・挑戦の始まり
・挑戦の始まり
「だいぶマシになったが、まだまだ物足りねえなあ」
「ええ……はい……善処します」
気が早いもので、昨日の山賊顔が朝一でトレーニングセンターに来た。
俺たちはこれ幸いとばかりにスカルアーマーを自信たっぷりに説明して、合意の下にけしかけた。
そしてスカルアーマーは無残な残骸となった。強すぎない? この世界の住民。
「こんな、あっさりと、呆気なさすぎる」
ミトラスも青ざめてうわ言を繰り返している。
「これさあ、魔物追加すると強くなんだろ? 次の奴出してよ」
「え? ええ、そうですね。えっと、どんなのがよろしいでしょうか」
いかん、自分でも呆然としているのが分かる。昨日の私刑と違い刃の潰れた剣と皮の盾を使っていたが、息の一つも乱れていない。不味い。これは不味い。
「動きが単純なんだよなあ、直線での速さや力はマシになったけどよ。まだオレも魔法使うほどじゃないしなあ」
あ、おっさん魔法使えんだ。童貞なの?
「駆け引きってのが無いし、メリハリもキレもない。これじゃあまだまだ弱い。同じ場合に同じ攻撃じゃあ駄目だな」
「あ、はい」
とても真っ当な駄目出しされた。まだ他の魔物の組み合わせだって、考えてないってのに。
「で、次のは?」
「大変申し訳ありません。今回の進捗はここまでで」
「そうか。今言ったとこの改善ってさ、だいたいどのくらいでできそう?」
どのくらいか、脳もパソコンも入ってない頭にそんな機微をどうやって仕込めるか、まったく見当もつかない。
「分かりません。ですが必ず、必ずなんとかします!ですから」
「おお、今日のでちょっと、楽しみになったからな。オレもよくここに来るしよ、進展があったら声をかけてくれ」
「ありがとうございます!」
見当もつかないが、引っ込みだってつかない。正直な話、衣食住と元の世界に戻れる算段がある以上、俺に不安はない。
むしろたった今、面白くなってきた所だ。ロボットのAIを考えるゲームを、あたかも現実でやっているような気分だ。
不謹慎だと思うが、遅まきながらこの理不尽にポジティブな興奮を感じていた。
「ミトラス! おい、ミトラス!」
「は、はい!? なんですかサチウス。さっきの魔物は負けちゃいました……」
「だから、これから改善案考えたり改良したりするんだろ!」
消沈していたミトラスのやる気を起こす。魔王の息子っていう割には、精神面が妙に打たれ弱い。
まあ暴力とは関係ないことで、気持ちが追いつめられていたようだから、すぐには持ち直せないんだろうけど。
「で、できるんですか?」
「やるんだよ。元々お前の悩みだろう。だったらお前が必要だろ」
「え……」
なぜそこで頬を赤らめる。ふと思ったが言葉が勝手にこっちの世界のものに翻訳されてるみたいだから、文化的に言い回しの幅が無かったら、俺の今の言葉はアイニードユー的な意味になってしまったのか。
やだわ。困る。
「落ち着けよ。もう二つの苦情は解決したんだ。あとは今月中にあのおっさんを倒せたらいいんだ。目途が立ったろ」
「そ、そうですね、後はもうそれだけですもんね!」
「だからしっかりしてくれよ。俺は魔物自体には詳しくないんだから」
「はい、僕、僕、頑張って見せます!」
憔悴していた顔がまた華やぐ。見ていて飽きないというか落ち着かない。
面倒くさいし、心配になってくる。こうしてずっと笑顔だったらいいのに。
「サチウス? あっ」
その思った時、俺は無意識に、ミトラスの頭に手を伸ばしていた。
「もう少し、楽にしたら?」
なんとなく撫でていた。髪はさらさらで、嫌な感触なんかしない。ミトラスも驚いたようだけど、されるがままになっていた。
「じゃ、やるか」
「……うん」
そうして俺たちは、最後の目標を達成するために、現時点では二人しかいない、群魔区役所へと戻ったのだった。
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