高盛昴×市井良子×それは戦争!
なだらかは、これは本当に肝試しなんだろうか、とつくづく疑問に思う。被害者と容疑者逆じゃない? とすで問い掛けたくなるほどの惨状っぷりが、目の前にあった。
「高盛昴だ! お前ら、全力で玉砕しろ!」
「「おー!」」
「うーん、元気のいい幽霊さんたちだ!」
昴は、姿を隠そうともせずに向かい来る教師陣を、まるで闘牛を相手にしているようにひらりひらりと躱し続ける。というか、肝試しを開催する森の中で、ライト付きヘルメットを被ってくる時点でちゃんちゃらおかしい。
「うん、私どうすればいいかわからないね!」
形だけでも「きゃー怖い」と棒読みで言いながら、昴の片腕に引っ付こうと思っていたのだが。昴のあの状態では、なだらかがくっついていたら邪魔になってしまう。
「くそ、なら女子生徒だー!」
「うおおおおお!」
「そうはさせませんよー、幽霊さん方!」
懐からなにか取り出したかと思えば、昴は筒をプッと吹いた。するとあら不思議、教師たちは眠りにつきました、と。
(吹き矢!? なぜに!?)
今日何度目になるか分からない驚愕と共に、なだらかは冷静に倒れた教師たちを避ける。なんだかんだ言って同情はしないところがなだらかクオリティ。
「邪魔者は排除したので先に進みましょう」
「あれ、肝試しの幽霊って邪魔者だったの? 私、てっきり驚かせるのが仕事なのかと……」
「してますよ!恋路の邪魔です!」
「それならむしろどんどん邪魔してほしいかなぁ……」
「えっ……もしかしてそれは恋路だと認めてくれたということですか?」
「違うから、今の発言にそんな意図はこれっぽっちもないから」
そう告げようとも微塵も残念そうにしない昴は、数多の個性あふれる人間たちを見てきたなだらかが見ても驚異的なメンタルの持ち主だ。おおよそ、これが無個性とは考えられない。
『これっぽっちも自分を知ろうとしない、真なる無個性の底峰先輩と比べるなど無礼千万、屈辱の極みですわ!』
「どうしたんですか? 悩み事の顔をしてますよ?」
(私と昴君じゃ、比べるのすら贅沢すぎるよ)
昴がなだらかの顔を覗いている。そこには、一人の好いた女性を心配する男の顔があるだけだ。
なだらかは、快く返事をした。
「何でもないよ。さ、もうすぐゴールだから急ごう」
「……ふう。わかりました。まだ出て来てないのは良子ちゃんです。あの人はなんだかんだ言って教師の中で一番ヤバいと思うので、気を付けましょう」
そこまで言うか、となだらかは良子に一度心を許し――その後に、昴たち変人をまとめる教師なのだから、一癖あって当然かと考えを改めた。前門の変人、後門にも変人である。今すぐに手あたり次第に八つ当たりしたい気分だったが、初夏の涼しい夜の空気がそれを控えさせた。
昴となだらかは歩いて行く。夜のひっそりとした道をひたひたと。音もなく忍んでいく。
二人を照らすのは、道なりに備えられた提灯のぼんやりとした明るさだけだ。あとは昴が被るヘルメットのライトが目の前の夜道を眩しく照らしていた。
「マップによるとこの辺なんですが……あ……ぼんやりと行燈の光か見えますね」
「本当だ……」
数十メートル先に、据え置かれた三角柱を模った行燈が見える。きっとそこが折り返し地点であり、肝試し最後のトラップが仕掛けてある場所だろう。どこかに良子がいないか確認する昴だが、その鋭い感覚でもっても、本気で隠れた良子は見つからない。
「やりますね、良子ちゃん。正直、天晴れだと思います。これじゃあ煙花火の出番もなさそうだ……」
そう言って残念がる昴。だが、彼の目は少しも元気を失っていない。むしろ爛々と輝いて、イキイキ昴君が爆誕しそうだった。
「ん、そろそろ気を付けてください。ようやく良子ちゃん先生の妖気を捉えましたので!」
「誰が妖怪だ、高盛君失礼だよー!」
「本当に出てきたし……」
昴のクラスを担任する教師、市井良子が姿を現す。どうやら藪の中に隠れていたらしい。所々服に引っかかる木の枝が微笑ましさを誘う。
こんな安い挑発に乗っかる教師がいるなんて、と軽く失望しかけるなだらかは構え直す。ここに配置された教師が手緩い相手なわけがないと思ったからだ。
「さあ、勝負です。高盛君! 先生は今日という日に向けて日々のリベンジをどうしようかと計画を練りに練っていたのです!」
「それは楽しみですね! ではどうぞ!」
「違うそうじゃない! まずは私の辛酸舐めさせられた日々を語るところから始まるのよ!」
「そこから!?」
良子はセンチメンタルっぽい表情を作って語りだす。
「あれは入学式の日、忘れもしない高盛君が――」
「隙ありです!」
隙ありもクソもない奇襲が始まった。
ハンカチでちょちょぎれるウソ泣きの涙を拭う良子に、昴は持ち合わせのゴム弾を投げつける。怪我をしない絶妙な加減が良子を襲う。
「ちょっとまだ語ってる途中!?」
「甘いですよ! 本当のヒーローとは、相手の変身タイムや口上タイムに容赦なく攻撃できる人のことを言うんです!」
「それヒーローって言うよりヒール! 悪役だから!?」
良子の言い分は正しいが、昴は遠慮を知らない人種なので止まることは無い。むしろ嬉々として良子を攻める。
「クッ、こうなったら小学生の時に一年だけ習ったKARATEを使うしか」
「よろしい。では、俺は小中と習ってきたJUDOでお相手しましょう!」
昴はそう言うとへっぽこパンチで殴りかかる良子を簡単にこかした。どちらかというとAIKIの気がしたが、なだらかは面倒臭くなったので突っ込まなかった。
「うえええん! 高盛君が虐める~!」
「おや、すみません良子ちゃん先生。立てます?」
「ッ、隙あり!」
「だと思ったのでヘルメットでガードです」
――ゴン。
「のおおおおおお、手が痛いです。しくしく」
なんというか、見ていて可哀そうになるくらい残念な教師だなあ、と思いつつ、なだらかは一人でゴール兼折り返し地点にお札を置く。これでこれ以上疲れる思いをしないで済む。
「昴君、終わったよ」
「流石、なだらか先輩です! では良子ちゃん先生は放って置いて帰りましょう!」
それを聞いて良子がぎょっとする。
「え! 高盛君、行っちゃうの? 先生が心配じゃないの!?」
「心配ですか。それは先生の心の中に置いて行ってしまったので、生憎と今は持ち合わせていません」
「ガッデム! 後ろから羽交い絞めにしようと思ったのに!」
本当に油断も隙もあったものではない教師だ。
こうして、生徒と教師の肝試しの夜は明けていった。
*
生徒たちが着々と折り返し地点を過ぎていく中、コンビを組んだとある二人は、途方に暮れていた。
「なあ、ここはどこだ? 雨母っぱい」
「知りませんわよ」
「俺はもう帰りたいんだが……」
「うるさいですわ! そんなことはワタクシも分かっていますわ! 黒崎ー! 黒崎ィィィィィ!」
その後、ミスターパーフェクト黒崎包助の助力もあって、二人は無事に帰ることが出来ましたとさ。
「めでたしめでたし、ですねえ」
「何もめでたくないですわ! おのれ、昴、底峰先輩、次こそはー!」
「ふふ、頑張りましょう、雨母お嬢様」
奮起するお嬢様を、執事は優しく見守るのだった。