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放課後×帰り道×ダイレクトアタック!

 その後、取り立てて騒ぎやイベントはなく、本日の俗世高校は午前開講で終了なり。


というわけで、放課後。夕暮れのシチュエーションでもなんでもない、ただ人が去っていった後の廃墟のような学校。そこに、まばらに生徒たちだけが残っている。


 生徒たちが波となって帰宅する中、昴はなだらかの教室、二年二組に直行した。


「なだらか先輩……なだらか先輩……なだらか先輩……!」


 混じりっ毛のない黒のストレートのロングヘアに、黒曜石のような神秘さを秘めた誰も信用してない瞳。口元は、誰とも話さないようにくっと閉じていたと思う。

 思い返すだけで自分の前頭葉の辺りがジンとするのがわかる。きっと、なだらかへの溢れ出る気持ちを必死に抑制しようと理性が働いているに違いない。


「なぁだらかせんぱぁぁぁぁぁぁい!」


 昴は教室の戸をはね除けてでも会いたかったのか、派手に音を立てて二年一組《、、》を襲撃した。


 誰もいなかった。


 窓はピシリと閉められ、昴を拒絶するかのごとくそこにある。


「あれ、おかしいな?」

「何をしているの、昴君。そこは二年一組よ」

「なだらか先輩!」


 はっとして振り向いた昴を、淡々と見つめる二つの瞳。なだらかは渡り廊下の中央線から外れた位置で、平々凡々と立っている。


「お迎えに上がりましたっ! 一緒に帰りましょう!」


 昴は前に雨母の執事がしていたような姿勢でエスコートの構えを取る。


 対するなだらかの返答は……。


「良いよ」


 という、聞き障りの快い反応だった。


「やったあ!」

「……」


 満面の笑顔でガッツポーズをする昴を、なだらかは不思議に思うこともなく、飄々と観察するのだった。

 その後、二人は下駄箱で校内用サンダルから、革靴に履き替える。

 昼間から制服姿の男女が歩いていると、なんだかデートの様な絵面にも見える。昔は女性が三歩後ろを歩けだの古臭いことも言われていたらしいが、昴はてんで気にする様子がない。


 少し後ろを昴が付いてくるだけなので、なだらかは不意に訊いてみる。


「昴君の家はこちらなの?」

「違いますよ」

「え……と、頭は大丈夫?」


 割りと本気の質問だった。なぜこの男の子は私なんかのためにここまでついてくるのだろうか、と思っているのだ。


 そんななだらかに昴は—―


「何気にひどくないっすかなだらか先輩」


 ありのままの笑顔を返す。


「いえ、普通の人はどこにあるかもわからない他人の家に付いて行かないと思うの」

「だって一緒に帰るって言ったじゃないすか。それって、その人と別れるまで寄り添うってことでしょ?」


 カバンを振り回す昴の姿は、小学生のような無邪気さがあった。周囲を歩く主婦や午前勤務だったのだろうサラリーマンが、遠巻きに微笑ましく和んでいる。


「……そうなの。でも私一人暮らしだから、家に来てほしくないわ」

「くう、貞淑な乙女の鑑みたいなだなあ、なだらか先輩は。ますます惚れました!」


 短気で非常識な人間だったら逆ギレしてもおかしくない言葉の雨を、昴は全く意に介さない。それは、良い意味で二人が素直な性格で、かつ嫌みたらしくないからだろう。


「わっかりました! では高盛昴はこれにて失礼いたしますっ!」

「そう。また明日」

「はーい!」


 やはり定型文のような返ししかしないなだらかは、スポーツマン並の素早さで去っていく昴を見送る。


「よく分からない男性(ひと)


