鉄鉱石
次の日、俺は珍しく寝坊した。昨日の疲れがあったのであろう。
昔もダンジョンの次の日は、まったりお休みだったな。
かつての記憶がふと脳裏を過ぎ去ろうとするが俺はそれを強制的に止めた。
過去は所詮過去だ。俺は今を生きている。自分にそういい聞かせる。
昨日のPTを助けたからこんな夢を見てしまったのかもしれない。いつも通りの採掘から採集の流れだったら寝坊もしなかったかもしれないし。さていつまでもこうしてはいられない。
さっさといつものところに行こう。準備は昨日帰宅したまんまだからそこにあるはずだ。玄関付近に置かれている。余程疲れたんだな、昨日。やはりタンクはダメだ。もう二度とタンクはもうしない。簡易食事を取る。乾燥したパリパリの乾燥したコメッコだ。味気ないが腹持ちは良い。借り屋
まぁ、とりあえずギルドのほうに行き、何か受注できるクエストはないか、確認する。もちろん見るのは納品クエストだ。
んんー、やはり鉱石系が強いな。主に定められた10個の納品物をするだけで規定の額が来る。非常に単純明快だ。
「全部受けてもいいんだが、それじゃあ可愛いそうだ。3つだけにしとこう」
受付に行き、気だるそうな受付に本日受けるクエストカードを提出する。
あっという間に処理が済み、俺のクエスト受注が完成する。
「さて、今日は寄り道しないで、良い子でできるかな」
俺は口笛を吹きながら、またまたダンジョンの中に入ろうとした。昨日はここで馬鹿がいて少し疲れたんだったな。だがどうやら今日は寝坊したおかげでいないみたいだ。
「んじゃ、入ろうかね」
俺は瞳を閉じてダンジョン内部へと潜っていった。
さて昨日の続きだ。今日はとにかく掘るぞ。
手に豆が出来て、それが破けて血だらけになっても俺は掘り続けるぜ。
鉄鉱石の鉱脈の発見した地点から少しずつズレていく。掘り進めていくとやはり予想通りここは鉄鉱石の鉱脈がずっと続いていた。
「うっしゃあ、当分はこれで生活できそうだ」
俺の歓喜の雄叫びが洞穴内に響いた。
装備も一新するのも一つの手か、それとも採集、採掘具を最新にしてさらに他の鉱石を掘りにいくという手も。ニヤつく顔が止まらない。お金持ちにとっては大したことではない話だが冒険者にとって装備品の一新というのは非常に特別な意味を持っている。元々冒険者は金がない。ダンジョンを突破して入手できる財貨も基本は次のダンジョンでは全てが装備品一式に姿が変わるのでプラスマイナスほぼ0なのだ。特にタンクは仲間の命を預かっている身であるから装備品は常にその時点で一番上等なのがタンク間同士の暗黙の規則だ。だから俺は常に破産状態だった。それでも仲間さえ守れればよかったから……。
あーあー、こういうくだりは塩臭い流れの話になるからここで終了だ。
さてどんどん掘って運びたいものだな。俺は緩む口元を無理やり、直しながら掘り進める。
小一時間ある程度掘ると大体の取れた量が分かった。山積みになるほどあるがここから鉄鉱の部分を摘出すると、さらにその量は少なくなるから……。
まぁ、一ヶ月は何もしなくても食べていけるくらいかな。大体の目測だが。
一ヶ月も仕事休みなんて素敵。
まぁ、でも何もしないわけにはいかないだろうな。
無難に装備品一新かな。
それが現実的な気がする。
俺は大分使い古した採掘具を見て、そう感じた。その先端は何度も何度も壊れては修復したものだ。初めて自分で購入したもので中々手放すことができない。
しかしながらこの量をどうやって持ち帰ろうか。往復したりすると時間がとてもかかるだろうし、ここを他の誰かが見つけてしまう可能性も無きにしもあらずだ。となると経費はかかるけど転移石を購入して、ここと借り屋
を繋いでしまうのが一番手っ取り早いかもな。
むふふ。
昔、ここに来たての新米だったとき、俺に鉱石についてなんたるかを教えてくれた人がいた。今はもういない。落盤事故かなんかで死んでしまったから。その人がここの自分の借り屋と採掘現場を繋いでいたけど、凄まじく作業がはかどっていたけど、さらにびっくりするくらいお金がかかっていたと思う。俺はいずれこの技を使うためにコツコツと貯めてきたが、ようやくここでその資金が火を拭くぜ。
