・再会
・再会
出す物を出して冷静になって考えると、夏祭りのバスキー自身は、単純にトイレに入っただけだったな。
別に漏らした訳じゃない。ただトイレがトイレでなくなった状態でしたら、それはやはり外で出したとか漏らしたの範疇に、入るんじゃなかろうか、やっぱり嫌だ。
「見えてきましたよ校長陛下。あれが仮校舎の予定の教会です」
「まあまあアレが。ボロ、一般的か教会ですわねえ。でも広さだけなら十分かしら」
タニヤ校長が俺の隣を、ゆっくりと飛びながら付いてくる。最初は肩に止まろうとしてくれたけど、便所に行った後に、触らせるのは気が引けたので、丁重に遠慮させて頂いた。
「中にいるウィルト神父には話が通っていますので、ご安心ください」
「何から何まで本当にありがとうございますサチウスさん」
それはできればミトラスに言ってやるべき言葉なんだけど、それを口にして機嫌を損ねられても面倒だ。
この人の性格なら、ほとぼりが冷めれお礼や謝罪はできるだろう。たぶん。
「校長先生! ご無事でしたか!」
「皆さんもご無事で、ああ、良かった。人員への被害はないようで、何よりですわ!」
中に入ると大きさもまちまちな妖精たちが、タニヤ校長の姿を認めるや否や、一斉に駆け寄ってくる。
大きい者はエルフで人間サイズだが、他にもウィルトの半分くらいの身長だったり、タニヤ校長と同じサイズだったり、その中でも羽が有ったり無かったりと様々だった。
全員が職員なのだろう、がざっと数えて全部で三十人足らず、すっごいわちゃわちゃしてる。
お互い無事を喜び、今後の方針を話し合う彼らから離れ、ウィルトの傍に行く。実際に見比べてみると、タニヤ校長の髪のほうが、彼よりも一段綺麗だ。ピカピカしている。
「お疲れ様。あなたも大変ですね」
「いえ、こちらこそ急な話で、本当すいません」
他の皆と違って、この人との距離感だけは、本当に変わらないな。不便はないけどちょっと苦手だ。
会話が無いことは別に苦にならないが、俺は予ねてより気になっていたことを、聞いてみることにした。
「そういえば、ここってウィルトさんの自宅だったんですね」
ディーと二人暮らしらしいが、今迄はここが彼らの自宅であるのかはっきりしなかった。ウィルトは何気なく頷いて、話し始める。
「ええ、私たちもずっと根無し草でいる訳にもいきませんからね。とても安かったので、買い取らせて頂きました。私自身が複数の宗教を修めておりますので、他の信者の方々にこの場所を貸して、寄付を頂くことで生活の足しにしております」
そりゃ人のいなくなった教会とか、事故物件並みの扱いをされて、値段と買い手が付かなくなっても不思議じゃないが。
ていうか既に行政職に就いてるくせに、しれっと副業の告白をするんじゃない。非営利と宗教を巧みに使いこなしやがって。聞かなかったことにしよう。
あれ、魔物って不動産買えたっけ?
