無個性×無個性×告白プロジェクト!
高盛昴は叫ぶ。
「今日も愛してます、なだらかせんぱーい!!!!」
俗世高校、二年生の底峰なだらか――「無個性」と呼称される女生徒に向かって。
昼休みの校庭で毎日行われるその珍事は、既に大半の生徒から失笑を貰うまでに進歩していた。
「……」
相手のなだらかはといえば無表情。
なだらかのいるところは校舎の二階、二年二組。叫ぶことにためらいを感じるのか、スケッチブックに真っ黒いインクのペンを走らせる。
腕時計に似たデバイスが日光を反射して目を焼く。昴にとって最も忌まわしいデバイスである。
『私はあなたと御付き合いできないの。だって私は無個性だから』
いつもと同じ文句が書かれている。俗世高校入学初日に言われたことほぼそっくりに。
高盛昴は、今日も底峰なだらかに振られる。
*
よく晴れた四月の空は高盛昴のハイテンションな気分を映しているようだ。
高校入学という晴々しい日なので、人一倍足早に家を出た。だから一番が好きという性格ではないが、ただ、特別な日になにもしないというのがスッキリしないのだ。
道路脇に沿うように設置されたフェンスを飛び越える。続いて川の水面に突き出た木の杭をステップで通過する。
この道は学校へのショートカットコースであり、一ヶ月前から昴が調べてある通学コースの一つ。
雑木林の中を全速力で突っ切って学校の目の前に出る。朝の日差しに照らされたグラウンドは今にでも小さな草々が生えてきそうだった。
「入学式の準備をしてるな。うん、やっぱり今日は入学式であっていたみたいだな!」
体を伸ばした昴が薄目を開けると、自分の他にもう一人生徒がいるのを見つけた。
その生徒は、青のリボンを付けているので二年生だろう。黒いストレートの髪を肩甲骨の辺りで止めた女生徒。顔色は明るくとも目立たず、体つきの凹凸も女性らしさを崩さず且つ激しくもない。すっと背筋を立たせたその少女は、昴が惚れるために産まれてきたような娘だった。
しかし、一目惚れにそんな理論的なことが求められる訳もない。昴はただただ愚直に挨拶した。
「おはようごさいまっす!」
「え……? えっと……おはようございます? 君は、一年生だよね。緑のタイを着けてるし……。あれ、まだ入学式は始まっていないよね……あれ?」
先輩女生徒は不安そうに胸に手を当てて、思案し始めた。ちょっと低音を感じるかすれ声に昴の脳髄が痺れる。
「俺は高盛昴です! 背が高いの高に盛り上がるの盛、昂るの昂っす! 突然で申し訳無いんですけど、先輩のお名前は何て言うんですか?」
「私は、底峰なだらか。海の底の底に山の峰の峰、それと平仮名でなだらか」
「そうっすか……なだらか先輩」
「……?」
人生初、一世一代の胸の高鳴りを言葉に乗せる。
「好きになりました! 俺と付き合ってください!」
「え……」
高盛昴、初恋と一目惚れの瞬間だった。
「好きです!」
「あ、いえ、二度言わなくても大丈夫です」
なだらかは突然の告白に胸をときめかせたりしない。告白されたのは初のことだが。
「ごめんなさい。無個性の私なんかと付き合わない方が良いわ」
「大丈夫っす、俺も無個性なんで!」
にかっと笑って、拒絶を受け流す。そして、右手首のデバイスを弄くった。
「ほら!」
昴は、自分と同じ無個性を初めて見て興奮していた。
自信満々に見せる表示には、無惨に無個性の三文字が並んでいる。
「ならなおさらダメ」
「ええー……」
「無個性なんて価値の欠片もない人同士でくっついても良いことはない。だから、気持ちは嬉しいけど、昴君とは付き合えない」
にべもなく吐き出された言葉。そのあまりにも冷たい物言いに、昴は固まった。
「じゃ、入学式頑張ってね」
当たり障りのない台詞だけ残して、なだらかは校舎に消えていく。昴は「はあ」とため息をついて、その後ろ姿を見送る。
「価値の欠片もない、ね。俺の一番嫌いな言葉だ」
価値がない人間何ていない。
昴の教科書に無価値という言葉は存在しない。
「見てろよ、なだらか先輩。俺が先輩の魅力を根こそぎ引き出してやるからな」
高盛昴。
アクティブ過ぎる性格と高すぎるテンションによって、無個性と判断された男。昴の驚異的な猛烈アタックが始まろうとしていた。
――入学式。
その最中、昴はずっと上の空だった。
校長の御高説を流し半分、聞き忘れ半分でくぐり抜け、気付いたときには教室の席順まで決まっていたのだから驚きだ。
「昴、あなた何をボーッとしていらっしゃるのかしらあ? 私の話を聞いていて?」
ボケている昴はその特徴的なシルエットに目を引かれる。
大きく育った胸の下に腕を回す、お嬢様然とした女の子が、昴を睥睨していた。
「ごめん、聞いてなかった」
「平然と言い切るとは、誠に良い度胸ですわね」
何故か隣の席を確保している、中学からの馴染みの友人、龍嬢雨母が、昴に突っかかっている。
初めて会ったときから、無個性である昴が気に食わないらしく、今もこうして懲りなく付きまとっている、歴としたお嬢様である。
金持ちなんだからそういう学校にでもいけば良いのに、と何度思ったかわからない。
