・ミシェルの幸せ
・ミシェルの幸せ
「オレ、もともとはとある村の、村長の息子でした。でも豊かな村じゃないし、家も他の家よりは裕福ってだけで、畑は耕さないといけないし、あまりお金も、ありませんでした」
一口に村とか街とか言っても、地方によって違いはあるから、そういうこともあるだろう。
ゲーム的な感覚だと、最初の村と最後の村で、店の品揃えや、宿屋から請求される値段から、格差を推測することができる。
「それなのに加えて村長は、オレの親父はとても傲慢でした。いつも偉そうにして、ほとんど何もせずに、事ある毎にオレとお袋に辛く当たって来ました。村長なのに人望はなくて、オレが意見すれば生意気だとか偉そうにとか、否定の言葉が出るばかりで……」
うん、身内の愚痴が出始めた。本来なら要点からお願いするところだけど、今は一から洗いざらい話してもらったほうが、時間もかかるというものだ。
でもそうか、親父さんがねえ。
「自分を大きく見せたいけど、逆にどんどん人間の小ささを示すばかりでした。いつも他人の家庭が羨ましかった。そんなふうに暮らしていたある日、お袋が病に倒れたんです。親父は狼狽するばかりでした。家事や畑仕事も全部押し付けていたから、生活は一気に回らなくなりました。俺はお袋の看病をして、家のこともしてました。ときには他所の畑の手伝いに行くこともあって、でも皆気の毒だとは言っても、助けてはくれませんでした。オレも心のどこかで当然だって思ってました」
うーん。父親が良くないっていうのは、オレたちも他人事じゃないから、なんだか身に詰まされるなあ。ミトラスなんか真面目に聞く体勢に入ってしまった。
「そしてとうとうお袋が亡くなって、オレは途方に暮れました。でも、親父は死んだお袋の墓の前で、悪態ばかり。悼むどころか終いにはオレに、お袋がやってた親父の仕事を、代わりにせようとしたんです。オレは我慢ができなくなって、親父を殴って家を飛び出したんです。もしものときのために、勉強もしてたし、体も鍛えてましたから、幸い冒険者の試験には合格できましたし、すぐに登録もできました」
そこから冒険者になったのか。父親を殴ったことには感心するけど、聞きたくない話をシャットアウトする性格は、たぶん父親譲りなんだろうな。
同属嫌悪だったのか。
反面教師だったのか。
「でも装備は農民同然で、初めは上手く行きませんでした。だから他の先輩冒険者に、頭を下げて鍛えてもらったり、初心者用講座を受けに行ったり、とにかく引っ込みがつかない状態でしたから、できることは何でもしました。そうこうしている内に、ちゃんと装備も整い仲間もできて、暮らしていけるくらいにはなったんです!」
自分で引っ込みがつかないって言うな。
分かるけど、見れば。
「オレにとって冒険は幸せと成功の象徴なんです! 仲間と力を合わせたから、魔物との戦争だって生き残れました。それなのに、もう冒険する場所がないから辞めろなんて言われても、納得なんかできません! それに……」
ミトラスが身を乗り出して聞き入る。そんなに感化されなかったら、オレももう少ししんみりできたかも知れない。
「仲間は皆、あっさりと辞めちゃったけど、オレはいつか、彼らが冒険に戻ってくると思うんです。でもそのとき、パーティの誰も、冒険者やってなかったら、もう戻って来れないんじゃないかって、そのことが不安なんです」
なるほどな。少なくともミシェルにとって、自分の人生で肯定できる部分は、全てそこに詰っているという訳だ。
そして仲間の帰りを待っていて、自分が冒険者を続けることで、仲間の居場所を守っているようなつもりになっているのか。
これは思ったよりも根が深いな、下手に切り崩さないほうがいい。冒険者を否定すればそのままミシェルの幸福観を、否定することに繋がる。
本人に俺に向かう余裕がなかっただけで地雷を踏んでいたのか、危ない危ない。
「その為の準備だと思えば、我慢して働くこともできます。おかしいことは分かっていますが、どうかオレや冒険者たちに、新しい冒険の舞台を、見つけてもらえないでしょうか」
働かせたいのにわざわざ出て行く先を作るなんて、本末転倒だが、これは困ったな。
既に無くなろうとしている仕事を、存続させることが要望として、直訴されてしまった。そもそも新天地なんて、それこそ冒険者が自分で勝手に見つけるものだろう。
行き先の決まった冒険行を求めるなんて、これじゃ冒険者というよりも勇者だな。ただ、まともな本音が聞けたことで、俺のほうもミシェルに対して、心象がいくらか良くなったのは確かだ。
隣の奴はもっとだろうけど。
「分かりました。こうなったのも僕たちに責任があります。冒険者の新天地を創る。そのことが何を指すのかは分からない以上、お約束はできません。ですが、できる限りのことはさせていただきます。それとね、ミシェルさん、僕は今まであなたのことを誤解して、見損なっていました。本当に申し訳ない」
ミシェルに絆されて、ミトラスが彼の手を取った。今の話で色々と思うところがあったんだろう。
まあ、ミトラスが言わなかったら、俺が話を切り出すつもりだったから、いいけど。
「区長君! いいんだ、ありがとう! オレ、これまでのこと、他の魔物に謝って来ようと思う。それで、心を入れ替えて働くよ。だから」
「ええ、手を尽くしてみますからミシェル、あなたもどうか冒険を、決して諦めないで」
二人はしばし見つめ合った後、どちらからともなく手を離した。無言のままに。
ミシェルは部屋を出る際に、こちらに軽く頭を下げると、静かに役所を去っていった。その姿には疲れや哀愁が滲んでいたが、その顔には未だ若さの色褪せない精悍さがあった。
最初に会ったときは、年齢が分からない有様だったけど、今は言える。若く見て十台後半、順当に見て二十台半ばくらいか。そういう人が、自分たちの仕事を無くさないでくれと、頼んできた。
「さあ、今回は割りと本気かつ、大真面目に検討してみましょうか」
ミトラスがやる気になって俺を見る。久しぶりに、それっぽい仕事になりそうだった。
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文章と行間を修正しました。




