お久しぶりだけどお話ししたけどキスしたけど
約束の時間はそろそろ。
SNS系のアプリにて確認を取ったところ、既にドレッドはヘイヴァーに到着しており、こちらに向かっているとのことだ。
「あれぇ? そこにいるお嬢ちゃんはひょっとして、以前ウチでザクロジュースを飲んでった子じゃないかい?」
「へ?」
ドレッドがやってくるのをボーッと待っていると、近くにいた屋台のおばちゃんに声をかけられた。
よくよく見てみると、つい数か月前にティーエスのいる海底都市への行き方を尋ねたジュース売りのおばちゃんだった。
ヘイヴァーは屋台のお店が多く、私もこのジュース屋さんを忘れていたというのに。
「よく覚えてましたね」
「前にも言ったろう? 私はザクロジュースを初めて飲んでむせる人を見るのが好きなんだよ」
それはとてもいい趣味をしている。
確かに非常にすっぱくでむせ返った記憶があるが、こうして時間が経つとどのような味だったかを明確には忘れてしまった。
「折角だしまた飲んでいかないかい? ザクロジュースかオレンジジュースの単品とミックスの三種類さ。ミックスはちょっとお高めだよ」
「あはは、じゃあミックスをお願いします」
「あっはっは! それは残念だねぇ」
おばちゃんは、すっぱくてむせる私が見れないのがとても残念といった表情で、私にミックスのジュースを差し出してきた。
それを受け取り飲んでみたが、オレンジとミックスしているお陰で程よく甘くなり、以前よりも飲みやすくなっている気がした。
「おう、待たせたな」
そのままおばちゃんと談笑して待っていると、待ち人のドレッドがやってきた。
国のナンバー2になったから雰囲気も変わったのかと思えば、全くそんなことは無く以前と同じドレッドだった。
ドレッドは私の空になったコップと、ザクロジュースの屋台を見て興味を持ったような視線を向けてくる。
「何飲んでたんだ?」
「この店で売ってるザクロジュース。程よく甘くて美味しかったよ」
ミックスした方はね。
「ほーん、じゃあ私も飲んでみるか。おばちゃん、私にもザクロジュース一つ」
財布を取り出して小銭をおばちゃんに支払うドレッド。
それを受け取ったおばちゃんは、コップに注いだザクロジュースをドレッドに手渡すと、私に軽くウィンクをしてきた。
私はそれに笑顔で返す。いやぁ、本当にお互い悪い人ですねぇ。
「おーん、確かにぶどうジュースみたいで美味そうだな」
そう言ってコップを傾けて喉を鳴らすドレッド。
「ぶえっ!」
そして盛大にむせた。
「すっぱ! うぇっ、すっぱ! なんだこれすっぺえぞオイ!?」
「あー、なるほど。確かにこれは見てて楽しいわ」
「だろう? これが私の楽しみなんだよ」
自分がやられたらたまったものではないが、人が苦しんでいるのを見るのはとても楽しいですね、はい。
からかわれたドレッドは口元を拭い、私を恨みがましい視線で睨み付けてきた。
「嵌めやがったな……」
「いいリアクションだったよ」
ザクロジュースを汚く噴出せず、しっかりと飲んだ点が非常にポイント高い。
「ケッ、まぁいい。さっさとヒメコに会いに行くぞ」
「姫子ちゃんは今どこに?」
「手足を拘束させてもらってる状態だからな。流石に町の中まで連れてこれなくて、予約したホテルで待ってて貰ってるんだ、行くぞ」
そう言ってドレッドはゆっくりとザクロジュースを飲み干すと、「ごちそうさま」と言ってコップをおばちゃんに返却し、ホテルの方向へ歩いて行った。
私も自分へのコップを返却し、ドレッドの後を追った。
◇◆◇
「このホテルだ」
ドレッドに誘われて入ったのは、割と普通のビジネスホテルだった。
てっきり国の要人カードでも使っていいホテルにでも泊まってるのかと思ったが、今回ここにいるのはお忍びであり、国として来てるわけではないらしい。
ドレッドは純粋に姫子ちゃんと私の間を取り持つためだけにここまで来たようだ。
人としては優しいのかもしれないが、エンジュランドの治世が若干不安になる程度にはフットワークが軽い。
「そんで、この部屋だ」
姫子ちゃんが待ってるという部屋の前に辿り着いた。
なんだろう、何故か緊張する。
ドレッドが言うには本人の希望で暴れることが出来ないよう厳重な拘束がされているらしい。
