突撃×診断×ハレンチタインデー!
数日経った、ある朝のホームルーム。
「四月と言えば、今日は健康診断と身体測定あるよな」
「そうだなエロ。だけどお前が口にするだけでなぜか卑猥な言葉に聞こえるから不思議だよ」
「全くの同意見ですわ、というか近寄らないでくださいまし。変態が移りますわ」
「変態はウイルス……なんて素敵な考えなんだ」
「どう考えても絶望しかないですわね」
属性が変態しかない世界。そんな身の毛がよだちすら引っ込んでしまいそうな悪夢を想像する。
「昴よ。俗世高校は全学年で同時に健康診断を行うんだぜ。この意味がわかるな?」
「はっ!? なだらか先輩もいるじゃん!」
「ちげえよ、全学年の女子がいるだろうが! 先輩限定かよ!?」
「ふう……あの姫君のどこがよろしいのか、私には理解できませんわね」
雨母には彼女……なだらかの感性は理解できなかった。というよりは、一方的に拒絶された。事態がとう転ぶにせよ、既に雨母はなだらかに接触する気が失せていた。
「でもよー、底峰先輩って案外プロポーションは良いよな、顔は地味だけど」
「エロは見た目しか興味ないのか? だから、お前は変態なんだ」
「一目惚れしたお前に言われたくはねえ」
「ふっ、俺の一目惚れはなだらか先輩の心の内の内まで読みきってのことだ。エロの変態的な目と一緒にしてもらっちゃ困る」
昴は胸を張って言うものの、雨母と英露は「どうなんだか」と読みきれないでいる。
「それよりも健康診断だ、たしか今日の午前中を使って行うって言っていたよな」
「そのはずですわね、午後には属性診断があるはずですわ」
「その事なんだけどさ……」
「……?」
雨母は、昴のお願いに小首をかしげる。
にししと笑う昴は、雨母に軽く耳打ちをしたのだった。
そうして、始まった午前中の健康診断と身体測定は、あれよあれよと終わってしまった。目立ったのは、英露が女子の身体測定を盗み聞きしようとしたことと雨母の体重が増えていたことだろうか。
それも英露が「どうせおっぱいに体重食われてんだろ」と茶化して、雨母から無言の腹パンチをもらっていたが。
「エロはデリカシーが足りてないと思うんだよな」
「代わりと言っては何だがエロカシーは持ってるぞ、女の子のしてほしいセクシャルタッチを見極める高度なスキルだ」
指をイソギンチャクよろしくうねうねとさせる英露。その一生発揮されないであろうスキルをもっと別方向のパッションとしていかせないものか。
常々、怪奇染みた思想の男である。
「ほーん、そうか。でもまあ、お前が求めるような女子は絶滅危惧種みたいな娘だろうな」
「昴、それは幾らなんでもテキトーに流し過ぎですわ。変態エロが女学生を襲いに行ったらどう責任を取りますの」
「……それは考えてなかった!」
英露がいた場所は、とっくにもぬけの殻状態だ。診断結果に荒ぶる生徒たちの中にその姿はない。なにも気づいていなかっただろう昴に、雨母は額に手を当ててため息を吐いた。
「まあ、襲われるかもしれない、なだらか先輩以外の女子には御愁傷様という事で」
「底峰先輩だけが都合良く襲われないという自信はどこから来るのやら……」
「俺が襲われないって言ってるんだから大丈夫だよ。なだらか先輩はそんなにつまらない人じゃない。それを今日、雨母にも教えてやる」
「本当にやってしまわれますのね、どうなっても知りませんわよ」
今度こそ、化けの皮の剥げたなだらかを見ることができるかもしれない。雨母は、なだらかにアプローチする昴を多少憎らしく感じながらも、その期待を高めるのだった。
*
底峰なだらかは、同級の学生らと渡り廊下を進んでいた。それというのは、なだらかにとっては刺激のかけらもないイベント「属性診断」が迫っているからである。
珍しく昼休みに告白しに来なかった昴が気がかりではあるが、今日は行事があるのだし、来れなくても無理はない。