「今日も金髪ツイン縦ロールが似合ってるぞ、お前ツンデレお嬢様だもんな」
「わ、私の属性をみだりに言うんじゃありませんわよ! 大体ツンデレってなんですの! 意味不明ですわ!」
雨母はなぜか三年前からツンデレの属性が付加されたらしい。
キーッ! と発狂する雨母を、昴は微笑ましく眺める。
「なあ雨母、俺アトリビュートデバイスが嫌いだ」
「今更ですわね、私も嫌いですわ」
右手首の腕時計のような機械に力を込める。憎々しげに撫でても、頑丈に作られているので壊れはしないが。
昴たちが産まれる前、ある年に制定された日本属性化法。アトリビュートデバイス、通称アトリスの装着を義務付けられた日本人は、己の属性と向かい合うことになった。
「日本属性化法なんて無くなれば良いのにな」
「しかし、そのおかげで犯罪者等の危険人物の検挙率は増加していますわ。無個性の昴には、ちょっーと生き辛いのかしら?」
「あー生き辛いね、そのせいでなだらか先輩にフラれたし」
「フラ!? ちょっと昴、ああああああなたフラれたってどういうことですの!?」
がっくんがっくんと体を揺さぶられる。妙に焦ったようすの雨母に、昴はウインクで返した。
「いやー、今朝二年生の先輩に一目惚れしちゃってさー。思わず告白しちゃった☆」
「しちゃった☆ じゃないですわよ! あなたという人は、なぜそういきなり……!」
「いきなりじゃダメなのか? 別に俺他に付き合ってる奴いないぞ」
あっけらかんとする昴に対して、雨母は少し恥ずかしげに訊く。
「ダメというかその……他にもあなたに似合いの姫君がいるでしょう?」
「……誰だ、雨母は知ってるのか?」
「~~っ! 知りませんわよ、おバカ!」
ぷいとそっぽを向いた雨母は、まだ始まってもいない授業の教科書を開き、予習を始めた。
雨母は高飛車なお嬢様に見えて努力家で、負けず嫌いなのだ。。
「今日の放課後、勝負だな」
学校初日で計画も何もあったものではなく、昴は直球で気持ちを伝える気だった。
「昴が勝負とは、今日はどんな災害が起こるんだ?」
「お前みたいな変態と会ってしまったのが最大の災害だ」
「相変わらず辛口だなあ、俺は学校でエロ本を読んでいるだけじゃないか」
新戸英露はパタンとエロ本を閉じた。こいつはなぜ少年院行きを逃れているのか。昴の抱える謎の一つだ。
「黙ってろ、変態エロ」
「ふはは、俺の属性は変態だからな。変態エロなどと呼ばれるのは本望だ」
実に堂々とした変態がいたものだ。白昼に町中を素っ裸出歩く奇人のようなことを、素でやりかねない男だから恐ろしい。いつからか昴は英露をエロと呼んでいた。
「雨母はまだしもエロまで同じ学校で、同じクラスか」
「お前、本当に興味のない物は、眼中に無いよな。ま、それはそれとして俺も聞いたぞ、告白の話を」
英露は黒ぶち眼鏡を持ち上げる。
悪巧みしているんだな、と昴は過去の付き合いから感じとった。
「ズバリ、好みの女が載っている雑誌と共に告白すれば良いだろう!」
「ははっ、やっぱりお前は変態だな!」
「そうだろう、そうだろう!」
「却下だよ、エロ。そこで雨母と十八禁について語ってろ」
「私にこのお下品な男を押し付けないでくださいまし!?」
校内一の変態との語らいは、はたして貴重なのか、悲劇なのか。
ちなみに、雨母と英露は犬猿の仲だ。中学の頃からお互いにお互いが好かないらしい。属性的にも合いそうに無いのは確かだ。
「下品とは失礼な。変態が下品だなんていつから決まったというのだね」
「少なくとも人類が言語と羞恥心を持った頃には生まれていたと思いますわよ」
「うるせえ! ふん、いくらお前がデカチチだからってそんなもの……そんなもの……好きに決まってんだろ!」
「プライドの欠片もありませんわね、この変態エロは」
雨母の巨乳の前では、英露の誇り低き変態性など無いも同じだったようだ。
本当にアホらしい限りだ。
「そうだな、エロは当てにならない。だから雨母に聞きたいんだけど。雨母はどんな告白のされ方が好きなんだ?」
「マッ!?」
昴は自分の興味以外はてんで無頓着だ。だから雨母からの気持ちも気づかずに、ズバズバと切り込んでいく。
「昴……地雷をハンマーで叩いていくその姿勢、嫌いじゃないぜ」
「エロ、お前は何を言っているんだ?」
「さー何だろうな、鈍感野郎」
「失礼な、俺は気になる女の子の気持ちなら手に取るようにわかるぞ」
「それはそれでどうかと思いますわよ、乙女心的には……」
どうやら雨母はすべてを理解してもらう必要は無いという意見だ。
昴は「ふうん」と頬杖をつく。なだらかも似たような情緒を持っているのなら、雨母の言う通り、何もかも理解したつもりというのは考えものだ。
だがしかし、なだらかは自分を無価値と思い込んでいる無個性《、、、》だ。その意識を変えるためには、自分で気付くのを待っているだけじゃ足りない。
「あら昴、あなた笑っていてよ」
「そうか? なら、俺の笑顔はなだらか先輩が引き出したってことだ」
「相も変わらずよく分からない理論だこと」
雨母はツンとそっぽを向き、今度こそ話から離脱した。