林間学校×ハイキング×パニックピクニック!
「今日もフラれてきたぜッ!」
「そのセリフはいい加減に聞き飽きたぞ昴」
「変態に同意するのは癪ですが、確かに聞き飽きましたわね。そろそろ変化があってもいい頃でしょうに……」
昴が日常的に告白結果を伝えるようになってから二か月ほどが経っただろうか。
満面の笑みでフラれた情報を聞かされる英露とはともかく、周りの学生たちは呆れ笑いしていた。そこには、無個性同士がまたやってると嘲笑している節があった。
そろそろなだらかへのアプローチを本格的に考えていかなければならない時期。なんといっても定期テストが明ければ、林間学校が待っているからであり、その後には夏休みがある。
夏休みは大半の学生が喜ぶものなのだろうが、昴にとってはなだらかとの出会いが減る最悪のイベント。
その前になんとしてでも仲を進展させたい。
「昴的には、次は林間学校を狙うつもりなのかしらぁ?俗世の林間学校は全学年合同で行いますけれど、宿舎は違いますから、逢い引きは難しいですわよ?」
雨母の指摘に昴は小さく笑う。
林間学校の主目的は、テストの成績に応じた補習と自然のなかでの学習であるのだが……。
「ところがどっこい! 何故かハイキングと肝試しという全学年合同イベントがあるのだ! しかも豪華なことに合意があれば他学年、他クラスとも組めるらしいぞ!」
「またそんな情報を……どこからもって参りましたの?」
「え、包助さん」
昴はなに食わぬ顔で共犯者を暴露する。
身近にいる人間が、一番の協力者には成り得ないことを思い知る雨母だった。
雨母は割と自分で頑張るタイプであるがために、包助からは割と放置されていることが多い。だが、まさか敵に塩を送る様な真似をしているとは思は無かったのだ。
「ハーッ、良く分かりましたわ。ええ、分かりましたとも! 金と権力をねじ込んで、最高の林間学校にしてやりますわ! 覚悟しておきなさい、俗世高校!」
「よっ、流石ツンデレお嬢様、金の使い道が一々面白いな! ついでに林間学校の間は混浴オッケーの湯船を作ってくれ!」
「だまらっしゃい、変態男!」
「ほげえ……!?」
囃し立てた英露は、圧巻のボディブローで床に沈んだ。最早、この男には自業自得と言う言葉すら生温いかもしれない。
*
山道と獣道がはっきりと分かれた山を登る、学生たちの陰。
今日は、待ちに待った林間学校初日。一握りの成績不良者を除けば、割と楽しい行事の始まり。これからの二泊三日でどれだけ得られるものがあるかは学生諸君の頑張り次第といえよう。
「というわけでやってきました、林間学校! これはテンション上がらずにはいられないな! やほーい!」
「私のポケットマネーで寄付しましたから、今回はかなり融通が利きますわよ。既に俗世の校長の支配権は私のものですわー! おーほっほっほっほほほほほほげほっげほっ!」
「お嬢様、無理をなさると化けの皮が剥げますのでお静かに」
「う、うるさいですわよ、黒崎! ていうか、この場合化けの皮とはいったいどういう意味ですの!?」
「実は嘘っぱちのワガママお嬢様キャラがばれるんだろ。自分の属性に正直になれってことさ☆」
「変態エロが正直になりすぎですのよ! しかし……おほほ、今回は私が底峰先輩を出し抜くにはいいチャンスですわ……」
雨母のつぶやきは包助以外に聞こえていない。
賑やかな会話を周りは「またあの三人が何か企んでるよ……」と傍観者を気取って眺めていた。
まあ、数人は「なぜ執事が……?」「うちの学校はもう終わりだな」と常識的なツッコミをしていたが。
「お、見えたなー、宿舎でけー!」
昴が目視で確認したあと、雨母たちもそれに続く。
既に二、三年生たちは荷運びを完了しているようである。宿舎の灯りが、ひっそりとした山奥で目立つ。
「しかし、今日は勉強、勉強、また勉強! うん、つまんねえ!」
