うっかりが異能力に目覚めた日①
僕こと八部瑛士の異能は混乱した群衆を沈静化させるだけの能力だ。
異能分類だと相手の精神に作用するマインドハック系統に属し、オリジンも日本一有名かも知れない時代劇に登場する人物なのでかなり強力である。
僕たち異能力者というのは異能が扱えるだけではなく、時代劇の知名度に比例して身体能力が強化される。
だから僕が本気を出して走れば世界記録を大幅に超えるし、人を殴ればマンガの様に吹き飛ぶ。
ただし、身体能力が上がろうとオリジンが持つ性質を引き摺るので、僕の様に身体能力を活かせない事があったりする。
例えば、本能寺の変で第六天魔王を自称するあの人を討ち取って天下を手にしたが三日後には本人が討たれちゃう人、がオリジンの場合、身体能力やIQは高いが最後の詰が甘くて必ず失敗する、などだ。
後は、日本で初めて株式会社を作ったあの超有名人、がオリジンの場合、身体能力だけではなく切れ者なのだが必ず誰かにやられてしまう、など。
そういう意味ではこの異能もちゃんとバランスが取れているんだろうな、なんて思っちゃったりするんだよな。
そんな異能力者がどうやって生まれるかのシステムはある程度解明されてはいるが、人工的に作り出す事は出来ないでいる。
異能力とはある時、第二次成長期を迎えた少年少女にのみ発現する特殊能力だ。
そして実際にその能力使ってみるまで異能に目覚めているのか本人でも解らず、身体能力等も向上しない。
異能力を初めて使い、本人が自覚して体や頭も変わる、そういう不思議なもの。
それがある日突然目覚めるのだから本人にとっては堪ったものじゃない。
まあ、世の中には異能力に目覚めたいと切望する少年少女が少なからずいるが、そういう者たちは何故か発現した事例はなかった。
とても皮肉なものだ。
そんな異能力に目覚めてR厨二なんて不名誉な呼ばれ方をされるようになった僕だけど、その切っ掛けとなる出来事がもちろん存在する。
僕が目覚めたのは14歳の春。
丁度中学三年生になろうとしている春休みに起きた出来事、いや、巻き込まれた出来事を切っ掛けにしてこの奇妙で迷惑な能力に目覚めたのでした。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「何だい、銀ちゃん」
「一緒にお風呂に入ろう!」
「いやいやいや、ここ部屋風呂がないし、大浴場だからね。男女別なんだよ?」
「えー! 何時も一緒に入ってるのにー」
「大きな声で言うんじゃありません!」
僕は今、親父が珍しく張り切って計画した春の家族旅行で九州一大きなテーマパークにやってきている。
親父の立てた計画だと、テーマパークで遊びつくすのはもちろん、温泉旅館に泊まってまったりするコースも用意されていた。
この計画を聞いた時は親父も無茶するなぁ、と思ったし、母さんがどこにそんなお金があるのかと小一時間問い詰めていたのが印象に残っている。
まあ、そこは我が家の姫である可愛い妹銀ちゃん、小学校三年生予定、が喜んだから行く事になったんだけど。
なお、銀と書いて、ニバメと読むキラキラネームだ。
僕の名前が瑛士と書いてはエイトと読むんだけど、これは朝八時ちょうどに生まれたからだそうで、妹の銀ちゃんは二番目の子供だからだってさ。
舐めてるだろ、家の両親。
未だに僕は誰にも名前の由来なんて言った事が無い、何せ虐められそうだし、これだと。
そんなちょっと可笑しな両親から生まれた僕たちだが、とっても家族仲は良く、おそらくよくある一般家庭のモデルケースなんだろうな、と思ってました。
いや、家族旅行の為に態々長期で仕事をキャンセルする父親とか普通の家庭じゃないか。
だから、まあ、そんなちょっと変な家で育ったのが僕だ。
などと回想するほどのんびりと温泉を満喫しているんだけど、本来はテーマパークの後に泊まる予定だったんだ、この温泉旅館。
