこれ以上設定盛沢山の話をされたのだが、聞いてる途中で脳が理解を拒否した為にここまでしか聞き取れなかった。
完全にキハーノさんの妄想であり、実際にはなんの効果もないゴミである。
万が一のため、ペニバーンとロウターを召喚して彼女が言っていることの一つでも当てはまることがあるか聞いてみたが、二人揃って否と答えた。
「いや、それにしても流石だなヤコは。以前パンサに他の完成品を見せたのだが、『私には粗大ゴミにしか見えません』などと言ったのだよ」
うん、間違いなく粗大ゴミだと思います。
でも面白いから悪ノリしよう。
「いや、私には分かるよ。そのロシナンテは間違いなく女神が君に与えた鎧だ」
「おぉ、やはり見る者が見ればわかるのだなぁ!」
そもそもキハーノさんが自分で作った時点で女神が与えたという前提が崩れるのだが、そこは気にしなくてもいいのだろうか?
いいんだろうな。
「うむ、では早速これを着てパンサ達にお披露目と行こうじゃないか!」
そう言ってキハーノさんは、ロシナンテを装備し始めた。
手始めに鎧を体に通した段階で、針金の締めが緩かったのか翼が一対落ちたので私が拾って付けてあげた。
次にキハーノさんが空を飛びまわるイメージをしたのかその場で一回転したところ、翼が付近のガラクタを盛大に巻き込んで地面に叩き落とした。
落ちたガラクタが更にガラクタになってしまったのを見たキハーノさんは少し悲しそうな表情を浮かべたが、翼が頑丈な証拠であると言って気を取り直すことに成功。
意気揚々と研究室を出ようとしたが、これまた翼が入り口に引っかかり、その衝撃で全部の翼が落ちた。
「……心悪しき者に、ロシナンテの翼は見えぬのだ」
どこまでもポジティブな精神はリスペクトしたい。
そうなりたいかと言われれば別だが。
「ゴミにしか見えません」
ロシナンテをパンサさんに見せに行ったキハーノさんだったが、その反応は冷たいものだった。
「説明された機能の科学的根拠が一切ありません」
冷静なパンサさんの分析がキハーノさんの心を刺す。
ちなみに魔法的根拠も無いのはペニバーンとロウターが証明済みです。
先程部屋を出る時に翼の装着は諦めた為、現在はただの鉄鎧を着たキハーノさんがドヤ顔をしているという状況だ。
「ふ、ふんっ! まだまだパンサは私の次元に程遠いようだな! ヤコは一目で理解したぞ」
え、やめて。
私と貴女を同じ次元として扱うのはやめて。
パンサさんが疑わし気な目で私を見てるから。
「リーダーが理解不能な物体を作るのは今に始まったことではないです」
そのトドメの一言で、キハーノさんはがっくりと地面に手を付いて倒れた。
だが暫く俯いた後、立ち上がって胸に震える拳を当てて呟いた。
「大切なのは人に理解される事ではなく、自分の納得する結果だ」
非常にポジティブシンキングで素晴らしいと思う。
うん、自分が本当に大切にしている事なら他人の評価なんて気にするべきじゃないよね。
キハーノさんの呟きに納得していると、何やら外から騒がしい音が聞こえてきた。
「リーダー!」
そう言って拠点に入って来たのは、キハーノさんの仲間の一人だ。
キハーノさんの顔を見るなり駆け足で近寄ってきて、直立の姿勢になると敬礼をして報告する。
「リーダー! ゼロが明日の正午に、トレボールへ侵入した人間がいる件に関しての声明を行うらしいです!」
「中継放送でか?」
「いいえ、なんと機城のバルコニーにて姿を見せながらの声明らしいです!」
「なんだと!? 大チャンスじゃないか!」
なんだなんだ。
トレボールに侵入した人間という時点で間違いなく私が関係する出来事なのだが、何故キハーノさん達はそこまで興奮しているのだろうか。
「なんでそんなに騒いでいるの?」
「おぉ、ヤコ。君は我々に千載一遇のチャンスをくれたのだよ!」
聞くところによると、キハーノさん達はゼロを倒す為に毎日作戦を考えていたが、ゼロがいる『機城』という名の城は非常に警備が固く、とても10人程度の人数ではゼロの下まで辿り着くことが出来ないらしい。
だがそれが今回、普段は映像によって国事放送をしているゼロが国民にその姿を見せるべくテラスで演説を行うそうだ。
勿論厳重な警戒網が敷かれるだろうが、奇襲を行うにはこれ以上のチャンスは無い。
「ヤコ、すまないが協力して欲しい。我らが理想の為に」
決行は明日の正午。
唐突に決まったXデーに対し、急遽拠点メンバー全員による緊急会議が開かれた。
まず、対象となるゼロの声明が行われる状況から。
明日の正午に、トレボールに侵入した人間、つまり私がいる件に関しての声明が『機城』のバルコニーにて行われる。
ただし一般参加は認められておらず、声明式への参加者はゼロ支配下の階級が高い上級兵士達のみに限られ、一般人には都市内の超大型モニターによる映像及び脳内に直接ゼロからのメッセージが届けられるという。