そうだ冒険者なら買えるんだったか。一括払いで。
「まあそれは置いといて、妖精ってこんなに沢山種類がいたんですね」
視線の先には身振り手振りで、一生懸命これからのことについて話し合う、先生方の姿。
授業を実習中心にするとか、教材をどうするとか、いつから再開するとか、時間割はどうとかを、誰かが用意しておいたらしい黒板に、白墨でまとめていく。
「ピクシー族、フェアリー族、エルフ族、そして羽を持たないノーム族、それ以外にも各地に住む、土着の小人族を含めれば、結構な数になるでしょうね」
ウィルトが銀髪を弄りながら答える。彼は目の前の同族たちの輪に、加わろうとはしない。
当然といえば当然の反応なんだけど、この人の場合他の魔物たちと比べて、群を抜いて人生が重たいし、他人と関わり合いにならないように、したいのかもしれない。
「これからどうなるんでしょう。あの人たち」
「校舎を直して元通りですよ。それまでにかかる時間は分かりませんが」
こともなげに言う。基本的にウィルトもミトラスもお節介で心配性だから、この二人があまり心配していなければ、俺も心配しなくても大丈夫だという安心感がある。
パンドラはあまり態度が変わらないしディーはまだまだって感じがする。バスキーは論外だ。
「直すにしても、お金出るんですかね」
「さあ、稼ぐにしろそうでないにしろ、気にしなくても大丈夫ですよ」
どこからそんな余裕が来るのか、この人って無慈悲に見限るタイプじゃないし、子どもには優しいから、力になってあげるんだろうけど、どういうことなんだろう。
そうこうしている内に方針が決まったのか、タニヤ校長がこちらに向かって飛んできた。
「あのう、神父様。大変不躾で申し訳ないのですが、この教会を仮校舎として利用する場合、いつまでここをお借りできますでしょうか」
違ったようだ。それもそうだよな。いつまでここを使えるかが分からないと、授業計画だって立てられないよな。
広いけどほとんど広間で、教室なんかは絶対に少なくなるし。
「せめて夏休みまでの三か月、いえ、二か月使わせて頂ければ十分なのですが」
「陛下、それは流石に短か過ぎないですか。せめてもう少し長い期間を見積もっても」
一軒家だって建てるのに丸一か月はゆうにかかる。妖精の学校として手を加えるなら、金も時間も更に必要だろう。
幸い彼らは避難所暮らしという訳ではないが、だからといって、こんな状態が長く続けば心が疲れてしまうだろう。
俺は助け舟を出すつもりでウィルトをちら見した。しかし肝心の彼は、少しだけ驚いた様子で言った。
「え、殿下、校長いつから陛下に、御成りになったのですか」
「どうして私が妖精族の王族の末子である、タニヤ・アールヘイムだと!?」
ウィルトの言葉にタニヤ校長が驚いたからなのか、自分で説明しながら眼鏡をクイっとする。
中指でフレームを、下から軽く持ち上げるほうの『クイっ』だ。それよりも妖精って王政なのか、人種の他に実は社会的にも、別体系を築いているのか。
「いや、陛下っていうのはその、タニヤ校長のあだ名みたいなもので」
「ああ、なんだそういうことですか。てっきり陛下が崩御なされたのかと、肝が冷えました」
この時点で俺は嫌な予感がした。こいつは掘り下げれば掘り下げた分だけ、不幸な過去が出てくる、そういう人だ。
ということはこの流れは。
ウィルトは恭しい仕草でタニヤ校長の前に跪いた。
「お久しゅうございます、タニヤ王女様。すっかり大きくなって。不肖ウィルト・カレドニス。今一度罷り越しましてございます。堕ちた我が身で拝謁致します無礼、どうかご容赦を」
彼の名乗りを聞いて、タニヤ校長がおもむろに眼鏡を外した。エメラルドのような、深い輝きを湛えた瞳が露わになる。その両目にうっすらと涙が滲む。
「そんな、そんな、あ、あなたは……あなたは!!」
ウィルトは静かに目を伏せている。タニヤ校長は最初こそ、信じられないといった顔をしていたが、やがて彼の胸に飛び込んで、わっと泣き出してしまった。
「先生……ウィルト先生!!」
教会内に突然女性の泣き声が響き渡る。驚いた他の職員たちがこちらに気付いて、校長とうちの魔神父を見て息を飲む。もしかしてお前らも顔見知りなのか。
まいったな、俺完全に蚊帳の外だぞ。後でディーかパンドラに話を聞こう。
「まさか、生きておいでとは」
彼らもまたウィルトと分かるや否や、一斉に集まってきた。俺はこれと似た光景を、どこかで見たことがある。
そうだ、ミトラスが和服製作のために、魔物の皆に頼み込んだあの夜。
あの日のミトラスとそっくりなんだ。
「皆、元気そうですね」
感慨深そうなウィルトの言葉は、昔日の温もりを吐露するかのように短く、穏やかなものだった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