「高盛君……それは担任の前で言わないでほしいな……」
昴たちの前を歩く担任教師、市井良子から泣きが入った。にこやかにつまんねえと豪語する生徒を見たら、それは悲しくもなるはずだ。
「ごめんよ、りょーこちゃん。でも俺と雨母、テストは満点だったから勉強免除されてんの」
「うう、優秀な生徒を持って先生悲しい……」
「俺はばっちり赤点だからよろしくな、りょーこちゃん」
英露の嬉しくないフォローが飛び、良子のメンタルが削られていく。雨母は、その下がった肩に手を置いた。
「りょーこちゃん先生。お心苦しいですが、この変態をお頼み申し上げますわ。きっちり更生させてくださいまし」
「主任……この子たちは悪魔の申し子ですよ。私にどう教育しろというんですか……私が教育されちゃいます……」
よよよと崩れ落ちそうなウソ泣きを始める良子。属性は本人曰く委員長らしいが、昴たちは知っている。良子の属性には腹黒がつくということを。
「りょーこちゃん、パンツ見せてくれたら、俺勉強頑張れるぜ」
「見せません! だれか警察はいませんかッ!? ここに犯罪者予備軍がいるんですー!?」
「はははッ! ここは山の中だから警察も来ない! ビバ変態!」
昴と雨母はこれからの受難を想像し、良子に黙祷を捧げるのだった。
どうしたことか個室に案内された昴と雨母は、計画書を畳に広げる。
「よく相部屋の許可が下りたな、これで活動がしやすくなったぜ」
「ホホホ、男女相部屋など私の力をもってすれば簡単なことですわ」
「んー、でも部屋を一つ借りればよかったのに、なんでわざわざ相部屋にしたんだ? 男と一緒で過ごしにくくないのか?」
「た、ただの男と寝所を共にするわけがないでしょう!? ……私はあなただから許可しておりますのよ、光栄に思いなさい!」
「おう、そうするわ! 豪華な部屋用意してくれてありがとうな!」
相変わらず雨母の気持ちは伝わってないようだった。
「べ、別にあなたのために用意したのではありませんわ! 勘違いなさらないでくださる!?」
「お、おう。ところで包助さんは? 雨母のことだし、連れてきてるんだろ?」
昴の聞くところでは、普段の包助は学校のどこかに潜んでいるとかいないとか。今回もきっと人智の及ばぬ方法で隠れているに違いない。
その場合、包助はいったい何者かということになるが。
「黒崎には準備を進めてもらっていますわ」
「準備……?そんなんまだあったっけ?」
林間学校が始まる以前にすべてを済ませていると思っていた昴は、首を捻った。
「ええ、ハイキングコースと肝試しのコースに大きな危険がないか調査に出しているのですわ」
「包助さん……あの若さでサバイバルとかの経験がありそう」
「……あっても不思議ではないですわね。あれはちょっとした妖怪ですわ」
自分の主人にこうも言われるとは、本当に謎の多い執事である。
翌朝、全校生徒は切り開かれた森の中に集合していた。
まだ朝露が残る湿気た時間帯である。
皆眠そうに目を擦ったりしている。シャキッと精神を覚醒させているのはほんの数名だ。
その数名というのは、もちろん昴たち三人組。
昼間の時間を全部使ってするハイキングはさぞかしやりがいがあるだろう。
「んじゃ俺はなだらか先輩のところに行ってくるわー!」
「へいへい、早く逝って爆発してこい」
ぶんぶんと腕を振り回す昴に、英露はぶっきらぼうに言葉を返す。
「さて雨母っぱい」
「その限りなく下品なネーミングはともかく、なんですの?」
「後をつけるぞ!」
「オホホ、そんなこと百も承知ですわ!」
英露は友人として、雨母は恋の焦燥から、欲望にまみれたタッグを組んだ。
*
昴となだらかはいくつにも別れたハイキングコースの外れ近くを歩いていた。というのは、なだらかが「人が少ない方が良い」と言ったからだ。
舞い上がる昴だったが、その後「うるさくなくていいから」と釘を刺された。