兵士達一人ひとりの戦闘力は高く、奇襲に対してかなりの警戒網が敷かれることが予想出来る。
正直準備が殆ど出来ていない現状で実行は難しいのではという意見も出たが、普段は機城の最奥にて打ち破るのが不可能とも言えるシステムで守られているゼロが、兵士達による護衛はあるものの、バルコニーという姿を完全に晒した状態になるというのはこの上ないチャンスであり、これを逃せば次は無いかもしれないという意見により実行が決まった。
そして具体的な作戦だが、相応の力があり、注意を引くにはこの上ない人材である私が囮となって兵士の大多数を引きつけ、その間にキハーノさん達がゼロに奇襲するという計画になった。
正直かなり難のある計画である。
まず私が囮となったところで、ゼロの護衛をしている上級兵士まで動くかという問題があるし、仮にそれが成功したとしてもキハーノさん達の突撃でゼロが倒せる保障などないのだ。
聞けばゼロは機械帝という二つ名に相応しく、まさに最強の人口生命体であり、護衛している上級兵士すらも束になって勝てる相手ではないらしい。
それに対してこちらの戦力である彼らの戦力は、お世辞にも高いとは言えず、せいぜい私を追っていた下級兵士達を撒ける程度の力しかない。
「いっそ私も機城に乗り込んで、ゼロと戦うのに加勢した方がいいんじゃない?」
「いや、それは駄目だ」
私がそう提案したがキハーノさん達は頑として首を縦に振らなかった。
理由としては、これはあくまで人口生命体同士による意思決定であり、それを人間である私がゼロを倒してしまったら、それはただの征服行為に他ならないという。
キハーノさん達が倒すことに意味があるというのだ。
「まだまだ計画を練る必要があるな……」
「私も、中央王都にいる知り合いに連絡をしてみるよ」
そもそも私がトレボールに来た理由は、キハーノさんに出会うことも勿論だが、古代森林に侵攻してきたロボットとトレボールの関係及び犯罪組織との関連を調べることだ。
トレボールに入国して二日目だが、現在全くそれに関する情報を掴めていない。
取り敢えず現状をアイディールさんに報告すると共に、明日の作戦について相談してみようと思う。
◇◆◇
「ってことで2日目になりました」
『2日目になりましたじゃないですよ、行き当たりばったり過ぎるでしょうこの馬鹿!』
電話口で大声で叫ばれたのでとても煩い。
現在私はアイディールさんに連絡を行い、トレボールに侵入してからの結果を報告した。
因みに電話の内容を盗聴されたりしないかな? とアイディールさんに聞いたら、特別に対策が万全に施されているらしい専用の連絡電話を貸してくれた。
この世界の電話は空気中に存在する魔力を利用して行うものらしいが、この連絡電話はその魔力に紛れることによって盗聴をする際に特定するのが不可能になるらしい。
まぁ詳しい構造は知らないが、「これ一つで人ひとりは10年遊んで暮らせるんだから大切に扱え」って言われました。お高いやつだそうです。
「その件に関しては正直大変申し訳ないんだけど、取り敢えず今は明日の作戦を一緒に考えてくれないかな?」
『その明日の作戦とやらも、正直こちらとしては緊急事態でしか無いんですが』
まぁ確かにそうだろう。
聞いた話によると、トレボールの覇者であるゼロは中央王都に対して何度も軍事的な攻撃を行ってきたという。
その本人が明日直々にコメントをするというのだ。
正直私、かなりヤバい引き金を引いた可能性がある。
「い、いやでもやらなくても変わらなかったはずだし」
『たらればの話をしたって仕方ないですしね』
そこから私とアイディールさんはかなりの時間を使って相談を行った。
途中から痺れを切らしたアイディールさんが、キハーノさん達と話をさせろと言ったので、先程の会議室に戻ってアイディールさんを交えた作戦会議を開始。
具体的にはもしゼロが中央王都及びその関連国に対する攻撃宣言を行った場合、直ちにアイディールさんや王家と連絡が付くようにという相談だ。
ゼロを挑発した原因である私としてはそれに逆らうわけにもいかず、明日は私ともキハーノさんの仲間の一人が一緒に行動し、奇襲部隊であるキハーノさん達と常に連絡が取れる状態にすることにした。
「最大の問題はやはり戦力不足だな……」
ゼロと出会ったら一刀で切り捨てると言っていたキハーノさんも一応現実は理解出来ているらしく、致命的な戦力差を解決する方法がやはり思いつかずにいた。
「私にいい考えがあります」
「む、なんだと。教えてくれ」
そのパンサさんの提案に反対の声は上がったものの、パンサさんの的確な反論と、それ以上の案が思い付かなかったことで、結局その作戦が実行されることとなった。




