娘と×親と×将来の夢!
翌日、高盛宅の郵便受けに、差出人不明の封書が届いた。
不審な手紙の中を確認するとびっくり。中身は、底峰一家が面会する日時と場所が記載されていた。
時間は、一週間後の十六時。場所は、俗世高校間近のファミレス。
横槍を入れるにはベストな位置で開催してくれるようだ。向こうは邪魔して来るものを想定していないから当然である。
最も、昴にとっては好都合。
「は、はは。なにが手を貸さないだ。こんなことできるのは、お前しかいねえだろ……」
特別誰とは言わなかったが、こんな手管を持つ人物は、金髪ツインドリルの誰かとその従者しか思いつかない。
中には、「貸し一つ(スカイツリー級)」と書かれていた。
「礼は言うもんじゃなく、返すものってのがアイツらしい……つーか、スカイツリー級って。価値基準がわからん……宇宙規模じゃなかっただけマシか」
なんとなくすごい見返りを求められているのは、想像できた昴。
思わぬ助太刀を受け、今後の予定を練り直し始めた。
*
俗世高校の正門前に、なだらかの姿がある。植込み部分の段差に腰を掛け、人を待っているようだった。
「……」
なだらかはアトリスの内部時計を忌々しげに見つめる。放課後ののんびりとしたティータイムは、残念ながら、なだらかには存在しない。
これから両親が、俗世高校の正門に迎えに来ることになっている。その直後に、近場のファミレスで転校について話し合うことも。
(お父さん……お母さん、私やっと……)
「なだらか」
「!」
呼びかけに反応したなだらかを迎えたのは、父の声。リクルートスーツを着用した父の隣には、おどおどとした母の姿がある。
底峰平斗と底峰しずみだ。
「お父さん、お母さん……久しぶり」
なだらかは、両親に薄く微笑んだ。
ファミレスまでの移動の記憶は、ハッキリ言って無い。
それだけ緊張していたということだろう。
なだらかは、実に半年ぶりに親の顔を見たのだから。
「なだらか、なだらか!」
「え……あ、うん。どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょう、何か食べるでしょ? これ、メニュー」
埋没していた意識を、母に引き戻される。いつの間にかファミレスの席に座っていたようだ。
対面の母からメニューを渡される。
なだらかは、母をまじまじと見つめた。見れば見る程、自分は母親似だと思わされる。おっとりとたまなじりと気の弱そうな口元。容姿もスタイルも中の中といったところだろう。
自分が母のクローンと言われても納得してしまいそうだった。
「水だけでいいよ」
「そうか? 遠慮することはないんだけどな……」
父はメニューを捨て置いて、指を組んだ。
「話は伝わってるだろうけど、お前を俗世高校から転校させようと思ってな」
「なんで今更……」
父の意図が、なだらかには理解できない。転校するくらいなら、最初から俗世高校への進学を反対すればよかったのに。
「なだらか……お前は無個性だ。進学校の俗世で、いじめがないとは限らない」
「そんなこと、ないよ」
「表だってはないとは、僕も思う。けどね、無視だって立派な虐めになったりする。本当に、そういったことまで、まったくないかい?」
言葉に詰まる。応えたくなかった。
なだらかに話しかけるのは、昴たちのグループくらいだ。
無視まではいかずとも、積極的に関わろうと思われていないだろう。
「友達は……いるもん」
「へえ……なだらかの友達なんて初めてじゃない? お赤飯でも持ってくればよかった……」
母はこういうとき大げさに反応するので放置。
「とにかく、私、転校したくない」
「それは、僕としずみが決めることだ」
なだらかと平斗の間に散る激しい火花。
父は優しい表情を浮かべているが、手段はいとわない。転校させるときは、半ば力づくにでも転校手続きを取るかもしれない。
緊迫の状況が続く。
「ハイッ、こんにちわ!」
「「は?」」
狐のお面を被った、属性高校学生服の男の子が、テーブルの横に立っていた。
(昴君なにしてるの!?)
いやもうなだらかにはバレバレである。
父が不審者を見る目付きだ。
「なだらか、この変な子と知り合いなのか?」
知り合いと答えるべきか、それとも昴がなぜここにいるのか追及するべきか。
どちらにしても知人であるのはバレそうだ。
「お義父さん」
「誰がお義父さんですか」
「では、なだらか先輩パパ」
「……」
どうあってもまともに対応する気のない昴だが、仮面の隙間から見える瞳はまじめだ。
「俺も俺の友達もなだらか先輩のこと大好きなので、絶対に転校させないでくださいね!」
じゅわっ、と言い放って昴は消えた。
「え、それだけ?」
流星のごとくあらわれ、そのまま燃え尽きるように消えていった昴に、呆気にとられる一同。
「昴くーん!?」
「え、えーと……?」
「どういうことなの……?」
それはなだらかが言いたいセリフだったが、今はぐっと堪えた。
まあしかし、言ってもらいたいことを簡潔に言ってもらった感はある。
「ほ、ほら私だって友達いるんだから」
「あれじゃ友達の押し売りね」
母が鋭い指摘をしてくる。
当初は押し売りだったかもしれないが、今はしっかりと友達としてやっているからいいのだ。
(まあ、昴君は友達っていうより、恋人になりたいんだろうけど)
「ふむ、子細はともかく仲の良い友人はいるみたいだね」
「分かってくれた、の?」
「いや、まだ考えさせてもらう」
父の言葉に、なだらかは「どうして?」と首を傾げた。
「なだらかが彼のことを、はっきり友達と言うまで信用できないから、かな」
父は、なだらかそっくりの薄い笑みを浮かべる。少しほうれい線の出てきた口周りが、年を感じさせた。
「でも、転校のことも考えさせてもらうよ」
「お父さん」
ほっとするなだらか。少なくとも、すぐに転校という事態は、避けられたようだ。
「彼はここに来たのは……なだらかを心配しての行動だったんだろう?」
「ふふ、多分ね」
「ボーイフレンドなの?」
「それは違うから!」
なだらかは思う。自分の若干の腹黒さは、絶対に母譲りだと。
取り敢えず、帰ったら転校の件は無事解決したと報告だ。
(なんだろう、少しワクワクしてる)
「そう言えば」
「なに、お母さん」
「あなた、将来の夢ってなんだったか覚えてる?」
母は突拍子もなくそんなことを切り出した。
そんなものは幼稚園のときを最後に、抱いたことはない。
だから、なだらかは肩をすくめてこう答えた。
「さあ、なんだったかなー?」
母はやっぱりねと言いたげに肩掛けバックからスマホを取り出す。
「ほらこれ。私、写真にとってあるんだから」
画面をタップしてアルバムを開き、母はスマホを見せてきた。
保存された画像には、笑顔のなだらかが画用紙をよこに携えて微笑んでいる。屈託のない笑顔だ。
その瞬間、なだらかは恥ずかしさに頬を染める。
「じゃーん。なだらかの将来の夢は――」
「ストップ、ストーップ! それ以上はダメだからー!?」
ファミレスでなにを口走ろうというのか、この母親は。
テーブルに乗り出して母の口を塞ごうとするなだらか。
最初の緊張はどこへやら、底峰一家は笑い合っていた。