価値×無価値×存在意義!
一方その頃の昴となだらかは、特に気絶することはなく斜面を乗り切っていた。擦り傷はそこら中にあったが動けないことはない。
そのことにひとまず安堵したのは束の間。
昴は落ちてきた斜面を見上げる。
(俺一人ならともかく、なだらか先輩も一緒にはきついな)
「これを登るのは無理そうですね」
「……うん、そうだね」
昴が諦念を表に出したのを見て、なだらかも本当に落ちてしまったんだという実感がわく。
その前に、ジャージの上からできたひっかき傷や打撲の痛みで、現実から目を背けることはできなかったが。
「俺たちの他に人はいなかったし、助けを待つのは得策じゃないですね」
「……」
「あ、なだらか先輩が悪いわけじゃないんで気にしないでください。こういう危険な場所は山ならどこにでもあるんで」
そうはいってもこのコースを選んだのはなだらかだ。どうしようもないくらい人のせいにはできない。
昴は指鳴らしをした後にストレッチで体を解す。
「とりあえず、ここを迂回して歩きましょう。幸い来た方向は覚えているので、スタート位置に戻る感じで行きます」
「うん……ありがとう」
ともかく進まないことにはどうにもならない。 なだらかは、なぜか救命具を持っていた昴から治療を施され、その足で立つ。
さらに、昴はなぜかリュックのなかに入っていた油性ペンを取り出す。
「俺がいるのでまず迷わないとは思いますが、念のために印を付けていきます」
「手慣れてるね、サバイバルの経験あるの?」
「まさか、あるわけ無いじゃないですかぁ!俺はどっかのパーフェクト執事さんとは違いますもん!」
「……満面の笑みで返されるとは思わなかったよ」
まあ頼れるなら良いか、となだらかは再度辺りを見渡す。どこからか野鳥の奇声も聞こえることだし、一人より二人の方が安心する。それに気持ちが和らぐ。
(二人か……最近多いな。二人っていう状況)
基本一人。もしくは大多数の中のモブとして生きてきたなだらかにとって、最近は異常とも言えた。
「考え事ですかー、なだらか先輩」
「ちょっとね」
「……一応、名義上は俺たち迷子なんで、はぐれなうように注意してくださいね」
そんなことは言われなくても……と返そうとするも、今こうして山奥を歩いている最大の原因は自分にあるので、口をつぐむしかなかった。
それにしても、やはり昴は凄い。来たこともない土地のはずなのに、どんどん進んでは樹木にマーカーを付けている。一人で置いていかれていたたらと思うと、目も当てられないだろう。
どんどん密度を増していく緑と茶色の景色は、そこはかとなく内心を不安にさせるが、今は昴を信じて進むしかない。
「不安ですか?」
「え?」
「いえ、何となくそんな表情をされていたので。……余計なお世話でした?」
この子はエスパーなの? と嵐が直撃したように揺れる心を落ち着かせる。
「そうなことないよ。私って、顔に出やすいのかな」
「うーん……少なくとも俺には分かりますね。ずばり、手を握ってほしかったり「しないよ」あ、そうですか」
本当にマイペースな男の子だなあ、と遭難の警戒心で尖っていた心が解れる。
息を吐いた昴に合わせ、なだらかは呼吸を整えた。
土踏まずのあたりが蒸れている。足裏から疲れていく前兆なんだろうな、と熱くなった頭で考える。
「そろそろ休憩を入れましょう」
「……」
もう考えるだけ無駄。昴エスパー疑惑を頭の片隅に残し、なだらかは賛成した。
焦げ茶の土が除く獣道に座り込む。
すると昴がごそごそと探し物をする素振りを見せる。「はいどうぞ!」と元気良く取り出されたそれは、紛れもないカ○リーメイト
だった。次いでに三五〇ミリリットルの水。
「俺の分はちゃんとあるので気にしないでくださいね」
そう言いながら強引に渡された。
「ねえ、用意良すぎない?」
「え……? これくらいの備えがないとひょんなことで死んじゃいますよ?」
「そのひょんなことは早々起こらないからひょんなことなんだよ……」
なだらかもハイキングの間食用におやつくらいとお茶くらいは持っている。
しかし、昴の準備の異常さは群を抜いておかしいと断言できる。治療器具にマーカーペン、自分の分以外の食糧と明らかに常人ではない。
「昴君があの非常識なお嬢様と仲が良いのが分かった気がするよ」
「雨母ですか? あれは仲良いっていうのかなー……あ、もしかして先輩ったらヤキモチ「妬いてない」はやっ!?」
「というか、あれだけ必死にアピールしてるのに気づいてもらえてないんだね。不憫な龍嬢さん……」
勘が鋭いのに、他の女の子はからっきし駄目なのか。そう考えると、これだけ熱烈にラブコールを受けているというのは、ちょっと嬉しくもある。あの個性の塊のようなお嬢様に一つ言い返せることができたのだから。
(――いや、元々張り合えるものなんて一つもないか)
自分に誇りを持つなど、いつ頃から忘れてしまったのだろうか。
なだらかは、久しぶりに心の昂りを感じていた。昴が徐々に自分の内側を変えていっていることに気付かずに。
(それにしても)
当の本人は「アピール?」と首を傾げるばかり。
(本当に、不憫な龍嬢さん……)
なだらかは、あれだけ昴に夢中な雨母に少し同情の念を送るのだった。