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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の翼を治すには
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・蘇る少女

・蘇る少女


 三日後。ヴァインさんは言っていた通り、例の申込書を持って、パティたちと共に役所へと戻ってきた。


 家族水入らずでこんなところに来させるのが、非常に申し訳ない。しかしながら彼らの笑顔は初春に相応しい明るさだった。


「こんにちは。サチウスさん。今日はよろしくお願いします」


「サっちゃんこんにちわー!」


 元気そうなパティを連れて、三人は役所の受付へと書類を提出した。今この場には俺しかいない。皆は既にトレーニングセンターで、準備を済ませている。


「こんにちはパティ。それじゃあ、この書類はこちらでお預かりします。準備は既にできていますが、今日にでも取り掛かりますか?」


 ご両親はお互いの顔を、次に翼の生えた娘を見た。そこにはもう以前のような、不安や怖れは無かった。


「ええ、是非。……なんだか不思議ね。この一月のことが、あんまり目まぐるしくて。いったいなんだったのかしら」


「そうですね。私も同じ気持ちですよ」


 そんなふうに談笑しながら、俺たちはトレセンへと向かった。雪もあまり降らず、麗らかな昼下がりに、何気ない道を歩いて。


 空は青く空気は冷たかったが、嫌な感じはしない。程無くして、俺たちは目的地に到着した。


 夏に半壊し修繕を施されたそこには、既に支度を整えたミトラスたちとアドモが待っていた。本当の天使の姿を見たパティが、俺の後ろに隠れて、ご両親が息を飲む。


「すいません、サチコさん、あの方は……」

「ご存知ありませんか? 天使のアドモさんです」


 旦那さんの問いに答えると、えっという声が二人から上がる。まあそうだよな。俺もアレが天使だとは、思えないもん。


「あの方が娘さんに命を与えて下さった、ありがたい上位の天使さんです。見た目は恐ろしいですが、ご挨拶をお願いします」


 そしてアドモの前まで、ウルスラズ家の方々を連れて行く。ちなみにアドモの頭上の階には、パンドラとディーが配置に着いているはずで、何かあればすぐにでも、助けてくれるようになっている。


「あの、天使様、この度は、娘に命を分け与えてくださり、なんとお礼を言ったらよいか……」


 ヴァインさんが畏まって言うと、アドモは例の顔とは到底呼べない顔を、彼らに向けた。輪っかの毛が顔面を覆うなり、声が出始める。


「勘違いするな。子羊よ。私はあくまで務めに則り、魂を分けたに過ぎぬ。此度の流れはそこの魔物どものしたことであり、決断はお前たちのものだ。私の与したことは一つもない。さあ、もう行くが良い」


 ただの事実だが、これがもう少し顔が違えば、ツンデレになっていたんだろうな。


 アドモの言葉を聞くと、三人はその場を離れ、グラウンド中央で手招きしている、ミトラスの元へと歩いていった。


 俺はその場に残ってアドモと話すことにした。未だに怖いけど、殴ったことが功を奏したのか、前よりは平気だ。


「先日はとんだ失礼を致しました。大変申し訳ありませんでした」


「口惜しや。本来ならば今日までに、あの二親を虜にできていたものを。母親の夢枕に立ってから、何者かに阻まれるようになった。口惜しや」


 俺の言葉には耳を貸さず、アドモは物騒なことを呟いた。


 会議の日からウィルトは、パンドラを連れてずっとウルスラズ家の警護に、自主的に当たってくれた。


 そのおかげだろう。向こうのフラグは立たなかったらしい。仲間の仕事ぶりに頭が上がらない。


「これでパティが捧げられることは無くなりました。復活についての説明は、必要でしょうか」


 アドモが首を振る。気持ち悪い。今気付いたけどこの謎の毛髪に、頭がを覆い隠されているときは、口数増えるし動作も早くなるんだな。


 どうなってるんだろう。


「いや、いい。成功すれば私には関係ない。失敗したならそれまでだ。どうせここまでは合法なのだろう。しかし、気になることはある」


「なんですか?」


 アドモの問いは独り言のようだった。誰かが答えてくれても、くれなくてもいい。ずっと独りであることが決まっているような、冷たい響きだった。


「お前たちは、どうやってあの娘を、社会的に、もとに戻してやるつもりだ?」


「なんだ、そんなことで」


 アドモの問いに、俺は肩をすくめた。視線の先ではミトラス達が、グラウンドにトンボをかけ始める。


 この世界でも地均し用の道具はあるようだ。その後をウィルトとバスキーが、石灰やら塗料の入ったバケツを持って、付いていく。


「 ……“天使の証明”っていうんだっけ? 最初は酷い話だと思ったよ。もしも人間だったらどうしようもなかっただろうな。でも、冷静になってみれば、俺たちにはあまり関係がなかったんだ。魔物には」


