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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の港を開くには
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・お見舞い ウィルトの場合

・お見舞い ウィルトの場合


 終業時間になって人払いもされてから、ウィルトはやってきた。


 彼は前の二人と違って、ちゃんとドアをノックし、こっちがどうぞと言ってから入ってきた。


 そのウィルトは俺たちの前まで来ると、正座して深々と頭を下げた。


「この度は、申し訳ありませんでした」


 俺としては非常に気まずい。何故って俺一人のレベルが低かったばかりに、この結果を招いてしまった訳だし。


 しかもこの人が同行していれば、また事態は違っていただろうということも、言えてしまうのが、余計に苦しい。


「いえ、俺にも落ち度はあるし」


「見廻りに出た職員が犯罪者に襲われ、職員が悪い、意識が足りないなんてそんなこと言えますか。襲ったほうが悪いに決まってます」


「それは僕も思いますけど先生、そもそもどうして、こんなことになったんでしょう」


 ミトラスの問いに、ウィルトは憂いを帯びた碧い眼に瞼を下した。腕を組んで考え込む。


 たまにとんでもない昔まで遡る奴がいるから、この聞き方ってあんまり万能じゃないんだよな。


「先ず私があの子に相談をされて、良い格好をしたいと思ったことが、全ての始まりでした。この旧偽腐の復興の件でね」


 うん、その辺はディーから聞いた。この人が夏休みの工作を手伝うお母さんみたいなノリで、パンドラを狩り出したことで、最初の条件が整ったんだ。


「あの子に答えを用意するのではなく、あの子が答えを出せるように、してあげるべきでした。仮に間違っていたり、見落としが有ったりしても、指摘してあげるくらいで良かったのです。結果論ですが」


「どうしてそこで踏み留まれなかったんですか」


 俺が聞くと、ウィルトは目を開けて、溜め息と共に俯いてしまった。何故かミトラスがちょっと非難するような視線を送ってくる。


「意地悪ですね。子どもに良い格好をさせたい、したいという見栄があったんです。魔が差したと濁すこともできますが、たぶんこれに尽きます。子どもに相談されるのは久しぶりだったし、燥いでしまいました」


 娘を諌められなかった理由が、娘のことだからと、自分を諌められなかったから、ということか。


 俺が言えた立場じゃないけど、こいつらアットホームな空気になると、どんどんポンコツになるな。


 ヒヤリハット担当が揃って機能しなかった。


 つまり一ご家族の幸せの皺寄せが、上手いこと俺に降りかかった形だ。


 勿論降りかかるような所に、自分からのこのこ付いて行ったんだから、全面的に誰が悪いとは言えない。


「今度からは、気を付けます」

「はい。お願いします」


「俺も今度からは、なるべく危ない所へ行かないようにするよ」


 そこで会話が終わってしまった。当たり前といえば当たり前だ。


 引き延ばすようなことでもないし、大事なのは原因とか問題点を突きとめて、解決改善に努めることなのであって、責任追及合戦をしようなんてことは、俺もミトラスも考えてない。


 そんなことしたって、結局やることは同じだしね。


「と、ところで、今回は何を作っていたんですか」


「え、ああ、ジャイアントクラブを簡単に捕獲できるようにする仕掛けです。サイズの大きい積荷の空箱に補強と改造を施したもので、仕掛け一つがジャイアントクラブ一匹の住処になります。この中に水中の酸素を抜く時限式の魔石と、箱の中の重量で入り口が閉じる仕組みを導入します。予め仕掛けを設置する場所を決めておき、禁漁日に投げて起動すれば、戦わずとも捉えれられるという寸法です。収穫に必要なのは箱を引き上げる人足だけですね」


 水中で窒息死させるのか。ていうか沈黙に耐えかねて話し始めちゃったぞこいつら。


 そのまま解散で良かったじゃないか。とっくに話は落ちてるのに、打ち切り所を探り合うんじゃないよ。


「でも暴れないんですか? 引き上げてるときに暴れられたら、只の水夫では一溜りもないと思いますが」


「いえ。気性が荒いといっても所詮蟹。狭い所に閉じ込められると動かなくなるし、弱ってくるとなんとなく座死します。またジャイアントクラブは陸上での活動時間がとても短いので、陸に上げてから三十分も待てば、泡を吐いて死にます」


