世界に生きる人達
私の名前はボーズ。
この国エンジュランドのトップ3に君臨する偉大な男だ。
偉大な私には沢山の人に頼られる。
「ボーズ様、中央王都の治安委員からの連絡が来ました。どのように返信しましょうか」
「ボーズ様、国の防衛費についてなのですが」
「ボーズ様! またドレッド様が公務から脱走しました!」
「ボーズ様。ガラード様が公務は全部終えたからと言ってどこかへ行ってしまいました」
毎日が激務である。
いや、本当に。
私はエンジュランドのトップ3だ。
つまり私の上司……というか私よりも高位の存在がこの国には二人いる。
その内の一人、我が敬愛するガラード様は構わない。
かなり自由奔放なお方だが、やるべき公務はちゃんと完璧な状態で終わっているし、その後の自由行動も国に利するものであるのが多い。
問題はもう一人、ドレッドである。
やるべき公務は全て私に放り投げて抜け出すし、抜け出して何をやっているかと思えば医務室に預けられている人間の女の看病に行くわ、国の兵士達の稽古を荒らしに行くわ。
本人は「看病は大切な恩人の頼み事だし、兵士たちの稽古に立ち会うのも公務だ」とか抜かしている。
お前はただデスク仕事がやりたくないだけだろう阿呆め。
ガラード様からもドレッドに対して苦言を言って下さるようお願いしたのだが、如何せんガラード様はドレッドに甘過ぎる。
「取り敢えずあのアホを早急に公務へ連れ戻せ、その方が国益になる。ガラード様は構わんから自由にして差し上げなさい、その方が国益になる」
全く、同じ行動をさせても結果が真逆の二人だな。
「それと、医務室で預かっている人間の少女が目を覚ましたようです」
「ほう、やっとか」
数週間前、この国にいた人間であるテンジョウインとかいう女から預かって来たと言ってドレッドが持ち帰って来たのは人間の女。
しかしその時に意識は無く、直ちに医務室へ搬送された。
この国トップレベルの診断で意識不明の原因を調べても全く理由が分からないらしい。
別に興味があったわけでは無いが、報告だけは毎日聞いていたので経過だけは知っている。
「なるほど、それであの阿呆が飛び出したわけだな」
「はい。ドレッド様の秘書が情報を伝えましたところ、万年筆を放り出して執務室を出て行ってしまったそうです」
あの阿呆の手の付けられない所は、阿呆でもこの国のトップ2であるということである。
それは権力だけでなく実力の面においても同等であり、一度暴れだすと止めるにはガラード様か私自ら止めに行くしかないのである。
だが、残念ながら机の上にやるべきことが山積み状態の私には阿呆の首を掴んで公務をやるように説教をするほど余裕が無い。
どうせガラード様もドレッドに対しては軽く注意をするだけで終わってしまうだろう。
「……仕方ない、ほっとけ」
だから私は、今日もあの阿呆をほっといて仕事を始める。
◇◆◇
ここは今は亡き先代永刻王、獅子王アルト・ペンドラーの執務室。
そして今は私、現永刻王サー・ガラードの執務室である。
本日はいつもより早く公務が終わった為、自由行動を行うことにする。
最近私がハマっているのは、先代永刻王の日記を読むことである。
ペンドラー・アルトが存命、かつ王座に君臨していた間に記述していたと思われるその手記はまさに王の記録。
しかしその中身は現実とは思えない、ある種ファンタジーとも言えるようなものでもあった。
まず一つ、彼の妻について。
娘であるペンドラー・ドレッドがこの世に誕生した直後に失踪し、アルト王は国を挙げて探したらしいが見つからなかったと、公の文章には示されている。
そして、捜索が始まってから数日後に他ならぬアルト王自身から捜索の取り止めが宣言されたらしい。
一国の王者たる者が妻すらも大事にしないとは何事かと当時は騒がれたらしいが、この日記にはその真実が全て記載されていた。
それを説明するにはまずアルト王と妻の出会いから語らねばならない。
彼が未来の妻と出会ったのは彼が精霊銃を得る資格を試す『精霊の儀』の最中だった。
彼は自らの試練の相手である獅子の精霊獣を見事倒した後、背後に二つの気配を感じたという。
『残念だけど、君は英雄じゃない。でも英雄を産む。必ずネ』
気配の一つ、黒い髪の毛に透き通るような黄金の瞳を持った人物。
少なくとも獣人とは思えない人物はそう言うと、もう一つの気配を指差した。
『協力しろ、ペンドラー・アルト。それが君の与えられた役目であり、確定した運命であり、約束された幸福だ』