(どうせ無個性の私が、なんでこの診断を受けるんだろう。いっそのことばっくれようかな)
所詮、なだらかはその程度の小さい反旗しか翻せない。でも、それで個性が一つでもつくのなら、試してみるのも有りな気がしてきた。
なにより、あの龍嬢雨母の言葉が喉に刺さった小骨のように腹立たしく残っているのだ。
――多少なりとも自分をお育てになられたらどうですの? 正直、みっともなくてよ。
雨母の属性がどういったものか、なだらかにはわからないし、わからなくても良い。ただ自分を示せる何かがある人間というのは、なだらかには眩しすぎた。
「私、今の属性が気に入ってるんだよねー、変わってないと良いなー」
「えー、アンタは良いかもしれないけど、私はワガママだったから変わってくれるといいなあ。進学とか就職にも響くしさ」
話に華を咲かせる周りの学生たちの悩みが嫌みにしか聞こえないのもいつものこと。万事無表情のまま過ごしてきたなだらかは、自覚しないほど小さなジェラシーを抱えて歩く。
それは無個性が抱える不安。いつ炸裂するかもわからぬ爆弾でもあった。無個性ということは、アピールポイントがないということ。そんななだらかを欲しいという社会があるとは思えない。
無個性、将来、不安――暗闇で見えない人生の道。
「底峰さん、ちょっとこっちに来てもらえる?」
「はい?」
暗鬱とした心情の這いずりを止めたのは、担任の教師だった。担任に呼ばれるような事案を起こした覚えはない。しいていうなら、今考えていていた不良的な思考だけだ。
担任はなだらかの予想とは違うことを言った。
「貴方には個人面談があるわ」
「はあ……個人面談、ですか」
無個性だから。
そんな身も蓋もない理由が見える。これで退学してくださいと言われたら笑えるな、となだらかは内心やけになってほくそ笑む。
「わかりました、行きます」
「そう言ってくれると助かるわ!」
はて、助かるとはどういうことか。教師の言い回しに、詐欺にあったような気持ちになるなだらか。
(先生にも色々ある、のかな?)
「集合場所はこの紙に書いてあるから、頼んだわよ」
刷りたての匂いがする用紙には、真ん中に申し訳なさそうなフォントで集合場所と時間が記載されている。
「特別……診断室。こんな場所あったかな?」
誤解を招かないようにすると、決してなだらかが不登校や引きこもりだったとか、興味レベルで学校施設を知らなかったわけではない。本当に初耳の場所なのだ。知らないものはわからない。
「校舎から出たところにあるんだ……」
やはり、そのような施設は記憶に無い。なだらかの不審は募る。いよいよ退学の勧めでも言い渡されるのかと妄想を膨らませると、目的地についてしまった。
「テント……?」
(そっか、私みたいなののために建てられたって訳なんだ)
そして、仮設テントの入り口をくぐり……
「ようこそ、なだらか先輩! 高盛昴のイキイキ属性口座のお時間です!」
一年一組、高盛昴が売れない占い師のようなセットを揃えて待っていた。
「あ、人違いだと思う。昴君が探しているのは別のなだらか先輩だよ、きっと。じゃあ、そういうことで……っ!?」
「バカをおっしゃらないで、とっとと進んでくださらないかしら、底峰先輩」
後退しようとするなだらかを、むすっと迎える龍嬢雨母とその執事、微笑を称える黒崎包助が待っていた。
「あなたは……龍嬢さん。私を嵌めたのね」
「あら、私大勢の前でプライバシーを晒すのが嫌なだけでしてよ。あなたもそうでしょう、底峰先輩?」
刹那、二人の女の間に火花が散る。
「そうかもしれない。でも、龍嬢さんにも見られたくはない」
「無個性の底峰先輩にこれ以上失うものがあるのですか?」
雨母の挑発がなだらかに向かう。