いちおう持てるだけ持って、街に一旦戻るとするか。帰りにクエスト分の鉱石とおばちゃんいに昨日言われた火打石を掘り、俺は帰路についた。
はぁはぁはぁ。
流石にこれだけの量の鉱石は今までで初めてだ。ギルドの受付の方が心配そうな顔つきで見ている。
「すこしばかり、欲張りしてきました」
俺は満面の笑みで答える。
ギルドの受付の娘は今度は顔がひきつっている。俺の顔はそれだけ余裕がなかったのだ。
「な、内容をご確認しますね」
受付の娘が鉱石を数えている。
……。
「はい、確認できました。ではこれが報酬になります。ご利用ありがとうございました」
営業スマイルでうまく乗り切った彼女。
ありがとう、君は職務に実に全うした。
「いえいえ、また鉱石どっさり置きにきますから」
俺がにやりと笑いながら言うと、彼女はええーといった表情で困っていた。からかい甲斐のある娘だな。
俺はそう言い、転移石を帰りに魔石店で購入する。やはり便利なものであって決して安くはないが、それでも俺は躊躇せずに購入した。借り屋に戻り、自室に転移石を設置する。
さて、これで準備は整った。あとはあのお宝の山を持ち帰るのみだ。
ふっふっふっ。
俺は、今日は終始気分よく作業を行っている。
はじめようではないか。大事を。
俺はまずは流行る心を抑えて、再びダンジョン内部に潜った。そして例の場所に向かう。
よっしゃあ、ここでこの例の鉄鉱石がなければ血の涙だったが無事あって安心した。
この場所にもさっきの転移石とつがいになる転移石を配置する。
混沌が織りなす空間が見える。俺は試しにその中を覗き込む。ビリリと静電気らしきものが身体に流れた。俺は怯むことなく、先に進む。そしてようやく懐かしいよく見覚えのある場所に到着した。
自宅到着だな。よしっ。さっきまでいた借り屋の自宅に間違いない。俺はすぐに洞穴に戻り、作業を開始する。不思議とこういうときはやる気に満ちているため、疲れらしい疲れがこない。どんどんどんどん、自室に鉄鉱石が運ばれていく。
全部運び終えた頃には、日が暮れ始めていた。
よしっ、これで全部だけどすこし張り切りすぎたかな。部屋の主はどちらかと言うほどの量の鉄鉱石の山だ。
おうおう、これでようやく始まりのスタートラインに付けた。あとはこれをうまく売りさばいたりしないといけない。まずは今日の夜の露店に出すものを決めないといけないな。
まぁ、今日はそのままの鉄鉱石をだせばいいかな。疲れてるし。
露店まで少しあるので俺は仮眠を取ることにした。流石に今日は精神が良くても、身体が付いてきていない。
よし、とりあえず一休み、一休み。
俺の思った通り、身体はかなりの疲労を蓄積していた。瞳を閉じるとすとんと意識が落ちるところまで覚えていなかった。
「うお!!」
俺は勢い良く起きた。時刻はまだ露店の時間までほんの少しある。
「ふぅ」
俺はゆっくりと身体が覚醒するのを、感じながら店の準備を始めた。露店を開く場所はこの借り屋街から出て大通りに面した道で開く。
俺の店は特に準備はいらない。下に布を敷いてその上に品物をあげるだけだ。
んでお客が来るまでひたすら待つだけ。
感心がある場合、足を止める人もいるが、基本はみんな素通りだ。
鉱石を買える場所はあるから、みんなそっちで購入するはずだ。しかし、それでもうちの鉱石がいいという人達だけに俺は鉱石を売っている。おっ、早速一人目が来たようだ。
「おっす」
「いらっしゃい」
この元気よく挨拶をしてきた色黒の男はケイタという新人冒険者だ。町で鉄鉱石を探していて、他のお店に比べて自称一番安くて、質がいいことに気がついてくれたのだ。親父さんが鍛冶師として働いているのでケイタもゆくゆくは鍛冶師なのかとは聞かない。自分の道は自分で決めるのが一番だからだ。
「さて、今日はどうする?」
「うちの親父も認めている鉄鉱石を買いに来ました」
「それはありがとう。本物の鍛冶師様に認められたなら本望だわ。いくつ欲しいんだ?」
俺は聞いた。ケイタはお得意様だ。出来れば買えるだけ買わしたい。
