・浮浪者30
・浮浪者30
「それにしても、あれは何だったんだろう」
俺とミトラスは例の大衆食堂で、やや遅れた昼食にありついていた。店の名前は魔腹蛇。ツチノコのように腹の膨らんだ、蛇の看板が店のトレードマークだ。
そこで適当に今日のおススメやら、飲み物やらを頼みながら、先ほどの人物について、話をしていたところである。
「冷静に考えれば、恐らく職を失った元冒険者といったところでしょうね」
「冒険者。そういえば周りが魔物ばっかりで忘れてたけど、人間の暮らしもあったんだな」
冒険者というのは、この世界の軍隊にあたる騎士でもなく。戦闘のみに特化した傭兵でもない。
何処にでも居て、何所にでも行く風来坊たちだ。
バスキーが言うには1%の冒険者と99%の食い詰め者が、彼らの内訳だそうだ。
「昔は色々あったなあ。選ばれし者だとか、君にしかできないとか、実力次第で稼げるとか、そんな言葉に誘われて、あるいは単純に困窮して、冒険者になる人が後を絶たなかった。一部の成功者は勇者と呼ばれたりしたけど、その流行も終わったからね」
やるせないなあ。でも待てよ? 失礼な言い方だけど冒険者って失業するのか?
「一応冒険者ギルドってあるんだよ。冒険者ってどういう仕事なんだ?」
俺は注文しておいたカレーライスを口に運びながらミトラスに尋ねた。久しぶりに説明できるのが嬉しいのか、猫耳がよく動く。
「冒険者は狩猟を主とした仕事ですね。獲物を狩って依頼主に納品する。あるいは他に指定された物品を調達し納品する。もしく特定の技能が求められる場合にその条件を満たす人材を派遣する。こんなところですかね」
サービスが豊富な宅配業だな。勿論討伐のみとか、一山いくらの雑用なんかもあるんだろうけど。それがどうして食い詰めるのか。
「ただ、僕たち魔物との戦いも終わって、領地も人間に奪われたことで、魔物が自由に生きていける土地は激減しました。彼らの獲物になる野生の魔物が減っていったことで食物連鎖のバランスが崩れたんですね。冒険するといっても、流行りの迷宮も無ければ新たな敵もいない。堅気にもなれないと来れば、自ずと道は限られてしまいますね」
説明がひと段落すると、ミトラスは注文していたオムライスを嬉しそうに頬張る。そうか、魔王を打倒したことで戦闘要員が余ったんだな。
戦国の知将じゃないけど、戦後不要そうな連中を、討死させるとかできなかったんだろうか。
「でもそうなると少しだけ可哀想だな。今まではダンジョンとか、魔物の領地とか、そういうのを攻略する度に次の目的地があった訳だろ? しかし敵がいなくなったことで、冒険のできない世の中になったんだとしたら、何かなあ」
ゲームなら最後に隠しエリアの一つも出てくるものだが、現実はそうはいかない。身近に未開の地や凶暴な魔物もいなくなった世界で、転職できない冒険者は一気に貧困層へと、逆戻りしてしまったのだ。
戦争に勝ったのにまったく豊かにならないとかまるで昔の日本人みたいだぜ。
「うーん、とりあえず身の上話だけでも、聞いてあげようか。一人くらいならどこかの仕事を、紹介してやれるかも知れないし」
「僕としては女子供以外が野垂れ死んでも、あんまり心が痛まないんだけど、サチウスがそういうなら仕方がないな」
あまり乗り気ではないがミトラスは協力を申し出てくれる。ふふふ、知っているぞ。そんなこと言って、俺がさっき突き飛ばされたから、心配してくれているだけだということを。
よし、気分よくなったからお土産を買って帰ろう。
果物とマシュマロをふんだんに盛り付けたスイーツピザを包んでもらって、俺たちは役所へと戻った。
*
いや、確かにさあ、春先には変な奴が十や二十湧いて出るって思ったけどさ、なんで飯食って帰っただけで役所に人間が三十人近く湧いてる訳?
