二日目×林間学校×肝試し!
雨母となだらか。
ひょっとすると、同性だけに雨母と英露より悲惨な関係かもしれない。人気のない広い草地の隅で、女二人のにらみ合いが続く。
長い沈黙が続いた後、雨母の方からため息とともに行動を開始した。といっても、なだらかに圧し掛かった自分のお尻を退けるだけの作業だったが。
「これはこれは申し訳ありませんでしたわ。さ、どきましたわよ、底峰先輩」
「ありがとう、龍嬢さん。そのうっとおしい胸をどけてくれて」
「……」
「……」
こうしていがみ合っていても、何の得も無い。そう判断した昴はニコニコとした笑顔で二人の間に入った。
「あれ、二人共いつの間に仲良くなってたんですか? ズルいなあ、俺も混ぜてくれればよかったのに」
「お、おほほ、そんなふうに見えているのかしら。ふ、不思議ですわねえ、底峰先輩」
「そうね」
この女……と、淡々と返すなだらかに、雨母の眉間に皺が寄る。
どうやっても仲良くなれそうにない二人だった。
――パン、パン。
仕切りなおすように昴の柏手が鳴り響く。
「はいはーい! なだらか先輩はお疲れなので、不肖この昴がお送りしますよ!」
「あ、ちょ。昴!?」
「話なら後で。なあ雨母、頭の回らない相手に勝ったところで、お前は満足?」
「……」
昴は雨母のプライドを刺激する形で、牽制のジャブもとい言葉を放つ。
押し黙った巨乳令嬢に、彼らの後を追う選択肢はなかった。
「お嬢様……一応、影武者を出して誤魔化してありますが、そろそろ戻られた方がよろしいかと。雨母お嬢様や英露様、昴様の個性は、ボロが出るのも早いので」
「ふん。分かりましたわ。黒埼、なら貴方は次の計画の準備に取り掛かりなさい」
「既に、部下を動かしております。御配慮は無用です」
「そう! ならいいのですわ!」
其の返答にご満悦の雨母は、胸元から扇子を引っ張り出し、優雅に涼み始めるのだった。
「アイツのおっぱい、四次元なのか? ……今度突っ込んでみようかな?」
「それは思っているだけにしてくださいね、英露様」
「はひぃ、わ、わかってます!」
その側では、変態が鼻の下を伸ばしていた。
*
大事になることもなく、他の生徒と合流した昴たち。
その夜。
学年全体で胆試しを行う予定となっていた。当然、昼に組んだ人とは別の人とも組めるのだが、昴となだらか、雨母と英露はその組み合わせのまま胆試しに望んでいた。
「いやー、あちこち電灯を置いてあるだけなんで暗いっすねぇ」
「そうね、後は一組に一本、懐中電灯があるだけだものね」
なだらかは手の中の懐中電灯を着けたり消したりして弄んでいる。
「よ、よくよく考えてみたら私、暗い所が苦手でしたわ……」
雨母は過剰に思えるくらいに、ビクビクしながら暗い雑木林等に視線を注いでいる。
「お、なんだよ雨母っぱい。俺でよければ腕くらい貸してやるぜー?」
「変態エロの腕になんて一銭の価値もないですわ! 貴方などさっさと禿げて頭を懐中電灯にでもすればいいんですわ!」
「ひどっ! てか意味わかんねえ! 禿げた頭が光るわけねえだろ!? それと今の今まで勉強づくめだった俺にねぎらいをくれよ! 特におっぱいで!」
「死ねばいいですわ」
「あふん」
ブリザードを思わせる冷たい声音で英露をなじった。それでなぜ喜んでいるのか、雨母にはさっぱり理解不能だったが、ただ一つ英露が気持ち悪いのは本能で悟った。
「あ、なだらか先輩。あそこに行くと毒されますので気を付けてください。まあ、あえて毒されたいというなら止めはしませんが」
「流石にアレはノーサンキューかも」
いくら平静を装うのが得意ななだらかでも、黒光りするGを見たら悲鳴を上げる様に、英露のような変態を相手にするのは嫌らしい。
「それにしても先生たちどこ行ったんだろうね、十人くらいしか見当たらないんだけど……」
「それはあれですよ、きっとお化け役でもしてるんじゃないんですか?」
「ああ……ウチの先生たち、暴れるの好きだからね……」
「暴れる? 騒ぐの間違いじゃ……?」
「私は去年も見てるんだよ? あれはね、騒ぐってレベルじゃないよ。絶対に」
「そこまで言いますか……」
よく見ると昴たちの担任、良子もいない。どうやらあの良心的且つ常識的に見えた女性教師も羊の皮をかぶっていただけらしい。今も鬱葱と生い茂る暗い森の中でニヤニヤしながら生徒たちを待ち伏せていると思われる。
まあ、それでも一部の生徒は頭がおかしい属性持ちなので、毎年何人かの力及ばぬ(?)教師たちがぎゃふんと言わされるわけである。
「それじゃ、俺たちも準備しましょう!」
「準備って、懐中電灯とチェックポイントに置く御札だけでしょ?」
「え……? 何言ってるんですか?」
「え……?」
皆軽装なのに、昴だけはリュックを背負う。そしてなぜかライト付きヘルメットを装着し、まるで探検家のような格好だ。
というか、どこから出したんだとツッコミたい。
「昴君、洞窟にでも挑むつもり?」
「ええー、挑みませんよ。もしかして先輩、お昼に頭どっかに打ちました……?」
「はー、そうね。そういえば龍嬢さんの巨乳にぶつけたわ」
「ああ、やっぱり。今度雨母にしっかり言っておくので!」
(一体何を……!?)