「ここにあるだけってとはいかないですよね?ほかの方の分もありますしね」
ケイタが申し訳なさそうに言った。
「いや、今日は特別に在庫がある。だからどのくらい欲しいんだ?」
俺は明確な数値を聞く。ケイタが俺の耳元にやっていてひそひそと話す。何か俺たちが悪いことをしているみたじゃあないかとツッコミをいれたくなったがなるほど。
「鋳塊として20くらいか。んーおそらくあるぞ。たぶん。だがうちではどうする?」
「つまり他の石と別離していないということですよね? 掘ったまんまの?」
「そうだ。ついさっき大当たりして。それで取ってきたばかりよ。おかげで準備がこれしかできていない有様だ」
俺はやれやれと手振りで伝える。
「そうっすか。なら鋳塊20個分予約してもいいっすか? 明日か明後日取りに来るので。20入ったら親父はかなり喜ぶだろうし。あぁ、あと無理はしないでくださいね。ウィルさんにもしもがあれば俺はどうしたらいいんだ?」
わざとらしくあたふたとしながらケイタは言った。
「俺じゃなくて鉄鉱石だろ。心配なのは」
俺は笑いながらケイタの肩を叩いた。まるで自分に弟が出来たみたいだ。そんな日常的な会話がこいつとはできる。
「んじゃ、また来ますね。おつかれーす」
「おう、きちんと準備しておくからな」
俺は手を振り、ケイタを見送った。そして紙に鋳塊20個ケイタ宛と記入した。これに書いておかないと今回は数が分からなくなる。
次のお客様が来た。
「おっ、じーさん久し振りだね。元気してたかい?」
俺は目の前にいる小柄な老人に話しかけた。
久しぶりにみたなぁ。
「おぉ、そうじゃそうじゃ。今日がばーさんの誕生日でのぅ」
「おうおう、この間も誕生日で今日も誕生日かぁ。よかったねぇ。この間の贈り物は満足してくれたかい?」
俺はこの間、このおじいさんがばーさんに誕生日プレゼントが欲しいと言っていたのでそこで火打石のとってもなめらかな上質で使いやすいものをおすすめしたのだ。
「おぉ、あれかぁ。あれは家内喜んでたよ。こんたに簡単に火っ子起こせる石を探せる人は中々いないと」
そっか。そっか。気に入ってくれたならよかった。そして俺はおじいさんに火打石をただで、またプレゼントすることにした。この老人も俺に礼をいいながら去っていった。でもあのおじいちゃんが来るとそれで良いのか分からない。
無事、露店の商品が全て売れた。完売ということだ。
俺もまさかこんな早く売れるとは思っていなかった。ケイタの注文がかなり効いたと思う。
よし、
よし、まずがケイタだな。明日までにやっておかないとこれはお互いの信用問題にもかかわるからな。にしても鋳塊20か、これは今までにない大仕事だ。これがうまくいけばかなりの儲けだな。
ぐふふ。これは堪りませんね。
笑いが溢れて止まらない。顔がどうしても甘く崩れてしまう。
鋳塊への加工は昔、習ったから問題ないから。あとは鋳塊20個分で残でどのくらいここに鉄鉱石が残るかだな。俺もぱっと見で何ともいえないのだ。一体どのくらい減るのであろうか。
試しに1個鋳塊を作ってみる。俺は習っていた一つの一般的な製法で行うことにした。
「たしかここだったな」
俺は幾重にも厳重に保管している容器を取り出した。その中にはダンジョン内で集めたスージコォーという毒ヘビのモンスターから入手した毒だ。この蛇の毒は非常に強い酸性である。この酸を利用して鉄鉱石周りの余計な部分を溶かしていく。一歩間違えれば自分の手がまずいのだが、俺は臆することなく、溶かし始める。酸特有の溶かす音が聞こえ、うまくうまく鉄鉱石を溶かさないように丁寧に作業する。
「よし」
俺は何とか一個目の鉄鉱石を無事取り出した。
横にたんまりある数を見て、途方にくれそうになるが十分換気して丁寧に行う。
鋳塊の型版にいれる。この鉄を一度溶かしてこの中に酸で取り出した鉄の欠片を入れていく。鉄の鋳塊にする。
「こんなもんかな。出きたぞ」
俺は一個の鉄鉱石の鋳塊を作成した。手間はかかるがこの鋳塊の形でみるとらしくなってきたなと思う。ついに錬金術士としても活躍できるかもと。
よ、よし、あと一九個頑張るぞ!