「へー。力と防御はあるけど体力はないんだなぁ」


「ええ、そしてこの蟹の使ってもう一つ開発を進めているものがあってですね」


「あ、まだあるんですか」


 ここで会話を終わりへ持って行きたかったらしいがウィルトの話が続いてしまった。分かり易く言うと、タイミングがズレた。


「この蟹の殻は非常に頑丈です。その上よく浮きますから船の材料に使えます。ですので漁業を再開するのなら、それである程度漁船の代用にできないか、と」


 蟹工船ならぬ蟹甲船か。臭いそうだな。


「そういや海の魔物の素材で船作るって、聞いたことないな」


「海の男は信心深いですからね。漁師でも海賊でも、縁起をとても気にします。陸の上なら敵の首を高々と掲げても、海ならば後々供養するものです。魔物の体で出来た船など、以ての外でしょう」


 ウィルトがなぜか自慢げに言う。元聖職者だったせいか信心深い人間には好感を抱くようだが、自分の首を絞めていることが、分かっているんだろうか。 


「それなら船乗りが戻って来ても、乗ってくれないってことじゃないか」


「そこはまあ、現実に流されがちな陸の悔い詰め者を引っ張って来て、仕込むしかないんじゃないですか」


 女子高生が言うことじゃないけど、こいつらたまに人とか世の中を、舐め腐った態度取るよな。


 元の世界にもいたけどな、そういう人を日雇いで転がす真っ黒いのが。しかしそこで俺の記憶に引っかかるものがあった。


「ああ、そういえばディーに降参した、密猟者の残りがいたんだっけ」


「そうです。不幸中の幸いですね。立場的にも断れないでしょうし」


 俺とミトラスが言っているのは、ユーロ三兄弟とかいう密猟者だ。


 禿がドイツ、角刈りがブリテン、もじゃもじゃがカナダというそうだ。彼らが大人しく降参したことで、ワイバーン化の刑を免れ、漁師として偽腐で暮らしていくことを『お願い』できたのだ。


「偽腐の新住民第一号が密漁者か。世の中分からないものだなあ」


 としみじみ思っていると、不意にウィルトが立ち上がった。時間もいい頃合いだろうという雰囲気だったので、丁度いい。そう思っていたが、何故かミトラスも立ち上がっている。


「いや、随分長居をしてしまいました。私はこれにて失礼します。今回は本当に申し訳ありませんでした。以後は気を付けるようにします」


「待ってください先生、あの、実は折り入ってお願いがあるんです」


 定型句をかけ流して帰ろうとするウィルトに、今度はミトラスが待ったをかけた。


「先生、僕もディーには、謝らなくてはいけません。でもさっきは、あの子の話を聞くだけで、言いそびれてしまって。ディーに僕が謝っていたと、伝えては頂けませんか。あなたを信じてあげられなくて、申し訳なかったと」


『ミトラス……』


「それはお前が言いに行けよ」

「それはあなたが言いに行きなさい」


 俺とウィルトはほぼ同じタイミングで、同じセリフを口にした。それはそうだろう。遠い所ならまだしも歩いて行ける距離、どころか同じ建物内だ。


「じゃあ、私は帰ります」

「はい、お疲れさまでした」


 ウィルトは帰っていった。後には『代わりに謝っといて』を拒否され、呆然と立ち尽くすネコ耳小坊主の哀れな後ろ姿があった。何か狙っていると思ったら、これを言い出すチャンスを窺っていたのか。


「あ、サチコ」

「いいから早く謝ってこいよお兄ちゃんだろ」


 こんな時に名前を呼ぶんじゃない。そういう下山の仕方は絶対に許さんからな。


 そんな顔したって駄目だよ。


「じ、じゃあ、行ってきます……」


 ミトラスがとぼとぼと部屋を出る。そのままディーの部屋のほうへと向かった。ウィルト、ディー、ミトラスの、奇妙な師弟兼兄妹兼家族の三角形は、それぞれ非常に類似した問題を抱えていることに、最近気が付いた。


 しかも反応がそれぞれちゃんと違うのが、また面倒臭いことこの上ない。


 結局その日はそれ以上誰も尋ねて来ず、またミトラスも帰ってこなかった。たぶん謝罪のことで、また何か立て込んだんだろう。


 仕方がないので俺はそれから飯食って風呂入って着替えてまた寝た。


 バスキーの奴来なかったな。まあいいか。結局俺は無事だったし、密漁者問題も片付いたんだ。ここからは地道に復興計画を進めよう。


 そう考えて俺は、同じパジャマ姿のまま、本日最後の眠りについたが、この間にバスキーが独断ながらも非常に頑張っていることを知るのは、次の日になってのことだった。

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