しかしそれにしてもやはり姫子ちゃんとゆっくり話す機会が出来たという事に対して期待が高まっているのだ。
ドレッドがカードキーでドアを開け、部屋に入るのに続いて私も入室する。
少しエアコンの効いた、カーテンの閉め切られた薄暗い部屋。
その中央に姫子ちゃんはいた。
この世界で最初に会った時と同じ和服に身を包み、椅子に座っている。
その体は赤い縄で木製の椅子に縛り付けられており、顔を伏せたその姿からは妖しさすら感じた。
と、いうか。
「なんでエロい感じの拘束なのさ」
ご丁寧に亀甲縛りである。
ドレッドがやったのか? やべえなコイツ。
「いや、なんかヒメコから絶対に動けないように拘束しろって言われたから……」
「だからといって亀甲縛りは無いでしょうが、SMプレイじゃあるまいし」
話をしても内容が頭に入ってくる気がしない。
姫子ちゃんの呼吸が若干エロい感じなのが私の情欲を誘ってやばい。
仕方ない、なるべく見ないようにして話をしよう。
「姫子ちゃん、私だよ」
伏せていた姫子ちゃんはゆっくりと顔を上げた。
片目に眼帯をしている彼女は、もう一つの目を虚ろ気に動かしながら私と目を合わせる。
「天上院様……」
やがてか細い声で私の名前を呼ぶと、少し赤くなった顔で荒く息を吐きだす。
「拘束がキツイです……」
「だろうね、うん」
「正直悪かったと思ってる」
別に姫子ちゃんSM趣味って訳でもないしね。
拘束するなら縄よりもいいものあったでしょ。
しかもなんで赤縄なのさ、狙ってるとしか思えんわ。
「大丈夫? 緩めようか?」
「いえ、このままで大丈夫です。それよりも、お話をさせてください」
大丈夫なのかな、キツイ拘束に耐えなきゃと思ってしまうくらい衝動的に暴れてしまうのだろうか。
姫子ちゃんは大きな深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。
「まず最初に、お会いしてくださりありがとうございます。天上院様」
そう言って姫子ちゃんは、少し悲しい光を湛えて私を見つめてきた。
「それくらいは当然だよ、姫子ちゃん」
「いえ、私は、間違いなく私の意志で天上院様を殺しました。そんな私とこうして話す機会をくださったことに、私は悪魔にすら感謝せねばならないでしょう」
ふむ、どうやらあの時の姫子ちゃんは、間違いなく彼女の意志で私を殺したらしい。
今でも思い出す前世の記憶。
放課後に姫子ちゃんに呼び出されたと思ったら、突然命懸けの鬼ごっこが始まったのである。
運動では決して負けないと思っていたのに、姫子ちゃんは恐ろしいほど早く私を追い詰め、そして日本刀で刺し殺してきたのだ。
「まず私から質問していいかな、姫子ちゃん」
「はい、答えられない……答えさせてくれない質問もあるかもしれませんが」
突然目を押さえて苦しむ、というやつだろうか。
本人の言い方的に、姫子ちゃんの意志に関係なく答えることが出来ない類の質問があるのだろう。
そのあたりのラインを探しつつ、質問を考えていかなくてはいけない。
「まず、椿ノ宮で私を刺し殺したのは、さっきも言った通り間違いなく姫子ちゃんの意志なんだよね?」
「……はい。間違いなく自分の意志でやりました」
おぉう、分かっていたが中々ヘヴィな答えである。
いやまぁ、仕方ないんだけどね。
告白して来た女の子を相手に楽しんでいる所を、本命として落としに掛かっていた姫子ちゃんに見られたのだ。
寧ろ幻滅されなかっただけ、いい方かもしれない。
気に病む必要は無いよ姫子ちゃん。
悪いのは間違いなく人間の屑な行動をしてる私なんだから。
「でさ、この世界に来てからも私を殺しに来るのは姫子ちゃんの意志?」
「……すみません。それは答えることが出来ません」
うーん。これはラインを超えた質問なのか。
今の姫子ちゃんに干渉する存在についての質問はアウトらしい。
これならどうだろう。
「姫子ちゃんはさ、なんで私を殺したの?」
これは私の気持ちを整理するための質問であると同時に、姫子ちゃんが抱いているであろう罪悪感を解消する為の質問だ。
どうか、この質問への回答は可能であってほしい。
