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悪戦×苦闘×理解不能!

 おかしい。


 昴は、自分はちゃんと登校したという事実を踏まえてそう決断付けた。まだしばらく暑さを感じる教室で例のお嬢様を相手に相談事としゃれこむ。


「二年二組どころか学校になだらか先輩が居ないんだ、雨母!」

「……は、はあ?」


 雨母は怪訝な、というよりは心底呆れた視線をぶつける。なぜなら、その用件は既に包助が伝えてくれていたからだった。


「昴がミスをするのは珍しいですわね。……まあ、いいですわ。底峰先輩ならお休みですわ。体調不良といっていたような……」

「……な、んだと!?」

「どうせズル休みかなにかですわーーってあら?昴!あなたどこへ行くおつもりでして!?」

「決まってるだろ……なだらか先輩の家さ。看病してくるぜっ!」


 そう言ってベランダから下駄箱へ走り去っていった。タイミングよく入ってきた担任、市井良子をすっぽかすように。


「え、ちょ!?今隆盛君でていったわよね!?雨母さんっ!」

「あら良子ちゃん先生。そうですわね……それがいかがなさいまして?」


 まあこんな展開になるだろうと括っていた雨母は、まるで午後のひとときを過ごしているように受け答えた。


「どうもこうも今からホームルームなんですけど!?」

「良子ちゃん先生……」


 久しく落ち着いた気分で、良子を憐れ見る。


「諦めてくださいまし」


 桜も思わず季節外れに咲いてしまうような、それは素晴らしい微笑みだった。あえて何をと告げないのは、雨母なりの優しさだ。


「あー、はいはいソウデスネー。どうせ私は使えない腹黒いいんちょ……じゃなくって!どこへ言ったの、私の理想の教師生活!カモン、私の平穏なティーチングラーイフ!」


 きっと昴が在校する限り、その理想には成らないだろう。


「あと学校にR18本持ってくるんじゃありません!」


「……教師とは大変ですわね」と心にもないことを口にする。その斜め後ろで、「やべっ」といかがわしい雑誌を隠す音がした。


 健全な教師道はまだまだ遠そうだ。



「俺としたことが迂闊だった」


 昴の誤算は、誰もが皆勤で学校に来るものだと思い込んでいたことにあった。学校は遊園地、とは昴の持論だ。まあ、大概の人間はその逆の考えを持っているのだけれども。


 失念のそぶりを表しているつもりなのだろう。おもむろに腕を組む。


「なだらか先輩はいかにも普通を目指してますって風に見せておいて、その実一番普通から縁遠いような人なのに」


 昴はなだらかホームに向かいつつあった。当然、部外者に口を挟まれないよう、尾行には細心の注意を払いつつだ。


 十分過ぎた頃合いで、なだらかホームもといアパートが見えた。一回で来賓を待つエレベーターを無視し、あえて螺旋スロープを行く。


 ――三〇一号室。


 インターホンは好まないので、まずはノックだ。


「なだらかせんぱーい、愛しの隆盛昴君が参上しましたよー!」


 しかし待てども返事はない。


「ふむ……これは心配だな。ん!?」


 試しにドアノブを捻ると、素直にドアが開いたではないか。無用心と思うより、なだらかの身に恐ろしいことが起きたのではないかと深読みしてしまう。


「なだらかせんぱーい……いらっしゃいませんかー……」


 そーっとドアの隙間から顔を出す。


「電気ついてないし……本当にどうしたんだ……?」


 玄関に靴を揃えて、廊下を進む。廊下と言ってもアパート内なので、すぐに区画をしきる次のドアに突き当たった。


 そのドアも開けて、さらに進む。LDKの整った部屋に残りの一部屋へと続く扉がある。


(絶対ここ、なだらか先輩の部屋だよなー……)


 不法侵入しておいて今更だが、女子のマイルームに断りなく入るのは気が引けた。


(でも確かめなきゃ)


 ここまで来たのだ。入室のひとつもせずに、安否も確認せずに引き返すなど有り得ない。


「失礼しまーす……」


 押戸を開くと、目の前に学習机。左手には中央の盛り上がったベッド。本来なら明かりを取り入れる役目の窓は、カーテンに仕事を奪われていた。


「出てって」


 布団を被るなだらかは冷たく突き放す。


「放っておけると思います?」

「放って置いてよ……」


(一体何があったんだ……?)


 なんだかんだ言って、雑草魂で復活するのがなだらかだ。今回は相当込み入った事情がありそうである。


「ん……?」


 寝所から引き離すわけにもいかない。仕方なくあたりを観察していると、手紙が一通落ちていた。


 それを開いた昴は、顔を驚愕で染めた。


「見ちゃダメ!」

「あっ……すみません」


 反応のない昴を訝しんだのだろう。なだらかは、手紙を引っ手繰るように奪った後、布団にくるまって震えていた。


「見ないで」

「……」


 言葉が見つからない。


(このままじゃ、なだらか先輩が転校してしまう……!)


 ようやく打ち解けてきたのに。やっと笑顔を見られるようになってきたのに。


「納得いかないですよ……」


 怒りとも悲しみとも判断のつかない一言が漏れる。


 これ以上追及はしない。それよりも先に対策を練らなければならない。


(時間がない……でも、転校なんかさせるもんか!)


 簡素に帰りを告げ、昴は全力で帰路に就いた。


 母が制するのも聞かず、玄関を突破し、自分の部屋異一直線に駆け込む昴。特徴があるわけでもないいたって常識の範囲内の部屋だ。


 バアン、と派手な音を立ててノートを開く。


「なだらか先輩のお父様がやってくるであろう予測される日にちまでのスケジューリング……!」


 一つに、分単位の綿密な計画表。


 そして気づく。


「……俺一人では足りない」


 どう見繕ったとしても時間が足りない。圧倒的に行動する時間が無い。


 昴は、八方塞がりを打開するためにタブレットに手を伸ばした。



 翌日、まだなだらかは登校していない。


「「「……」」」


 化学実験室を貸し切り、いつものメンツが集っている。


 陽が当たらない場所なので肌寒い。


「お前ら、今日呼んだのは他でもない。なだらか先輩のことで力を貸してほしい」

「おいおい、昴君よ。このエロ魔人たる俺が、そんな大事なことに加わっていいのか?」


 自分でそれを言うかと呆れつつ、肯定する。


「この際、エロの手でも借りたいんだ。それに」

「私の力を借りたいというのが本音ですわね」

「正確には包助さんなんだけどな」

「包助は私の物ですわ。許可は私を通してくださらないと、ねえ」

「まあ、そうなりますね」


 そのもったいぶった言い方に、包助は苦笑する。


「じゃあ、雨母」

「嫌ですわ」


 雨母は言いかけた頼みを切って捨てた。さらに勝ち誇るように立ち上がる。


「雨母?」

「私、あなたと底峰先輩の仲を取り持つ気はありませんの。というわけでしてこの話は終わりですわ。行きますわよ、包助」

「……かしこまりました、お嬢様。では」


 細腕で実験室の扉をサッと開き、雨母はそのまま退出した。包助は一礼して出ていく。


「な、何が起こった……?」

「そりゃあ、お前……」


 額に手を当てる英露。


「さしもの昴君にも及びのつかねえことがあるってことよ」


 クックッ、と喉に詰まるような笑いが、二人きりの教室に響くのだった。 

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