こちらを覗き込んで来る昴は至って真面目だ。そこには想い人を心配しているという表情がくっきりと出ている。
それがまた腹立たしい。
だからボケで返したのだが、昴はこれも大真面目に受け取るだけだった。
「お、そろそろ俺たちの番みたいですよ!」
「あれ? 一組ずつ時間を空けるだろうと思ってたんだけど……意外と早いのね」
「時間内に終わらないといけないですから」
「ああ……」
考えれば単純なことだったが、昼の一件で精神状態のよろしくないなだらかはそこまで思考が回っていなかった。
二人を待ち構える夜の森。踏み均された道の端々には、薄暗い照明が置かれている。
『ぎゃー!?』
「あ、悲鳴が聞こましたね!」
「あらホント」
離れたところから響いてきた叫びは、控え会場の生徒たちをざわつかせる。どうやら教師たちも本気らしい。
しかしながらそれも、たった二人の無個性生徒には、脅しにもなっていないのが滑稽だった。
勢いに任せて進む昴と無表情を保ったまま相方に付きそうなだらか。
「うん、雰囲気在りますね!」
「その顔で言われても説得力ないからね?」
先に行った人間を追い越さないように気を付けて進む。
黙って進むのも味気ないので、昴は暗がりに笑顔を向けていた。それから「ふむ」と歩きながら、予め配布されていた経路マップに視線を落とす。
「そろそろ第一チェックポイントですね」
「へえ、まだ十分位しか歩いてないけどね」
「ということはですよ」
「……?」
「そこら辺に先生方が潜んでいるはずです!」
にっこりと結論付けた昴は、リュックから鮮やかな玉たちを取り出した。
――瞬間、なだらかは壮絶に嫌な予感を覚えた。
「一応聞くけど、それ何?」
「ふふふ、この時期は手に入りやすいから助かりました。これは煙花火ですよ♪」
そして、昴は懐から市販の火打石を取り出す。「じゃーん」と口でわざとらしく効果音まで付けて。それから指先をほんの少しピッと立てて、数秒後に次の動作に移った。
「よっ」
次に、煙花火を全て放る。
昴の手元がブレた。
――カカカッ!
と静かな暗闇に火花が散り、鋭い打音が鳴る。なだらかが声を上げる暇もなかった。
昴は妖しく笑いながら、着火した煙花火の導火線を確認し……
「ほほいのほい!」
四方八方の茂みに投げ込んだ。
カサッ、という複数の音が立った後に「え?」という教師たちらしき人間の声が聞こえた。遅れて、もくもくと上がる色とりどりの煙。
ご丁寧に自分の方に煙が来ないよう、風上には遠目に、風下には近くに投げていたらしい。
「ぬわー、なんだー、火事かー!?」
「お、落ち着いてください、羽田先生! 煙花火ですよ!」
と、なだらかのクラス担任と確かその隣のクラスを担当していた羽田先生の慌てふためく声が聞こえた。
「あー、やっぱりいたんですね。じゃあ、煙が道路をふさがない内に早く通りましょうかー」
「え、でも次の人たちは……」
「大丈夫ですよ、あれ十秒しかもたないんで。火事にもならないような特別製を雨母に取り寄せてもらいました」
「……は、はは」
まるで悪ガキの表情をしながら、種明かしをする昴。そして、引き攣った笑顔を浮かべるなだらか。
教師陣営にとっての恐怖の肝試しは、まだ始まったばかりだ。