でも親父が予約日を間違えて、日程が逆になってしまい、温泉でまったりしてからテーマパークになってしまった。
この辺りのうっかり具合は流石親父である。
「しっかし、父さん。よくこんな宿が取れたね」
「まあな。ちょっとした知り合いがコネを持っててな。そいつに頼んだんだ」
「へぇ、父さん、伝手なんて持ってたんだ」
「まるで俺が知り合いの居ない寂しいサラリーマンとでも言いたげだな?」
「サラリーマンじゃないじゃないか」
「ぐっ、確かに今は年契約の外部委託契約の身だが」
僕は親父を父さんと呼んではいるが、まあ、心の中では親父としているのはちょっとまだ恥ずかしいからだったりする。
そのうち親父と呼ぼうと思ってはいるんだけどね。
「それで、その知り合いってどんな人なの?」
「ああ、大学生だった時に知り合ってな。大学は違ったんだけど共通の知人の紹介ってやつだな」
「何、合コンか何かで知り合ったの?」
「合コンって、いや、そいつは男だぞ? まあ、確かにコンパで意気投合したんだけど」
「合ってるじゃないか。それで?」
「すっごい金持ちだ」
「え?」
「名家の生まれでな、あいつのお爺さんが事業に成功してとんでもない資産を持ってるんだよ。あいつ自体は普通のやつなんだが」
「へ、へぇ」
何かフィクションの中にしか居なさそうな人物像の人が親父の知り合いらしい。
どこかに豪邸でも建てて執務室で仕事とかしてるのかな?
いや、マンガやアニメじゃあるまいし、それはないか。
「それでこの間久しぶりに連絡したら旅行に行くって言うじゃないか。だから俺も便乗したわけだ」
「え? じゃあ、この宿に泊まってるの?」
「ああ、いや。泊まるのは明後日からみたいだな。一応予約は取ってるらしいけど、仕事の都合で来れなかったらしぞ」
「へ? じゃあキャンセルとかしたんだ」
「いや、してないんじゃないかな。だから他のお客さんが少ないだろ? ほぼ貸し切り状態で利用できるから様々だな」
確かに旅館の規模の割に人が少ないなぁ、とは思っていたがそういう経緯があったのか。
って、ちょっと待とう。
一体どれだけの部屋を抑えていたんだ、その知り合いさんは?
その人が来ないだけでお客さんの数が少なく感じるぐらいだから、相当数抑えてないと起きない現象だよな。
名家で資産家というのも眉唾で考えていたけど、これは本当にとんでもないお金持ちなのかも知れない。
そんな事を思っていると、ちょっとだけ離れた場所にある女性風呂、露天温泉の方から声が聞こえて来た。
「お母さん、お母さん。屋根が無いよ!」
「これはね、露天風呂って言うのよ」
「へー、露天! すっごーい!」
うん、僕の母親と妹の銀ちゃんだ。
「ここの温泉は腰痛リュウマチなどの基本的湯治効果だけではなく、美肌の効果もありますわよ」
「あら、そうなんですか? よくご存じですね、お嬢さん」
「年に一度は利用していますから」
「ねーねー、お姉ちゃん。お肌が綺麗なのはこの温泉の所為?」
「そうかも知れないわね」
「そーなんだー。良かったね、お母さん。気にしてる小皺が治るよ!」
「こら、銀ちゃん!」
「きゃー」
「うふふふふ」
何だかもう一人居るようだけど、銀ちゃんが騒いで迷惑になっていないだろうか?
いや、銀ちゃんの可愛さの前ではそんな些細な事は問題ないか!
「あー、そういやあいつの娘さんも泊まるとか言ってたな。もしかしたら今日泊まってるかもな」
若い少女の声が聞こえて思い出したのか、親父はそんな事を言い始めた。
「へぇ。大学生だった頃から知り合いなら僕か銀ちゃんと年齢は近かったりするんだ?」
「俺より早く結婚したし、瑛士よりも一歳上だったかな? もう五年以上娘さんと会ってないから覚えてないな」
「普通忘れるかな? まあ、そうか、そうなのか」
「お? なんだ? 歳が近いと解ったから気になるのか、瑛士?」
確かに自分と年齢が近い少女、しかもお金持ちのお嬢さんと聞いたらちょっと、いやかなり興味は出たけどさ、その厭らしい笑みは何だよ?