「なだらか先輩はハイキングの経験あります?」
「ないよ。外に出るときは買い物のときだけだし」
「友達とかと遊ばないんすか?」
「だって遊ぶような友達いないもの」
「一人でゲームセンターとかも?」
「私成績普通だから遊んでられないの」
なるほど、なだらかが学校で一人でいるわけだ。帰り道で寄り道することもなく。休日に遊びに行くような子供心があるわけでもない。
昴は地面から盛り出た太い木の根に足をかけ、なだらかに向き直る。
「割と失礼な質問だと思うんすけど、それって楽しいんすか?」
「楽しい? 私は家で読書してるし、それは楽しいよ」
「あ、そういうことじゃなくて」
「……?」
言っている意味が通じていないなだらかに対して、昴は頭を凝らす。
どう伝えれば他人と分かりあったり、通じ合ったりすることの楽しさが伝わるかを、言葉にすることが難しいのだ。
「きっと――」
「ああ、もういいよ。私、先に進みたい」
昴が口を開いた瞬間、なだらかは逃げるように歩みを早めた。少しイラついていたので、目をつぶりながら、顔を俯けながらの出発だった。
それを見た昴が少し遅れ、慌てて止めようとする。
「待ってください、なだらか先輩!」
(ああ、うるさい)
その必死な制止に耳を貸さずズンドコ歩くなだらか。
「その先斜面っす!」
「――っえ?」
アルトの効いた掠れ声が森を木々をひっかいて響いた。
振り向くと、昴が足を踏み外しかけたなだらかに手を伸ばしていた。
「昴君……? っきゃ……!?」
「くそっ!」
咄嗟になだらかとの距離を縮め、昴はその肢体を抱きかかえ、衝撃に備える。
目を開けると木の枝が刺さるかもしれないので、なだらかの顔に手を当て、自分はぎゅっと目をつぶる。
そして、昴となだらかは無数の枝葉の海に潜っていった。
――その様子を離れて見ていた二人組がいた。
「「え?」」
英露と雨母の二人組は、友人と先輩が落ちていく様を唖然と静観し――
「はあ――――!?」
「どういうことですのー!?」
潜んでいた茂みから抜け出した二人は、昴となだらかの足跡が残る場所にまで来る。
その先には鬱蒼とした森林が広がっており、二人が落ちたであろうサイズの穴がぽっかりできていた。
「お、落ちた?」
「お、落ちましたわ……じゃないですわよ!?」
雨母はいそいそとロングスカートのポッケトを探る。取り出したのは、どこのブランドの物でもない通信機だった。
二つしかないボタンの通話の方を押す。
「く、黒崎!」
「おや、お嬢様。そのようなお声を出されては――」
包助が応答した瞬間、雨母は弾けるように叫んだ。
「うるさいですわ! それどころではありませんの! 今、私が立っているところから昴と底峰先輩が落ちて行きましてよ!? あれほど丹念に危険なところを調べておきなさいと……ってそんなことはもういいですわ! 早急に捜索隊を出しなさい!」
「……それは、崖ではないのですね?」
「当り前ですわ! 少し急な斜面ですわよ!」
包助は少し間をあけて「かしこまりました」と応える。
「お嬢様の現在通話されている位置から、居場所を特定し、後程捜索隊を出します。お嬢様、くれぐれも無茶はしないでくださいね。っとそれと英露さんに変わっていただけますか?」
「はい? ……変態ですの?」
「俺?」
英露はなんぞ? と首をひねって通信機を受け取る。
「お嬢様は昴様のこととなると己を見失いそうになるので、フォローをよろしくお願いいたします……報酬はーー自主規制ーーを弾みますよ」
「マジッすか!? わかりました!」
「あなたたちバカをやってないで、さっさと二人を探しに行きますわよ!」
ヒステリックを極めた雨面は、英露から通信機を引っ手繰る。
二人がどこへ落ち、どうなったかはわからない。
それを知るまで、雨母の血眼が元に戻ることはないだろう。