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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物が校舎を建てるには
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・番外編 ディーと校舎再建計画

・番外編 ディーと校舎再建計画


 ※このお話はディー視点でお送りします。


 あたしはディー。元魔王軍四天王で、同じく元魔王軍四天王の一人、ウィルトの義理の娘で、魔王の息子ミトラスの妹分。


 今は群魔区で法律相談とか、第三者としての調整役というか、そんな感じの仕事をしている。


 今回のあたしの相手は妖精の先生だ。父の昔の教え子らしいタニヤ校長は、先日台風で校舎が吹き飛んだので、新しく建て替えようとしているとのことだが、その内容を相談できる相手として、父から紹介されてここに来たとのだという。


 場所は教会の礼拝堂(サチウスはよくホールと言う)の傍の談話室。


 ……おかしい。あたしはあくまでも相手がやろうとしていることが、法に触れないかを判断して、無難な助言をするくらいだったのに。


 なんでこんな経営相談みたいなことを、しているんだろう。経営についても助言できるようなことはないはずなのに。


「あなたがウィルト先生の娘さん。いえ、こういう場でこういうのは良くありませんわね。私タニヤと申します。ディーさん、今日はよろしくお願いします」


 あたしの手の平より、もう少し小さい彼女は、礼儀正しく挨拶をしてくれた。あたしも返礼して、本題に入ることにする。とにかくやれるだけやってみよう。


「宜しくお願いします、校長先生。早速ですが、ご予算はどれくらいで」


「あ、はい……こちらになります」


 弱々しい様子で、校長が背中に背負っていた書類をこちらに差し出す。少ない。これでは建材さえ、買い揃えることはできない。


「我が校は基本的に学費と寄付金で、運営がなされております。ですから、こういうことに対処できるほどのお金は流石に」


 校長の顔が羞恥に染まり、表情は苦しげだ。こういう施設の経営は難しそうだ。一般的な商店が二号、三号と店舗を増やして行こうというような、野心的な取り組み方は根本にはない。


 それこそ校舎を丸々建て替えられるくらい設けようなんて、最初から考えて学校を建てる人は、まずいないだろう。


 ただ、考え方としては、今みたいな有事に備えて、蓄えを持っておくために、もっと何らかの利益を得られる形を、考えておくべきだったのでは、と思わないでもない。


 それが可能な時勢ではなかったとしても。


「既存の家屋に居を構えるなら、建物の修繕費の幾らかを区が負担するという、移住者向けの制度はまだ有効です。しかし学校は住居ではないためそれが受けられず、私立であるが故に、公共の物件ならば受けられる資金援助を受けられない。困りましたね」


 あたしは校長のカップにお茶を淹れながら、言葉を切った。


 ユグドラさんからもらった薬草茶は、むせ返るような甘い匂いと、それを更に上回る甘味が特徴だ。


 個人的にはここに豆乳と小豆の粉末を加えるのが、好みである。


「なるべく外部資本を招かないようにしたことがこんな形で仇になるなんて~!」


「失礼ながら、ご実家に援助を、お求めにならないのですか」


 タニヤ校長は首をぶんぶん振ってから、お茶を一気に飲み干した。白金色の長い髪がお茶につかないか、ちょっとだけ冷や冷やする。


「曲がりなりにも王族たる私です。故郷に帰って頭を下げれば、土地面積を限界まで使った新校舎ができることは、想像に難くありませんわ。ですが」


 そこで彼女は俯いてしまった。妖精学校は校舎の小規模さに比べて、土地自体は非常に広い。そこを全て活用すると、人間用の学校ができるだろう。


「仮にも生徒を導きながら勉学を共にする教師、その頭目たる私が、親に頭を下げて資金をせがむことは、皆を裏切るような気がして」


 立派な大人としての像を崩したくないということ、立派な見栄だけど、忖度(そんたく)してあげるべき状況じゃあ、ないわね。


「お気持ちは立派ですが、今は形振りを構っている場合ではありません。先ずは校舎の再建を最優先すべきです。終わればそれまでですが、残ればやり直すこともできます。現在神無側区では、魔物にも市民権が広まっていますから、市のほうに訴えて頂ければ、魔物の学校という分類の妖精学校にも、修繕費の融通をしてもらえる公算はあります。少なくとも移住者のみに適用していた建物の修繕費の制度から、外れるということは不適当であると言えるかもしれませんし、最悪の場合、公共に資する建物として要件を揃えて、申請して受理がされれば、そこからもう一度請求を起こせます。もっともそのときは現物が必要ですので、予め校舎を用意しておく必要がありますから、恐らく借金をして立てた校舎の、返済に充てることになるかと」