もしかして思春期の少年である息子を掴まえて善からぬ事でも考えていやしないかい?
「べ、別にそんなんじゃないし」
って、何で僕はツンデレ少年みたいな反応しちゃうんだよ!
ますます親父のニマニマ顔が酷くなったじゃないか!
ええい、ここは戦略的撤退だ!
「先に上がるよ!」
「瑛士、一つだけ言っておくことがある」
「な、何だよ?」
「ちゃんと換気しろよ? 戻ったら青臭い」
「下ネタかよ!?」
思わず、言わせねーよ、と言いそうになったがぐっと抑えたよ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「何だい、銀ちゃん? あ、まだちゃんと髪を乾かしてないね? ほら、ドライヤーを持っておいで」
「うん!」
僕は温泉から上がった後、自販機で凄く甘い事で有名な黄色い缶コーヒーを買って一息付いて、部屋に戻ってゆっくりしていた。
部屋に戻るとテーブルに置いてある備え付けのお菓子を齧りつつ、緑茶を入れて一口。
思わず、ふぅ、と息を吐いてしまうほど力が抜けてまったりしちゃってた。
しばらくそんな時間が過ぎたあたりで親父たちが部屋に戻って来たのだが、親父は真剣な顔で頷いていたから思わず菓子ケースの蓋を投げ付けちまった。
それを予想していたのか見事にキャッチしてドヤ顔されたのがムカついたが、その後母さんに親父が叱られているのを見て溜飲を下げたんだけどな。
ぶおーっと丁度良い温度の熱風がドライヤーから放たれ、僕の可愛い妹である銀ちゃんの髪を乾かしている。
それが気持ちいいのか銀ちゃんは目を細めて蕩けた笑みでにへらとしていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「何だい、銀ちゃん?」
「あのね、あのね。露天風呂すごかったんだよー!」
「そっかー、凄かったのかー。銀ちゃん良かったね」
「うん! それでね、それでね。すっごい綺麗なお姉ちゃんも居たんだよ! 綺麗だったー」
「そっかー、綺麗だったのかー。銀ちゃん良かったね」
どんなに綺麗な人でも銀ちゃんの可愛さには適わないと思うな。
ちょっと小学三年生にしては幼い気もするけど、銀ちゃんの可愛さは世界一だと思うよ。
僕は所謂シスコンなんだが、妹が嫌いな兄なんて存在しないから仕方がないよな。
そう、仕方がないのだ。
ちょっとばかり好き過ぎるってだけなんだよ、僕の場合は。
「そう言えばあのお嬢さんちょっと似てたわね」
「何がだい?」
「いえ、ほら公人さんの娘さん。名前は何て言ったかしら・・・」
「ああ、美登里ちゃんかい?」
「そうそう、美登里ちゃんよ! 十年以上会ってないから解らないけど、成長したらあのお嬢さんみたいになってるんじゃないかしら?」
「そうか、なるほどな」
何がなるほどなんだよ、親父。
僕を見てニマニマするのはやめろ。
ドライヤーの温度を上げて顔に吹き掛けるぞ?