 いつのまにか、なだらかはアパート付近まで来ていることに気付いた。他の人と一緒に帰ったのは久しぶりだったから、帰りの体内時計が狂ったのだ。


「……家に入ろう」

「それはもうちょーっと遅くてもよろしいのではなくて?」

「誰……うっ!?」

「失礼、レディ」


 声の主を特定しようと振り返る最中、なだらかは首に手を当てられるのを感じ――意識を刈られた。

 ふっと体から力の抜けたなだらかを受け止めるのは、龍嬢雨母の執事。属性パーフェクト。燕尾服を完璧に着こなした紳士、黒崎くろさき包助ほうすけである。

 雨母は、なだらかの平素よりパッとしない目鼻立ちを眺める。


「これが昴の惚れた姫君ですの? パッとしませんわね」

「お嬢様、勝手ながら申し上げますと、お嬢様や昴様と比べてしまえば、だれでもパッとしない人間になってしまうかと」


 包助はなだらかをお姫様抱っこしながら、微笑を浮かべた。面食いの女性なら一発で飛び付く面の良さは、主人ながら感心する。


「相変わらずお世辞が上手ねぇ、黒崎。まあいいわ、早く運びますわよ。人目についても厄介ですわ」

「畏まりました、雨母お嬢様」


 事前に用意しておいた送迎用の車に乗って、なだらかは龍嬢雨母邸へと招喚されるのだった



 なだらかは、絢爛豪華なシャンデリアの明かりを浴びて目覚めた。


「ん……」

「あら、お気づきになられて?」


 低反発ながら、しっかりと押し返してくるベッドの質感に圧倒される。

 これ絶対二桁三桁余裕でいっちゃう額の代物だろうな、と内心戦慄しつつ、自分をさらった主犯を睨む。

 金髪ツインテールを立派なドリルのようにカールさせた女性。

 なだらかを拐った張本人が優雅に紅茶をすすっていた。


「恐い顔も出来るじゃありませんの。良い方向に期待外れですわね」

「あなたは誰?」

「ふふ、誘拐犯に名乗る名前はないといったところかしら。私は、龍嬢雨母と申しますの。あなたと同じ俗世高校に通うJKというものらしいですわよ、底峰なだらか先輩」

「龍嬢……あの龍嬢グループ?」

「おそらくはその龍嬢グループで間違いありませんわ」


 雨母は胸を揺らしながら、余裕をもって接する。

 特に罪を犯したという意識すらないようだ。

 雨母的には少々強引に来客を招いているだけなので、それも無理はないかもしれない。

 なだらかは名前を言われたことから、計画的かつ目標があって拐われたことを悟った。


「じゃあ次、ここは龍嬢さんの家?」

「家? 確かにここは家ですわ。私たちのいるお部屋は客室用ですけれど」

「……ここが客室?」

「ええ。こんな最低限寝泊まりできるだけの部屋をメインで使うわけがないでしょうに」


 なだらかの中で最低限の定義が崩れた瞬間である。

 このお嬢様は無茶苦茶だ。

 早く帰らなければ酷い目を見る予感がする。


「身の上話はこれくらいにしましょ。今日はこのような雑談をするために来てもらったのではありませんの」


 なだらかの体に緊張が走る。

 カエルを睨むヘビのような視線に気圧されているのだ。

 自分とは住む世界の違う生物《お嬢様》が要求する物など、なだらか自身、持っているとは思えない。

 まして、相手は世界にも通用する大企業龍嬢グループのご息女。

 指先一つで首が飛ぶかもしれない。

 なだらかは心して次の台詞を待つ。


「底峰先輩は高盛昴をどうお思いかしら?」


その一瞬、なだらかは「は?」と返さなかった自分を誉めた。


「高盛昴って、今日私が一緒に帰った……」

「そ、そうですわ。あなたが一緒に……思い出したら虫の居所が悪くなってきましたわ」

「それは理不尽では……」


 まさか、誰かと一緒に帰るだけで非難される日が来ようとは思わぬなだらかだった。


「そ、それは置いておきますわ。まずは底峰先輩のお気持ちを聞かせて貰いたいですわね」

「私の気持ちというと?」

「はあ? そんなもの、底峰先輩が昴を好きなのかどうかという話ですわ! 愛しているかという話ですわ!」

「あ、そういうの全く無いと思う」

「はいぃ!?」


 無慈悲なまでの即答。

 その反応速度にさしもの雨母も紅茶を取り落としかねなかった。


「そのような気持ちは微塵もないと」

「会って一日目の男女ですし、別に変ではないと思うの」