この時その人物に指し示され、幼いアルト王の前に現れたのが未来の妻。
失踪した王妃、ペンドラー・クランだったという。
突然の出来事に驚いたアルトだったが、何故かその後は謎の人物に言われた通りクランと結婚し、永刻王となる。
そして彼はクランと共に『英雄』を産む。
娘の名はペンドラー・ドレッド、他ならぬ私の友だ。
そして無事に子を産んだクラン王妃は、出産した数日後にアルト王へ言う。
『これで私に与えられた役割の半分が終わりました。これからもう一つの役割を果たします』
理解出来ずにいるアルト王へ、クラン王妃は説明を続ける。
『もう一つの私の役割は、ドレッドが英雄になるまで見守ることなのです』
そう言った彼女は光り輝く小さな球体となり、精霊山へと飛び去った。
日記にはそう示されています。
まるで理解が出来ない。
が、この国の過去に起こった出来事と矛盾している訳でもない。
あの厳格で有名だったアルト王が気紛れでこんなものを書くとも思えない。
そしてこの物語には続きがある。
突然の別れとなってしまった妻を探す為に精霊山へと登るアルト王の話が。
「永刻王様、失礼します」
しかしいざその続きを読もうと日記を広げた途端、執務室の扉がノックと同時に開かれた。
「数週間に渡って医務室で気を失っていた人間の女が目を覚ましたようです。そしてその情報を聞いたペンドラー・ドレッド様が公務を放り投げて様子を見に行ってしまい……」
私は、私の友人が何かの陰謀に巻き込まれているかもしれないと知ってしまった。
この分厚い日記を読んでも手掛かりは見つけることが出来ないかもしれない。
だが、過ちを犯した自分を許し、認めてくれた友人の為に私は。
「もう、仕方ないなぁ。ドレッドったら」
私は、私の全力で友人を支えようと思う。
◇◆◇
「報告ですドレッド様。医務室で預かっている人間の少女が目を覚まし……うわっ!」
秘書からその言葉を聞いた瞬間、私は手に持っていたペンを放り投げて執務室から飛び出した。
元々ペンは持ってるだけで仕事は殆どやってないのだから大差はあるまい。
優秀な秘書と頼れる同僚ことボーズがいれば、私がいなくてもなんとかなるだろう。
それよりも私がすべきなのは友人との約束を果たすことだ。
「入るぞ!」
ここ数週間何度も通い続けた医務室の扉を開く。
普段であれば五月蠅いと注意を受けるだろうが、突然目覚めた人間の少女に医者たちは戸惑っているのか何も言われない。
まず私が危険視しているのは、目覚めた少女が暴れださないかということだ。
ヤコから預かった少女は気絶するまで暴れ続けていた。
念の為に四肢は鎖で拘束しているのだが、それでも強力な力や召喚魔法を使用していた彼女を完全に抑えきれるかは怪しい。
だが、医務室から悲鳴や破壊音などは聞こえないし、恐らく問題はないのだろう。
若干緊張しながら入室すると、中には医者の問診を受けている少女の姿があった。
少なくとも暴れているようには見えず、落ち着いた物腰で質問に答えている。
「目覚めたと聞いて飛んで来たんだが、特に問題は無さそうなのか?」
「これはこれはドレッド様。現在体の調子を聞いているんですが、特に問題は無さそうです」
そもそもこの少女が数週間も気絶している理由すら不明だったのだ。
身体機能に異常は見つからなかったようだし、おおよそ何も食べていないにも関わらず顔色や肌にも変化は見られない。
逆にその生物とは思えぬ不変さこそが異常とも言えるが、おおよそ肉体的な問題は見られなかったのだ。
「なぁ、私が誰だか分かるか? えーっと……ヒメコさん?」
ヤコにはヒメコが目覚めたら詳しい話を聞くようにと依頼されている。
今の冷静な彼女であれば恐らく対話が可能だろう。
「……えぇ、存じております。私が怪物となって天上院様に襲い掛かった時、一緒にいらした女性ですね」
おぉ、どうやら記憶もあるらしい。
「そのことについて色々聞きたいことがあるんだ。ヤコに頼まれていてな」
「天上院様に、ですか」
ヤコの名前を出すと、少女の顔はとても深い悲しみの色に染まった。
ベッドのシーツを握り締め、腕を拘束していた鎖がジャラリと音を鳴らす。
「おっと、その前にこの鎖を外してやらないとな」
「いえ、繋いだままにしておいてください。また私がいつ自我を失うかわかりませんので」
「……そうか、じゃあそのままで話を聞こうか」
こうして、私とヒメコ・キヨミヤの対話は始まった。