「そう言えば公人さんは明後日からこっちに来るのでしょう?」
「ああ、そうだよ。俺たちは宿を移るから会えないかも知れないな」
「ほんとーにあなたは詰めが甘いわよね、昔から。そんなんだからうっかり八部って呼ばれてたんじゃない」
「しょ、小学校の時の渾名なんて持ち出すなよ、母さん!」
お、どうやら親父の詰めの甘さは筋金入りらしい。
しかしうっかり八部ね、どっかで聞いた名前だね、それ。
「ほんと、困ったものよ。でも、そんなうっかり八部の血を引きながらも、しっかり者に育った瑛士は奇跡よね」
「いや、だから母さん、その渾名は」
「うっかりはちべー!」
「に、銀ちゃんまで!?」
何と言うか、そのリアクションがうっかり者って感じがしてとても似合ってるのが親父クオリティーだよな。
まあ、その時は親父のそんな黒歴史を聞かされてすっかり忘れていたのだが、その知り合いの娘さんかも知れない綺麗なお嬢さんが僕に多大な影響を与える人だとは予想だにしていなかった。
そんな予想がこの時点で出来ているなら、僕の異能はヴィジョン系統だったんだろうけどね。
この温泉宿に泊まっている間、僕とそのお嬢さんは特に接点もなく、何故か銀ちゃんとだけはやたらとエンゲージしていたそうだ。
親父とお土産コーナーに行っていた時にばったり会ったりだとか、母さんと露天風呂に行った時に再会したりとかで。
そして親父が確認したところ、やっぱり知り合いの娘さんだった事が判明し、これも何だかよく解らない展開なのだが僕たち家族とテーマパークへ一緒に行く事になった。
我が家の可愛い天使、銀ちゃんのお願い、が発動した結果らしいのだが、相当懐いたようだ。
その事を思うと複雑、いや嫉妬心に身を焦がしそうになったのはまだ僕が若い証拠なんだろうか?
兎も角、そんな事もあって温泉宿最後の宿泊の日の夜、食事を一緒に取る事になりました。
「あなたが将士小父様の息子さんの瑛士さんね? 初めまして、私は御津国美登里と申しますわ」
宿の展望懐石レストランで初めて顔を見合わせたのだが、そこには女神がいた。
一切染色などしていないであろう艶のある漆黒の髪は長く、挨拶で下げた頭から流れるようにサラサラという音が聞こえそうなほど極め細やかさがある。
恐らく背骨辺りで切り揃えているのだろう、立ち姿では見えなかった先端がその時に見えた。
最初は光の加減で顔がはっきり見えていなかったが、再び顔を上げた瞬間に心を奪われてしまったその整った容姿。
太くも細くもないがキリリと揃った眉、少し垂れめで優しそうな瞳を飾る細くて長いまつ毛、高すぎないすらっとした鼻、唇には吸い込まれそうな艶がある。
それらを内封した頭は驚くほど小さく、おそらく七頭身であろうその体は僕と近い年齢の割には育っていた。
お嬢様と言うぐらいだからそれなりの衣服だろうと思っていたけど、何故かこの宿備え付けの浴衣を着ており、合わせ部分である胸元を押し上げていたので視線が吸い込まれても仕方がないと思いたい。
まあ、簡単に言ってしまうと、見惚れて視線を外せないほどの美少女が目の前に居て、それが親父の知り合いの娘さんだった、訳だ。
見惚れるほどの美少女に、顔を上げた瞬間に微笑まれたら、誰だって動きは止まるってものだよ。
だから結果的に顔を付け合わせて一切動かない少年が出来上がったんだけど。
「お、おい、瑛士。幾ら美登里ちゃんが美人だからって見過ぎだぞ」
「あら、いやですわ、将士小父様」
「いやいや、本当の事だよ。凄く綺麗になったから最初解らなかったしね」
「ありがとうございます」
「あなたの事だから顔をうっかり忘れてただけでしょうけどね」
「お、おい!」
「まあ、仲が良ろしいのですね、お二人は」
「あははは、まあ、そうかな?」
「うふふふ、そうね」
いや、何だよ、この子芝居チックなやり取りは。
銀ちゃんなんて飽きちゃったのか先に座って大人しくしてるよ?
「おっと、瑛士ほら、ちゃんと挨拶しないか」
「あ、うん。初めまして、御津国さん。僕は八部瑛士です」
「はい、よろしくお願いいたしますわ。出来ましたら私の事は美登里と呼んでくださいね。私も瑛士さんとお呼びしますから」
「解りました、美登里さん」
この時僕が思っていた事を言うと、こんな美少女と知り合いに、しかも親父の知り合いの娘さんなんてラッキー、だったよ。
本当にあの頃の僕は若かった、色んな意味でね!
お読みくださってありがとうございました。