「……私は、天上院様に一番愛されているのは私と思っていました。しかし、現実に天上院様は様々な女性から愛の告白を受け、それに応えていました。そんな『私の理想の天上院様』で無かったからだと、今は思っています」
「そっか」
これは、勘違いさせてしまった私の責任だ。
そして、予想通りの答えでもあった。
フィストと姫子ちゃんの違いはここにある。
フィストは「私が浮気性の屑である」と認めた上で私と一緒にいてくれた。
でも姫子ちゃんは「私が姫子ちゃんの王子様である」と勘違いさせてしまったし、事実私がそうなるようにアプローチをしてしまった。
だから姫子ちゃんが事実と違ったという事実に怒り狂ったのは完全に私に非がある。
「姫子ちゃん、申し訳ないけど私は姫子ちゃんの『理想』にはなれない」
姫子ちゃんだけを一番に愛することは出来ない。
陳腐かつ屑極まる言葉かもしれないが、私にとって全員が一番なのだ。
事実この世界でも既に他の女の子に手を出しているし、今更になって姫子ちゃん一人を選ぶという選択肢は私にない。
「でも、私以外の誰よりも、私は姫子ちゃんを愛してる」
それじゃダメかな、姫子ちゃん。
「天上院様。私からも聞きたいことがございます」
「ん、なに?」
「そちらのドレッドさんから、天上院様は何も気にしていないと聞きました。それは事実ですか?」
あぁ、姫子ちゃんをドレッドに預けた時に伝言を頼んでおいたなぁ。
ちゃんと伝えといてくれたのか。
隣にいるドレッドに感謝しなければならない。
伝言だけでなく、こうして直接話す機会まで用意してくれたのだから。
「うん。私は姫子ちゃんに殺されたのは自業自得だと思ってるし、むしろ今となっては普通にいい思い出だよ」
冗談抜きでいい思い出でしかない。
不思議なものだが、こうして振り返ると、前世の死因が女の子による嫉妬とか最高の名誉なんじゃなかろうか。
感謝こそすれ、恨みはない。
「……我ながら卑怯な質問だとは分かっています。これを聞いたところで、自分を慰めるためでしかないというのも」
いやホントに気にしなくていいんだけどなぁ。
そんなに自分を責めないで欲しい。
むしろこっちは浮気してたことを凄い恨まれてるんじゃないかと思ってたくらいだから、そんなに悲しまれると逆に申し訳なくなる。
「んー、ねぇ姫子ちゃん」
「なんでしょう、天上院様」
どうにかして姫子ちゃんの罪悪感を拭ってあげたい。
本人が気にしていないって言ってるのに、それを信じ切れずいつまでも自分を責め続けるなんて可哀想だ。
「キス、してもいい?」
いやごめん、やっぱ私がキスしたいだけかもしれん。
思わず欲望が漏れてしまった感が凄い。
人を安心させるためにキスしたいとか、ひょっとして私は相当傲慢で自分勝手なのではなかろうか。
いやでも仕方ないんです、姫子ちゃんの唇が柔らかそうなのがいけないんです。
なんだかんだかなりいいとこまで行ってたけど、結局姫子ちゃんとはそういう関係にならなかったし。
いけるやろと思っていたけどキッカケが無かったから踏み込めなかったのだ。
今こそその時だと、私は思うんですよ。
「キス……ですか」
そう言うと姫子ちゃんは少し迷ったような顔をした後、瞳を閉じた。
「こんな私でもよければ、喜んで」
よっしゃ許可出たわ。
姫子ちゃんとのキスはこれで二度目だ。
初めてのキスは小鳥が啄むような甘いキスに限ると思って、一回目の時はとても軽いキスをした気がする。
だから今回も、包み込むような優しいキスで。
どっかのフィストさんには初回から舌をぶっこんだ気がするけど気のせいだと思いたい。
私は姫子ちゃんの肩に軽く手を置き、そっと唇を近付ける。
そして触れるか触れないかくらいの力で、姫子ちゃんの上唇を軽く私の唇で挟むように。
その時、私の唇に鋭く重い痛みが走った。
「っ……!」
思いがけない激痛に思わず仰け反る。
舌先に感じる鉄の味。
間違いない、姫子ちゃんに唇を噛まれたのだ。
「なん……で」
少量ではあるものの、唇から流れ続ける血の味で口内が満たされ不快感を感じる。
突然の凶行に驚いて見ると、残酷な目をして口元を歪める姫子ちゃんがいた。
「なんで、ですか?」
私の唇を噛み切った歯を舌でペロリと舐めると、ケラケラと笑い出した。
「本当にそう思っているのでしたら、能天気としか言いようがありませんね!」