その言葉に、なにかを言い返そうとしたかった。
けれど、なだらかは出来なかった。
「まあまあ雨母、なだらか先輩はこう見えた意外と毒舌なんだぜ? ほら先輩、先輩も何か言ってやってくださいよ!」
「その言い回しは私が小物みたいに感じられるからやめて」
「それはそれは、失礼したっす! では、そろそろ、不肖高盛昴の属性診断を始めたいと思いまーす! わー、ぱちぱちぱちー!」
道化のように自らをアホっぽく見せる昴。雨母はまたかと言いたげに肩を落とし、包助は苦笑している。
なだらかは、告白してくる昴しか見たことがないので、少し新鮮さを感じていた。
「それじゃあ、質問でっす!」
「どうぞ」
「行きなり知らない人が告白してきました。なだらか先輩は、一番最初に彼のどこに気を付けますか!」
「えー……」
「まるっきりどこかで聞いたようなお話ですこと……」
いきなり答えに困る質問、というかなぜそこを選んだと言わんばかりの切り出しだった。
「うーん、顔……かな」
「流石、なだらか先輩! 俺と同じタイプですね!」
「昴君、意外とさばさばしてるね。まあ、個性って言われるより嬉しいよね」
「そうっすね、俺も個性で決められるより顔で決められる方が嬉しいっす!」
ニコッと笑みを向ける昴。
なだらかは、その屈託の無い笑顔に釣られて微笑んだ。
「あ……」
「笑えるじゃないっすか、なだらか先輩」
「まあ、授業よりは楽しいかな」
「その方がかわいいっす!」
「誉めても何もでないよ」
和気あいあいとコミュニケーションを取る二人を、龍嬢雨母が驚愕の眼差しで見つめる。
(いくら昴が相手に合わせるのが上手いとは言え、無個性の底峰先輩を……。ってこのままでは本当に昴と底峰先輩がくっついてしまいますわー!?)
「お待ちなさい、まだ私も残っていてよ。昴、私を診断なさい!」
「えー、雨母はツンデレお嬢様じゃん……多分」
「ふっ……あ、ごめんね」
「だからおおっぴらに言うんじゃありませんと何度注意すれば……! 見なさい、底峰先輩に鼻で笑われていますわ!」
昴が二人の絡みを見るのは、今日がはじめてのことだったが、中々どうして上手くいっているように見える。
「馬鹿になんて……してないよ」
「今のを見ましたわよね!? 完全に間を置きましたわよね!? 黒崎も見たでしょう!?」
「申し訳ございません。この黒崎、お嬢様しか見ておりませんでした」
「どうやらここに私の味方はいないようですわね……!」
「キーッ」とヒステリックを起こしそうになるまで雨母を弄るべきか。昴は思考を一巡回し、ぽんと手を叩いた。
「なだらか先輩、面談を続けましょう!」
「あなたは鬼ですの!?」
「んー、雨母はもうちょっと我慢させてから優しくしたほうが良い味が出るから……」
「私への焦らしを隠し味のように言うのはおやめなさいな!」
中学からの付き合いということもあり、昴は雨母への理解がまずまずある。が……理解があるからといって優しい対応をするかと言えば別。
比較的、昴は雨母に意地悪だった。
「では、なだらか先輩に次の質問です!」
「だんだんクイズ番組みたいになってきたね」
なんだかんだ、属性診断を受けるより、遥かに楽しい時間だ。なだらかは、珍しく浮いた気分を満喫していた。
「デデン! なだらか先輩の初恋はいつですか!? 男としてだいぶ気になっちゃうでありますっ!」
「暴露大会になってますわよ、昴……」
「まあ、いいんじゃないかな。初恋は……まだしてないよ」
「ほう! これは俺が頑張っちゃうかもですねえ!」
「はあ? 頑張ってね。期待はしてないけど」
なだらかの受け答えには拒否の言葉があれど、その声音は少し気色が混じっているように見える。その様子を包助がほっとしたように見つめている。
「嬉しそうね、黒崎。そんなに私がハブられているのが楽しいのかしら、このドS」