俺たちは一先ず、甲冑姿に変身していたパンドラに声をかけた。
「お帰り二人とも。何か質問はあるかな?」
「なんだこいつら」
さっきのひったくりだけでなく、実に色んな人間が役所に引っ立てられていた。街のお巡りさん的なポジションの傭兵エルフたちも、一目で二桁と分かる数が出動していた。
役所の玄関には所狭しと人間が転がされている。
「こいつらが街の魔物に襲い掛かってな。エルフの皆さんが奮闘の末、ここまでふん縛って連れてきてくれたんだ。幸い死者は出ていない。で、こいつらは温かくなって他の区から流れて来た冒険者くずれ。情報が古いから、こいつら魔物たちを旧群魔の外まで、誘き寄せれば狩っても平気だと思ったらしい。今は市民と同じ立場だと教えたら、かなり落ち込んでたが」
迷惑な話だが死人が出なくて本当に良かった。しかしこいつらどうしようか。
この世界には生活保護なんてないし、あってもこんな強盗、いや勇者軍団にはくれてやりたくない。
そんなことよりエルヴンポリスへの恩賞が先だ。
「こういう場合どう対処するのがいいんだろう?」
「先ず身元があってご家族がいるなら旅費を負担してやって故郷に突っ返します。次に行き場がないなら、保釈金を払わせて追い出すか、他の区にある騎士とか警邏の詰所に渡して、牢屋に入れます」
そうか。流石に無罪放免とはいかない点には納得だけど、こいつらこのままだと、たぶん間違いなく再犯するんだよなあ。
そうなると今度こそこの街で血が流れてしまうかも知れない。こんな奴らに幸せぶち壊されるとか、絶対嫌だな。
「なんとか更生させられないものかなあ」
「そうですねえ。所詮食い詰め者ですから、ご飯食べさせて愚痴でも聞いて、職業の斡旋でもすれば、半分はどうにかなると思います」
職業の斡旋。そう、この群魔区にも就職相談窓口がある。
竜人町の復興をバスキーが進めている裏でこっそりとミトラスが考案していた制度で、既に市長にも認められたサービスである。
『課』こそ増えなかったが、行政機構として群魔区役所は、確実にレベルアップしているのだ。
「よしじゃあ早速聞いてみようか。パンドラ、聞いてみてくれる?」
「えっ、その流れでオレがやるのか……いいけど」
だってここで顔を覚えられて、後で襲われたら困るじゃないか。忘れがちだけど、お前らこの世界じゃ最強だからな。
「こほん……オラー! カス人間共オォー!! 今や貴様らはオレたちよりも立場が下なんだよォ! 人間に負けた魔物未満のカス哺乳類共! 貴様らには今から恩赦をくれてやる! 聞けい! 今からこの苦情届を渡す。そこに『働き口がない』と書け! それが出来た奴から、労働力として扱き使ってやるぞ! 安心しろ、我らが御大は慈悲深い。働くならば貴様らは人間に戻れるぞぉー! 当てにならない情熱で身を滅ぼした阿呆共には過ぎた褒美だな! だが! 万に一つおかしな動きをすれば……分かるな?」
なんでそんなに生き生きと、悪役をやってるんだ。目の部分の空洞も赤く光ってるし。それでも下手に譲歩するよりは、効果があったようだ。
床に転がっていた人々の口からは、不本意ながらも敗北を受け入れるような台詞が零れる。
そしてちゃっかり提出された、苦情届を回収する。意味のないことだが、一人くらいはやんちゃな反抗をして、見せしめになってくれる奴がいないかとも思ったが、総勢三十名全員の誰一人として、そんなことはしなかった。
「くっくっく。潔いな人間共。それとも少々脅かしすぎたかな? 好都合ながら些か拍子抜けだなあ、勇者諸君……くっくっくっくっく、ふっふっふっはっは、はぁーーーーはっはっはっは!」
三段笑いまでしてパンドラが彼らを大げさに貶す。
そんなことをしても、むしろパンドラが馬鹿っぽく見えるだけなのだが『ここで淡々と事務的に対応をしたらあんまり彼らが可哀想だから無理をした』という彼の気持ちを後で聞いて、俺は涙を禁じ得なかった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