俺は自分自身を鼓舞し、夜なべ生活の突入を大いに喜んだ。
時刻はもう外が明るくなってきていた。
「二〇個完成。ケイタよ、俺は約束を守ったぞ……」
俺はそういい、いよいよ限界を越えて瞳を閉じた瞬間。お花畑が見えたよ。
「うおっ!」
俺は目覚めた。時刻は……。
「ふう、これからだな」
約束通りの本数があるかもう一度確認して、代車の荷台に乗せる。壊さないように優しくだ。
「とりあえず数本持って行き、残りはケイタにも手伝ってもらうか」
さてと、大通りまでもっていくか。
いつもの場所で、いつもの時間にいるときちんとケイタには伝えている。
あとは彼を待つだけだ。
ちょうどその夕焼けが帰宅する人達の影を作り始めたときにケイタはやってきた。この時間帯から夜にかけているケイタは色が黒いかいつもは見つけにくいんだが今日は夕焼け時に来たので問題はなかった。
「来たか、待ってたぜ」
俺はそれで鋳塊した鉄鉱石をケイタに見せた。
「おおー、凄いですね。この不純物が何も入っていないこの色は思わず、頬ずりしたくなるほどです」
どうやらよさ気だな。よかった。中々大変だっただけに依頼者から褒められると本当に嬉しい。
「何にも問題無いです。むしろこんないいものを。かなり苦労したことと思います」
ケイタが深々と礼をした。俺はそんなことをしなくてもいいと促すが、この律儀な性格の彼は俺にたいして何かの催しをしてくれるそうだ。
「後日、僕の自宅にウィルさんを招待します。ぜひ来てくださいね」
「分かった、そこまでケイタにお願いされるように言われたら、俺は行くしかないじゃないか」
俺は頼まれるように言われて、断りきれなくなってそう答える。
「ではお待ちしていますね。よし二〇個確認出来ました。そろそろ来るはずなんだけどな」
ケイタが外を眺めていると、
ワッセワッセワッセヨーイ!!
ワッセワッセワッセヨーイ!!
という掛け声が大通りから聞こえた。
「来たきた!」
ケイタの顔が輝いた。
何だ、このむさ苦しさは。
「はい!一号、イキオイ到着しました」
「はい!二号、クズリュウ到着」
「はい!三号、ゴウテン到着です」
「はい!四号、クズ到着ぅ」
やっぱり。俺の予想が当たってしまった。体格のいいムキムキのマッチョマン。そして無駄に何も着てねぇし。パンツ一丁だ。
「ぼっちゃん、遅くなりましてでございます。問題の物はあれでございますか?」
イキオイらしいマッチョマンが聞いてくる。
「そうあれだ。あの鋳塊だ。あれを20個屋敷まで頼むよ」
ケイタは自分より年上の男に命令している。
「あれはお手伝いかなんかか?」
俺はケイタに聞いた。
「うん、僕の家の何でも屋さんだよ。一般的に日曜大工とか庭の草木の手入れとかしてる」
ケイタは淡々と話してはいるが、俺は知らない情報ばかりが俺の耳に入ってくる。
「聞いていいか? ケイタってどっかのボンボンか?」
俺はそのまんまの言葉で聞いた。
「ボンボンって失礼だな。少しだけ普通のところよりお金持ちなだけだよ」
いたずらっぽく笑いながら、ケイタは言った。
俺の近くではムキムキの男達が鋳塊を汗を流しながら運んでいる。ここの気温が2度くらい上昇している気がする。しかもこの目立ち様半端ないし。周囲には観客がぞろぞろと出てきている。おばちゃんが心配そうな顔つきで話しかけてきた。
「これ、何?」
「おばちゃん、ごめん。大丈夫だから」
俺は本当に申し訳ない気持ちで一杯になった。
「アンタのことだから心配はしてないけど……ねぇ」
おばちゃんはムキムキの男達を見る。
「おばちゃん、あの人達はこの鋳塊を運ぶために頼まれた人達なんだ。だからあんな感じなんだ」
「まぁ、あの塊は重そうだからねぇ。あの肉体は納得かも。でもあんまりひと目につくのは勘弁だよ」
おばちゃんは言いたいことは言ったと言う感じで自宅に戻っていった。
すまん、おばちゃん。迷惑かけて。
「おっ、終わったみたいだね」
ケイタが全部鋳塊を運び終わったのを確認する。
「ぼっちゃま、全て荷台に運びました、安心してください。荷台はクズとゴウテンが見張っていますので大丈夫」
そういうとクズリュウは真っ白い歯を出して笑った。
清々しい、だけど何か嫌だ。
「よしっ、じゃあ僕もあの荷台に乗って帰るよ」
「えっ、あれに乗るのか?」
俺はすぐに聞き返していた。
「だって乗って帰っていったほうが早いもん。それじゃあウィルさんおつかれーす。あとこれ」
「おう……おつかれ」
いつものおつかれの挨拶にケイタは鋳塊のある荷台に乗った。それをムキムキな男達が2人と2人に分かれて、荷車を引っ張っていく。
あっという間にケイタの姿は見えなくなった。俺は、ただそれを見送ることしか出来なかった。そして最後に渡された金額を見て俺は我に帰った。
久しぶりのまとまった金額を見て、俺は天にも登る思いであった。