「……では、別の質問ですわ。底峰先輩は高盛昴が無個性だと知っていますでしょう?」


 なだらかは特に思案することなく頷く。


「ですが、おかしいとは思いませんこと?あのハイテンションでアクティブな高盛昴が本当に無個性(、、、)だなんてことが!」

「それは、でもアトリビュートデバイスの判断は絶対じゃないのかな」


 その返しは余りにも一般的だった。

 雨母は呆れて「ふう」と息を吐く。

 何も解っていませんのね、とでも言いたげだったが、なだらかの底辺プライドは特に揺らがない。


「阿呆のようにアトリスを信じる底峰先輩に教えて差し上げましょう。凡庸にして天才な人間の科学者が作り上げたオモチャアトリビュートデバイスには、測れる属性に限界が存在するのですわ」

「嘘、そんなこと聞いたことない」

「ところが、存在してしまうのですわ。底峰先輩を含め皆様(ゴミ)の無個性と、昴の無個性では少々勝手が違いましてよ」


 なにかとんでもない当て字を振られた気がした。

 でもなだらかは面倒が嫌いなので触れないことにした。

 すると、雨母は壁際のスクリーンを開放し、プロジェクターを準備し始める。

 意外と自分で何でもやるんだ、と思うのも束の間。


「これをご覧くださいまし」

「これは……?」

「政府が設けている保健所の属性測定器ですわ、ちょっとお願いしたらお貸ししてくださいましたの。左が昴の無個性の反応、右が真なる無個性の反応ですわ。この違いがわかりますこと?」


 なだらかは目を凝らす。


「昴君の反応計……微妙に揺れてる?」

「そうですわ。僅かではありますが、微妙な励起を見せているのです。真なる無個性ではこの反応はあり得ないのですわ。つまり、高盛昴の属性は無個性ではない」

「測定不能の新種の個性、なのね」

「ですわ。属性値と呼ばれる係数が巨大すぎるが故に、昴は無個性のレッテルを貼られているのです」

「という妄想的な仮説なのね」

「今は妄想のような仮説でも、そのうち頭の固い科学者と大臣たちのおでこを地に付けさせてあげますわ」


 雨母は絶対の自信を胸に宣言する。

 その巨大なおっぱいに触発されたわけではないが、なだらかはぽつりと呟く。


「やっぱり昴君は、私なんかとは違うんですね」

「今、なんと言いまして?」


 その時、雨母の声音が変わる。


「昴君と私とじゃ、やっぱり違うんだなって」

「それは昴への侮辱ですわね。昴は自分が無個性だろうが、なんだろうが今の昴のままですわ。ましてや、何もしようとしない、これっぽっちも自分を知ろうとしない、真なる無個性の底峰先輩と比べるなど」


 雨母は関を切るように辛辣な言葉の羅列を吐き出す。

 中学時代の昴を無個性と罵った自分に当て付けるように。


「無礼千万、屈辱の極みですわ!」


 ガチャンと音が響く。

 らしくもなくティーセットに込めた力が強すぎた。


「……失礼致しましたわ。ですが、仮に昴とお付き合いをするつもりがあろうとなかろうと、多少なりとも自分をお育てになられたらどうですの? 正直、みっともなくてよ」

「じゃあ、見なくてもらわらわなくて良い。もう用はない?」

「……ええ、外に私の執事を立たせております。どうぞご自由にお使いくださって結構ですわ」


 なだらかは、いつものように無表情のままベッドから立つ。

 そして律儀に一礼して客間を出た。

 一人、紅茶を見つめる雨母は、指先を万力のように締め上げる。


「これまで見てきた無個性の中でも最低の部類。反論の一つも無い、やはり真なる無個性はつまりませんわ」


 雨母はなだらかへの興味を消した。

 変わって、扉一枚を隔てたところでなだらかは。


「……むかつく」

「おや、淑女がそのような言葉遣いをされてはいけませんよ」


 なだらかは、雨母に執事の存在を教えられていたのに、包助がいることに気づかなかった。

 隠密に長けた忍者のような包助は、終始微笑んでいる。


「え、何も言ってないですよ?」

「……左様でしたか、これは失礼を致しました。ご自宅までお送りいたしますのでこちらへどうぞ」


 包助は若干眉を上げただけでそれ以上なだらかを追及しなかった。

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