 タニヤ校長は、あたしの言葉をじっと聞いていてくれる。怯えている様子もない。話し合う態度は全く崩れない。


 一気に捲し立てて、自分でも言い過ぎたかと思ったけど、杞憂だった。


「確かに、存亡の危機を前には、そういうことも必要かも知れません。前向きに検討致しますわ。ありがとうディーさん、まだお若いようだけど、随分しっかりしてらっしゃるのね。流石ウィルト先生の娘さんだけあるわ」


 この人いい人だな。あたし今ので好きになったぞ。


「これなら私の考えてきたことも、無駄だったかもしれませんわね」


「ああ、すいません先走ってしまって、先生には先生の案があったのに」


 タニヤ校長は何も無策で、ここを訪ねてきた訳じゃないみたい。彼女は机の上に指先で『の』の字を書きながら、話し始めた。


「案だなんて、実はですの、その、お恥ずかしながら人間の、商人の学校の授業を取り入れようか、と考えておりますの」


 人間の学校には幾つかの種類がある。貴族や騎士たちが武働きと、社交界の規則を学ぶための学校。


 彼らのための祝典を彩る、音楽家や料理人たちのための学校。人間の魔法使いたちのための学校、その中で現在もっとも数が多いのが、商人たちの学校。


 商人たちの学校では、基本的な商いのことを、商売を通して教えていくらしい。そして卒業すれば、そのまま学校に出資している商家傘下の店舗に、雇われていくのだそうだ。


 一説によると、就学中に生徒が上げた利益は学費に充てられたり、生徒自身に還付されるとのことだ。


「つまり、校長はその授業を取り入れ、そこで得られた利益も、新校舎の資金に充てたいと」


 タニヤ校長は緊張しているのか、小さなハンカチで汗をしきりに拭っている。自信のなさが見て取れる。無理もない。無茶だ。


「はい。このまま校舎が建てられず、万が一廃校となれば、生徒や職員たちも、放り出すことになってしまいます。そういったことに備えるためにも、と」


 些か悲観的だが、全く現実的ではないとも言い切れない。職業訓練を先んじて積ませることにより、学校が無くなった後のことを、一応は考えているようだ。無いよりはマシだろう。


 しかし、校長から聞かされた授業のコマ割りだと、絶対に時間が足りない。それだけは分かる。実践系の授業は、取り組む時間数を増やさないと意味がない。


 授業の時間を増やすには。


「……校長先生、差し出がましい申し出なのですが、よろしいですか」


「あ、はい。何でしょうか。やはり無謀ですわよね、こんなこと、はあ」


 もう一度校長のカップにお茶を入れながら、あたしは言葉を探した。どういう言い方がいいか。どう順序立てて話すか。


 商人の真似事をどうやって形にしていくか。頭の中で組み立てて、整理する。


 ーー良し。


「ええ、このままでは、と言わざるを得ません。ですので、このように時間割の見直しを、考えてみて頂きたいのです」


 予め用意しておいた紙に、今の考えをまとめ、それをタニヤ校長に見せる。


「“他の者たち”との調整はこちらで致します。どうでしょうか」


「ディーさん……あなた何者なんですの……」


 驚きの目でこちらを見るタニヤ校長の眼に、あたしは自分の判断が、間違っていないことを確認する。


 言われてみれば、という反応がこの路線の正しさを示している。


「これなら確かに、前よりずっといいですが、その、本当によろしいのですか」


「はい。そちらもこれで良ければ、他の職員方との相談をお願いします。あたしはその間に、該当する職員に説明をしておきますので、それからもう一度細かく予定を決めましょう」


「はっはい!」


 タニヤ校長は頷くと、猛烈な速さで談話室を飛び出して行った。その後ろ姿を見て、あたしも大きく息を吐く。疲れた、背中が冷や汗でびっしょりだ。


 餅の絵を描くことが、こんなにも疲れるとは、思わなかった。


 それでもこうしてはいられない。あたしも談話室を出ると、二階で使用していなかった、部屋の掃除に勤しむ父さんの元へと駆けた。


 そして今あったことを話す。


「それで、今すぐこのことを役所のサチウスたちにも伝えて欲しいんだけど」


「構いませんよ。よく考えましたね、ディー」


 父さんがあたしのことを褒めてくれた。嬉しい。


 父さんは掃除用具を片付け、マスクを外すと、転移魔法を唱えて役所へと飛んだ。


 今はこれでいいはずだ。あとはあたしたちと、生徒たちが、どこまでやれるかにかかっている。


 この後の打ち合わせが終わったら、次は校舎の建築に必要な金額を、もう一度調べ直さなくては。


 やれるだけやるしかない。あたしは自分にそう言い聞かせると、資料集めと休憩も兼ねて、一旦街へと繰り出すことにした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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