・ボスと学ぼう
・ボスと学ぼう
俺は週明けからの授業に向けて、準備をしていた。とはいえ今回は、授業を受ける側ではなくするほう、それもミトラスの補佐としてだ。
受け持つ授業名は『水増し論』。自分で教鞭を振るう機会が来るとは、よもや考えてなかったから、心労で吐きそうだ。
何故そんなことになったのか。先日パンドラたちも交えて、タニヤ校長たちと今後のことについて、話し合いの結果、校舎の新設と並行して、授業をすることが決まった。
そして教室数の不足から来る、課目配分の崩れを調整するため、規定の授業を減らし、空いた分に臨時の特別講座を設けるところまで、考えたらしい。
そこでウィルトが、区役所の魔物たちの仕事を体験させたり、四天王とミトラスで、何か講座を開けないかと切り出したのだ。
「私なら今足りない魔法に関わる分野で、教えられることがあると思います。そしてディーなら体育、バスキーなら地理、パンドラなら美術、ミトラスとサチコさんなら……」
そこで詰まったのだが、春先の大会のことを思い出したのか、咄嗟に先述の授業名を、考え出したのだ。
役所でそんな先生の真似事をしても、大丈夫かとも思ったけど、職安や役所で紹介する研修や講義、教室なんかも、場所に休日の学校を借りることがあるし、その延長だと考えれば、やれなくはない。
とはディーの言葉だ。相手先の学校ないけどな。
提案したのはうちだが、一応形の上では仮校舎たる教会で、開かれる役所の講座を、授業の一つとして組み込ませてもらえないかと、学校側からの打診を承諾したということになる。
「願っても無い申し出ですけれど、その、言っておいてなんですけど、うちには今、資金的にお願いするだけの余裕はありませんの……」
羞恥と申し訳なさで耳を真っ赤にしながら、タニヤ校長は俯いた。泣き腫らしたのか、目元はちょっと赤かった、長机の上にちょこんと正座する姿はどうしても愛らしい。
「いえ、これは役所側からの、支援と受け取って頂ければ、よろしいですよ」
学校にお客さんを呼んで、ありがたいお話をして頂く際、相手が教員免許を持っている必要はないから、それと同様にお呼ばれの形式で授業をする。
しかしそれが役所からの支援ってことにするのか、すげえ歪というか、ちぐはぐというか、捻じれてるというか。
「ウィルト先生、本当に何から何まで、ありがとうございます。一度皆さんと相談させて頂きますわ」
そう言ったものの、タニヤ校長はその日の終わりにウィルトの申し出を受けた。下品な表現になるけど、チョロすぎる。
あまり言いたくないけど、タニヤ校長学生時代に絶対ウィルトと何かあったぞ。そのおかげで話が進むなら別にいいけどさ。
「よーし、今度の授業で彼女からの評価を、取り返しましょう! ね! サチウス!」
そして何故か妙に張り切っているミトラス。ものの弾みとはいえ評価が落ちたのはお前だけだよ。
しかし、トレーニングセンターで魔物の水増し式のレベルアップについて教えるとはいえ、いったい何から教えたものか。
俺は今日までに改良を加え続けた魔物『スカルナイト』の記録が書かれたノートをまとめた。
乱雑に散りばめられた気付きや疑問を、清書するのは苦行だったが、とりあえず俺以外が読めるようにはなった。
あとはどうやって生徒と接するかだ。俺が生徒の側なのに、いきなり先生やれなんて言われても困るよ。幸い俺たちの授業は最後だから、それまでに本職と四天王たちの授業を覗いて、イメージを掴もう。
「そうだサチウス、水増しに使う魔物の一覧ってこれでいいかな」
「おん? ああどれどれ」
トレセンの魔物たちは働いている住民たちだ。自由に使える道具的な魔物は少ないし、大量に使おうとすればミトラスが召喚するしかない。
何気に彼の魔王としての力ってこういう場合にありがたい。
「スケルトン、ゴースト、スライム、あとはゴーレムにリビングアーマーか」
「ゴーレム製作は大人から子どもまで、世代を超えて愛される分野ですからね」
玩具みたいだな、という言葉が喉まで出かかって、止めた。きっと実際にそういう側面が、多分にあるんだろう。
「俺もそろそろできることを増やしていかないとな」
「ちなみにフレッシュゴーレムはやりませんよ」
四月の大会では、決勝の相手も使ってきた魔物だ。今後を考えれば強くて有名なものは、抑えておかないとな。うかうかしていたら次は優勝できないだろう。
それと、フレッシュゴーレムは肉を使ったゴーレムである。犠牲者をこねこねして創るらしいが、そんなものを出す訳にはいかないので、使用は厳禁だ。
「そういえばゴーレムってどうやって創るんだ」
俺が質問すると、ミトラスが待ってましたとばかりに用意しておいた荷物を、次々に並べ始めた。
「ではこちらをご覧ください。このゴーレム作成用アイテム『ゴーレムの棺』に必要な材料、今回は石とこの核を入れて蓋をします。そして蓋の中央に付いている赤いボタンを押します。ボタンの色が青になったら開けます……はい、青くなりましたね! では開けてみましょう! ほら! ストーンゴーレムができましたよ! 素材を変えれば、また別のゴーレムだって創れます。召喚もあくまで材料のみなので、魔物を直接召喚するよりも楽!」
そんな通販番組みたいなノリでやらなくても。
『ゴーレムの棺』は何ていうか、茶色いお道具箱みたいな外見だった。
高さ約十センチ程度、縦が三十数センチ、横二十数センチ。出てきたゴーレムはと言えば、棒人間を四角くしたような、デフォルメも何もない、ただ人の形になるように、石を接着剤か何かでくっつけた、というような外見だった。
「ただ作るだけだとこれか」
「そうですね、ゴーレムの外観を整えたり特定の姿にするには『棺』の中に、予め用意した型を組み込んでおく必要があります。それに合わせた大きさの棺も、必要です」
ミトラスに『戻れ』と命じられて、ゴーレムは棺に戻った。そして彼が再度ボタンを押す。そして今度はボタンが青から、赤に変わるのを待ってから、蓋を開ける。
「戻ったな。材料に」
「高い物は無理ですが、棺は一番安い物なら自作できますから、数を揃えることもできますよ」
もうこれ完全に玩具だな。でもそうか、これは面白そうだ。後で色々と試してみよう。
ん? 自作?
「少し睡眠時間を削って、少し内職するだけです!」
「うん、ちょっと冷静になろうな。ミトラス」
非常に良い笑顔で良くないことを言いだす彼を宥めつつ、俺たちは授業への準備を進めていった。
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文章と行間を修正しました。