本当にこの子は姫子ちゃんなのだろうか。
いや、間違いない。
私を殺しに来た時の姫子ちゃんだって、間違いなく本人だったのだ。
だからこれもまた、紛れもなく姫子ちゃんの意志なのだろう。
「私以外の誰よりも姫子ちゃんを愛してる? 実に軽くて傲慢な言葉!」
そう言いながら姫子ちゃんはガタガタと椅子を揺らし、今にも暴れだしそうな雰囲気である。
慌てたドレッドが、突然豹変した姫子ちゃんを抑えに向かった。
「オイ! 落ち着けヒメコ!」
「私は、天上院様を、天上院様以外の誰よりも愛していました! でも、天上院様を愛する人は多過ぎる!」
それは狂った笑い声のようでありながら、どこか悲しみに満ちた叫び声だった。
「その方々に罪は無い。天上院様を慕った人に罪は無い。だって天上院様はそれだけ素敵な人だから!」
姫子ちゃんはそこで一旦静かになり、苦しそうに荒い息を吐くと、やがて搾り出すような小声で言葉を紡いだ。
「だから、私は私以外の誰よりも天上院様を愛しているだなんて確証は持てない。私のように深く、深く天上院様を愛してしまった人は必ずいるから」
少し暴れたことで冷静さを取り戻したのか、疲れたように椅子へもたれかかり、天井を見ながら姫子ちゃんは諦めたような声を出す。
「でも、そんな多くの人の中から私を、私だけを選んでくれたと、そう思っていたのに」
ここで、君だけだと言えない私は本当にクズなのだろう。
だが、きっと言ったところで姫子ちゃん以外の誰かを裏切るだけなのだ。
私は姫子ちゃん以外の人も愛してしまっている。
「……申し訳ございません、天上院様。部屋から出て行って下さい。そして」
もう二度と、私にその顔を見せないでください。
その言葉を聞いて、私は何も言わずに部屋を出た。
◇◆◇
姫子ちゃんに嫌われてしまったみたいだ。
まぁ仕方が無いのかもしれない。
ドレッドには後でSNSで謝罪をしよう。
「ホテルに戻ろ」
今日はヘイヴァーに宿を取ってある。
流石に姫子ちゃんとの会話をヴィエラさんに聞かれるのはマズいと思ったので、彼女にはカチューシャと一緒にホテルで待機してもらっている。
「ヴィエラさんも、姫子ちゃんみたいに」
ヴィエラさんにも、私は姫子ちゃんのような勘違いをさせてしまっているだろう。
同じ二の轍を踏まない為にも、彼女に関して考えねばならない。
そうなるとは思わなかったでは済まされないのだ。
だが、現在の目的はトレボールへ向かうこと。
明日以降は転移陣ではなく、基本的に船や電車を用いた移動になる。
姫子ちゃんやヴィエラさんのことを考えるのも大切だが、トレボールへ向かうこともまた私の使命である。
そしてそこで出会うであろう美少女とも、どうやって付き合っていくかも考えなくてはならない。
傷付けた少女のことを考えながらも、新しい少女に想いを馳せる私は、間違いなく人間として終わっているのだろう。
だが、それをやめることが出来ない以上、そんな自分とどうにか折り合いを付けていかねばならない。
「ふぅ……」
ヴィエラさんが待っているホテルへ辿り着いた。
彼女は今、なにをしているのだろう。
泊まっているホテルを出てから一時間を少々過ぎたくらいの時間が経っている。
ヘイヴァーは港町というだけあって、そこらに美味しそうな匂いがする食事処がたくさんある。
寂しい思いをさせてしまった埋め合わせがわりに、好きなものを食べさせてあげたい。
ホテルに入り、自分の部屋へと向かう。
カードキーを差し込み、ドアノブを捩じって入室する。
「ただいま」
返事はかえって来なかった。
というかそもそも部屋の明かりが点いていない。
思い当たる節があったので、ドアをゆっくりと閉めながら、そーっと物音を立てないよう部屋のベッドに近付いて行く。
するとやはり、ヴィエラさんがベッドの中でスヤスヤと寝ていた。
どうやらラポシン王国で初めてベッドで寝た時、その心地よさにドハマりしたらしい。
今までは木の上や依り代である苗木のそばで寝ていたらしく、柔らかいベッドの感触に感動したそうだ。
心地よさそうな寝息を立てているヴィエラさんの顔を眺めていると、私も眠くなってきてしまった。
別に食事くらいヴィエラさんが起きてからでもいいだろう。
なんだか疲れてしまったし、私も寝よう。




