・台風到来
・台風到来
「鎧戸すっげえガタガタ言ってるけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。だから安心して仕事しましょうね」
群魔区にも嵐は来る。
去年もない訳ではなかったが、今回の規模はちょっと違う。
街には日本と違って空き缶とが酒瓶とかが転がってないけど、石ころとかは普通にあるから、風に飛ばされたそれが、窓を突き破らないとも限らない。
竜人町は海沿いの街だから、家々の窓もしっかりとした、鉄製の雨戸を備え付けたものに交換されていたけど、うちの役所は外見上はさして変更点がない。
そのため窓には大粒の雨がぶつかるし、強風が狂おしいほど叩く。簡単に言うと心許ない。
「こんな日に何が悲しくて『続きの扉』のマニュアル整備しないといけないんだよ」
「利用規程も書かないと」
俺たちは先日完成した異世界に行き来する装置『続きの扉』に関する諸々の書式をまとめていた。
市長タカジンことタカ爺から、扉のことをできる限り内密にして、周知は控えること、サービスとしての体裁を整えておくことを、言い渡されたのだ。
このお下知には従わねばならない。
というのもディーに聞いたところ、特定の適正がある者しか使えない魔法に関する法整備は、あまり進んでいないが、今回のように道具に寄って誰でも使えるようになり、更にそこから普及してしまった場合は、法律もできてしまう可能性が、高いとのことだった。
そうなると今のようには使えなくなるし、料金体系も変わってしまうだろう。まだまだ製作費用も回収しきれてないのに、悪用も規制もされたら困る。
「写真がないから図が手描きでいいのが救いだな」
「今日はこれでお仕事はおしまいですから、のんびりしましょう」
ミトラスが先に書類を仕上げてはにかむ。
俺も慣れてきたとはいえ、未だに彼の作業速度には追い付けない。結局俺の分が終わったのは、お昼を迎える直前だった。
「お疲れ様。今日は誰も出勤できないから、後はゆっくりしましょう」
「寝てるパンドラ起こして、久しぶりに卓ゲでもやろうか。キーパーやってもらおうぜ」
そんなことを言って撤収にかかる俺たちだったが、一階の玄関から誰かが、駆け込んできたことに気付いて眉をしかめた。
「ディー! そんなに慌ててどうしました」
現れたはウィルトの娘でありミトラスの妹分、最近ようやく脱メイド服が進んできた、四天王の紅一点、ディーだった。
彼女はこちらに気付くと、そのまま俺たちのいる通路まで飛び上がってきた。急いでるのは分かるけど、せめてその場で話すか階段を使うかして欲しい。
「兄さん、サチウス。大変なの! 妖精たちの学校がこの台風で、吹き飛ばされてしまったわ!」
またファンタジックな危機を持って来たよこの子。彼女は今日の台風を受けて、外に出ないようにとウィルトと共に、注意喚起に出ていたはずだった。
深緑色のフード付き雨合羽の下には、作務衣をあしらった墨色の胴着を着込んでいる。手足には長靴じゃなくて革の巻き脚絆と白い軍手、人のことを言いたくないが、この子の服のセンスはどこかおかしい。
ていうか和服を着てくれない。
「分かった、ちょっと見てこよう」
報告を受けてミトラスが血相を変える。確かに一大事かも知れないが、そんな畑を見てくるみたいに言わないでくれ。
「待てよ、俺も付いてく」
結局俺たちは三人で、その学校が吹き飛ばされたという場所まで、行ってみることにした。
「サチウス、あなたは付いてこなくてもいいのよ? 危ないじゃない」
「いやいや、俺だってこんな台風くらいに、負けたりしないよ」
身を案じてくれるディーの意見を退けて、俺も出発の準備に取り掛かる。
分かってくれ二人とも。台風の日は決まって外に出てみたくなる。たぶんそれは、避けられない人間の性なんだよ。そしてそれは俺も、例外ではないんだ。
*
横殴りの風と打ちつける雨、掻き乱される大気の音と地面の匂い、息することさえ難しい。それがとてつもなく楽しい。
「サチコ、大丈夫!?」
「全然平気だよ!」
風に声が遮られるので、大声を上げないといけないけど、それもまた良い。
俺たちはミトラスの魔法で、妖精町へと来ていた。現在地は群魔町との境を、やや妖精町側に出た所で、役所からの距離はそこまで遠くない。
妖精町。
かつて魔法の風力発電所の不具合というか、人災というか、そんなことで砂漠化していたこの街は、元々の住人であるエルフたちが帰ってきてから、着々と復興していた。
傷んだ家屋も新しくなっており、畑もあれば家畜もいる。お金はあまり稼がないが、区の食料自給率に貢献できるほどには、人々の生活は立て直されていた。
そんな彼らを襲った今度の悲劇。それにしても学校が吹き飛ぶとは、何があったんだ。
「発電所の風車で台風の増幅でもしたのか!」
「その危険があるから動力は今切ってる!」
俺の問いにディーが答える。危ねえ。台風を魔法で増幅かけたら、今度は街が根こそぎになる。しかし、動力が入ってないなら、台風の威力はそのままだ。
十分きついけど家が飛ぶほどではない。となれば、立地が悪くて地滑りを起こした建物が、切り立った場所から零れたとかそんな感じか。
「ああ、本当にない!」
「妖精の学校がって……え、ここ?」
ミトラスの悲鳴に振り向くと、そこにあったのは家屋の残骸と思しき物体があった。
控えめに言って廃墟だ。屋根が無く、窓は割れて、ドアも無い。それどころか壁にも穴が空き、一部崩れている。床も腐ってて踏み入れそうに無い。
元の世界にいた頃は、木と一体化したごみ屋敷なんてものを見たことがあったが、ここはそれさえなかったのだろう。
吹き抜けというか開放的というか、とにかく学校というよりは、一軒家の風情が漂うこの場所を、しかしミトラスは学校と言った。
「妖精は妖精でも小さいほうの妖精の学校です。しかしこれは酷い。建物の修繕をしなかったのか。とにかくこれでは明日にでも、うちに相談が寄せられることでしょう。早速帰って建て直しの検討と、その間に代わりの校舎の用意を、しなくてはいけません!」
小さいほうの妖精。そうかエルフがいるから失念してたけど、妖精ってあいつらだけじゃなかったな。
前に街中で遊んでる、小さいのは見たことがある。そうなると小さいほうの学校の大きさは、この一軒家くらいなのか。
「兄さん、代わりの校舎って当てはあるの!? 役所はもう無理よ!」
「先生の教会がある!」
また身内の物件じゃねえか。しかし今は悠長にそれを吟味している場合ではない。
「それじゃディーはウィルトに話を通して、ミトラスはここの管理者がいたら連絡を取って、俺はここからウィルトの教会までの、案内図を作るってことでいいのか!」
「そうだね!」
「分かったわ!」
二人の返事が聞こえると、ミトラスが魔法の詠唱を始める。
俺たちはそれぞれの役割分担を決めると、その為に一度、役所へと戻ることにした。
新章開始です。
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