「いえいえ、ただ底峰様の心配をしていただけでございます。ドSだなんて滅相もございません」
そう告げる自分の執事に向けて「心配、ねえ……」と猜疑の目ど見つめる雨母。外野二人がそうこうしている間にも、昴となだらかは話を締めようとしていた。
「うーん、やっぱりなだらか先輩のことは知れても、属性まではわかんないっす」
「機械で測るものだもの、人間にできなくても無理無いよ」
なだらかは結果がわかりきっていたように昴に慰めの言葉をかける。
だが、そこで失敗と認めないのが高盛昴だ。
「機械で測るものだからこそ、こうして話してみなきゃいけない気がするんすよね。今日わかったことは、なだらか先輩の人間性ってやつですよ」
「人間性?」
「そうっす。皆、属性診断された、個性っていう外側しか見ないっす。けど、話してみるともっと良くわかる。それが人間性ってやつです」
「……」
それは、今まで無個性と言われ続けてもめげなかった昴だからこそ言えた。
なだらかの内側にスッと入ってくるものがあった。
「俺風に表すなら、『人間性は愛に表れる』ですね」
「ぷっ、何それ」
「そうやって笑っていられるのは今のうちだけですわよ、底峰先輩。昴は常時本気、本音しか仰いませんわ」
雨母は、三年余りの付き合いでそれを思い知らされ、昴の内にあるカリスマに当てられた。
結局、当てられっぱなしのまま、今日まで引きずり、包助にからかわれたりされ、と……。
ツンデレお嬢様雨母、苦難の日々である。
「うん、そうだろうね。これが演技だったら大したピエロっぷりだと思うもん。でもね……」
「でも?」
なだらかは、昴から視線を外す。
「それでも、無個性に期待しちゃダメだよ」
「……」
「ああ、今日は楽しかったよ、うん。じゃあね」
天幕に手をかけ、外に出て、眩しさに目を細めるなだらか。その引きの姿勢は、見事としか言えない。
「なだらか先輩、一つ質問します。先輩の将来の夢ってなんですか?」
ふと、なだらかの歩みが止まる。
「うーん……小さい頃にあったかもしれないけど、忘れちゃったかな。それがどうしたの?」
「いえ。今後の参考にしようかな、と」
「そう。じゃあね、これからも頑張ってね」
その言葉は、余りにも責任に乏しく、まるで自分は渦中にいないような言い草だった。なだらかは、薄い微笑みだけ残し、テントから去っていくのだった。
「行ってしまわれましたわね、昴」
なだらかの鉄壁の拒絶防壁にぶち当たった昴。
雨母は、昴が気落ちしているだろうかと、複雑な心情で覗き見るが……。
「よっしゃあ!」
昴の辞書には、へこむという単語が存在していなかったようである。
「な、なんですのいきなり!?」
「ん? おお、だってなだらか先輩、今日は楽しかったって言ったからさ。ということはだよ。毎日楽しいって思えるように、俺が頑張ればいいじゃん?」
「は、はあ」
その論理はどこか違うのではと思ったが、雨母は何も触れなかった。猪突猛進中の昴を止めることなど出来ようもないから。
落ち込んでないのならそれで良いと、雨母は包助に撤収の指示を出そうとする。
「そうた、良い忘れるとこだった。雨母、今日はお前のお陰で助かったよ。これからもよろしくな!」
「わっ、私にかかれば当然のことですわ!それに、このテントは私の属性診断のために建てたのですから、そのような感謝は必要ありませんわっ!」
「おー、やっぱり雨母は自分に厳しいなー」
不意打ちで昴に礼をされ、つい天の邪鬼な返答をしてしまう雨母。
(ああ、またやってしまいましたわ。普通に感謝を述べればそれでよいはずですのに……)
いつか素直になれる日が来るのか。
それは、雨母の属性だけが知るところだろう。
――余談だが、この日、一人の変態が女子の診断室に堂々と入ろうとし、生活指導教師に取っ捕まったらしい。