 魔物は人間に敗れた。そして人間の傘下に入った魔物は、人間のような暮らしを送る。でも始まりは全然違う。


「誰でもないんだよ。魔物だってさ。だからこそ役所に来て戸籍を登録するとき、自分は自分だって言うしかない。それができる。もしも人間だったら、生前の自分がそこにいて、ずっと言えず終いだろうな。戦争のごたごたで、ドワーフも魔物扱いされるようになっちまって、本当にあの子は運がいいよ」


 アドモは長い腕を曲げて、顎の辺りを撫でさする。考える様な仕草だが、実際そうなのだろうな。


「最初から、貴様らはこの件に関しては、法とやらをとっくに潜り抜けていた、ということか」


「負けたら邪魔者は下に退かされるもんだしな。まあドワーフの種族そのものの扱いを戻せっていうなら、お手上げだけど」


 しかしそれはあの家族以外も巻き込むことになる。そんな条件を達成するなんて絶対無理だが、アドモもそんなことは言い出さなかった。


「人間であることを奪われた者共が、そのおかげで娘の命を取り戻すか」


 毛髪の内側からくぐもった声が聞こえた。どうやら笑ったらしい。こいつでも笑うことがあるんだな。


「天使を辞めさせようなど、ふざけたことを考える」

「人間だもの」


 アドモは体を何度も小刻みに震わせた、どうやら笑いのツボに入ったらしく、『違いない』といっては、しきりに頷いた。


「いいだろう。今日の勝利はくれてやる。私も大いに学ぶところがあった」


「例えば?」


 こいつが敵だという認識は変わらないけど、得体の知れなさは大分薄れた。たぶん動きが緩慢だった時のほうが、機械的で余程恐ろしかった。


 今のアドモには理性があった。それに対する好奇心がちょっとだけ、俺の恐怖を上回る。


「気を付けないと、私も天使を辞めさせられるかも、知れないということだ」


「もしそうなったら、うちで生きていくといいよ」


 冗談半分で言って見たが、その時にはもうアドモの顔からは毛髪が引いていた。彼は何も答えなかった。お喋りの時間は終わったらしい。


 俺は視線をグラウンドに戻した。直径十メートルほどの円の中には、無数の図形、幾何学模様が描かれている。


 色も極彩色で境界が分かり難い。

 どうやら魔法陣らしい。いかにもだ。


 中心にパティがいて、三方をウィルト、ミトラス、バスキーが配置に着き、遂に復活の儀式を開始した。皆が固唾を飲んでその光景を見守った。


 ウィルトが何かの呪文を唱えると、パティは両手を胸の前で祈るように組んで、目を閉じる。


 次の瞬間には魔法陣の外周が輝き、それと同じ色の空気が彼女の体を包む。一瞬で体が消失し、代わりに二つの光球が宙に浮いている。あれがパティとアドモの魂なのか。


 次にミトラスの番だった。


 ウィルトの杖を何故か持っていたが、それを片方の魂に向けて翳して何かを唱える。ここからだと、何と言っているのか聞こえない。聞こえないほうがいいのかも知れないが。


 恐らくアドモのほうの魂が、次第に人型へと変わっていく。服ごと体が消えたから、もしかしてと思ったけど、やはりちゃんと服を着ているので安心した。


 ほんとどういう仕組みなんだろう。


 そしてアドモの魂で体を作られたパティは、地に足を付けると目を瞑ったまま、注に浮かぶもう一つの魂へと手を伸ばした。


 抱きしめられたパティの魂が、新しい体へと、吸い込まれていく。


 そしてゆっくりと、少女の目が開いた。


 その背中には、最早天使の翼はなかった。パティが周囲を見渡して、それから両親へ向かって、手を振るのが見えた。成功だ。


 最後にバスキーが足元の魔法陣を、一か所一か所慎重に吹き消していくと、やがてパティを包んでいた空気もまた、霧散していった。


 全ての模様が吹き消されるのと同時に、少女が親元へと走っていく。母親に抱きついて、父親に抱き上げられる。


 ミトラスが彼らに近寄って何か話をすると、ウルスラズ家の方々は彼の手を握り、しきりに頭を下げて、次にこちらに向けて手を振った。俺もそれに合わせて手を振る。


 ふと気が付けば、俺の隣にいた天使は、既に去っていた。


 代わりに天使じゃなくなった一人の女の子が、こちらに向かって駆けてくる。


「サっちゃん!!」

「パティ……!」


 大きく飛び跳ねたパティを抱きしめながら、俺は栗色の髪に顔を埋めた。一陣の風が吹いて、胸いっぱいに彼女の匂いが広がった。


 ――ああ、今、一つの冬が終わった。

 ――春がこの子を待っているんだな。


「おめでとう、パティ」

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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