表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の港を開くには
65/227

・お見舞い ディーの場合

・お見舞い ディーの場合


※このお話は途中からミトラス視点でお送りします。


 ちゃんと靴を脱いで部屋へと入ってきたディーは、俺たちの前まで来ると正座した。身長差がひどいので座っていても、見上げる形になるのはご愛嬌だ。


「今回の不手際は、あたしのせいです」

「それは違うな」

「うん、全然違う」


 俺たちは示し合わせた訳ではないが、彼女の言葉に違う違うと言い続けた。


 彼女は俺のお守りを言いつけられて、忠実にそれを守った。密猟者にしても、一人で六人を捉える活躍をしている。


 俺たちが額を地面に、擦り付けることはあっても、ディーが気に病むことはないんだ。などと言って納得してくれたら苦労はない。現に彼女は譲らなかった。


「だからね、この怪我はある意味で俺のせいなの」


「そしてその責任は僕にあるんだよ。むしろディーは僕たちの失敗が、最悪の結果に繋がらないよう、水際で食い止めてくれた訳だから、どれだけ感謝しても、したりないくらいで」


 しかしディーは聞き入れない。いかん、どう見ても悪いのは俺たちなのに、本人が罪悪感を感じている。


 結果だって運も絡んだとはいえ、これ以上を求めるのは完璧を求めるということだ。不毛で意味がない。いったいどうすれば。


「ディー、あなただって、客観的に見れば僕たちが、公私混同をした挙句、やらかしたってことは分かるでしょう。それなのに、どうしてあなたが悪いってことになるの?」


「あたしは……サチウスを守れませんでした」


 ミトラスの問いにディーはそう答えた。

 争点はここか。


 俺は助かったが、それは自分が守った訳では無いということなんだろう。


 俺を守ることに失敗したから、そのことについて、自分を責めている。ご家族に似て大層面倒臭い!


「それはそうかも知れないけどさ、でも俺はこの通り元気にしてるよ。それにディーが守ってくれてなかったら、俺はちゃんと殺されてたかも知れない。だからやっぱり、あんたはちゃんと俺を守ったよ」


 駄目だ。言えば言うほど彼女の眉間の皺が深くなり口元が引き結ばれていく。ミトラスに目配せをすると彼が頷いたので、俺はトイレに立った。


「ちょっとごめん」

「あ、うん」


 部屋に兄妹を残して部屋を出る。


 自分の部屋だけど、これ以上はミトラスに聞いて貰うしかない。問題は確かに俺のことだけど、彼女の気持ちは間違いなく家族に向いている。


 ミトラスならきっと、彼女の気持ちを聞き出せるだろう。そう信じて、俺はトイレに向かった。


  *


 サチウスが気を遣って二人きりにしてくれた。


 ディーが身に纏っている空気が、少しだけ柔らかくなった。これで話してくれるだろうか。


「サチウスを助けられなかったことを、ディーは気にしているの?」


 頷いた。うん、ここまではいい。ここから確かめていかないといけない。


 既に暗くなり始めた室内が、残り時間でもあるかのように、焦らせてくる。


「僕が怖がらせたから?」


 首を振る。違う。


「サチウスが助かったこと、いや?」


 首を振る。良かった。違ってた。


「サチウスが助かったことは良いけど、自分の力で助けられなかったことが、嫌だった?」


 少し間があって、頷く。ここか。


 僕は立ち上がると、正座しているディーの膝の上に座り直した。ふふふ、動揺しているのが背中からでも分かる。


 形は違えど、僕もサチウスに初めてこういうことをされた時は、心臓が破けるかと思った。


「どうして? 教えて欲しいな」


 ディーが僕の体を支えてくれる。この数か月で僕は成長した。相手のためになる甘え方というものを勉強したのだ。


 彼女を甘えさせるために僕から甘える。そうしてこの子の心を、解していかないといけない。


「……あたしは……ちゃんとやり遂げたかったんだと、思う」


「うん」


 話してくれた。

 この子はまだ、僕には口を利いてくれる。


「本当は、ジャイアントクラブ漁は、父さんとパンドラさんの案なの。仕掛けを作ってくれたのも、あたしのため。あたし、皆に張り合いたかったけど、何も想い付かなかった。見栄を張りたくて、ズルをしてた。本当はずっと怖かったの……」


「うん」


 僕はディーにもたれかかった。心細かっただろう。僕もディーと同じ立場なら、苦しくて仕方がなかったはずだ。


 鉄火場で敵をズダ肉に変えるのと、親しい相手に嘘を吐くのとでは、後者のほうが遥かに辛い。


 でもそうか。だから先生は来なかったんだな。バレたらディーが傷つくと、分かっていたから。


 何だか最初からやらないほうが、良かったっていう失敗ばかりしているな、僕たち。


「だからあの島で、密猟者たちを捕まえることになったとき、あたし、これはちゃんとやろうって思った。それで帰ったら、正直に話そう、話して謝ろうって、でも……」


 ああ、そうか。この子が妙に張り切っていたのは、密猟者の首を、自分への免罪符にしたかったからか。でも僕が、殺すなって言ったから。


「僕のせいだね。殺さないように言ったから、ディーは迷っちゃったんだね」


 頷いた。サチウスと敵の首、どちらが重いかを秤にかけてしまったんだ。どちらを優先すればいいかを、考えることになってしまった。


 そして、サチウスは傷ついて、全員を一人で倒すこともできなかった。何もかも失敗したように、思えたのかもしれない。


「ねえディー。僕たちは、今の話しを聞いても、君を怒らないよ。でも、ディーはどう思っているの?」


「あたし、こんなつまらないことで、皆に嘘吐いて、それでサチウスも危ない目に遭わせて、そのくせ謝りもしないで、自分が嫌な女だって思ったら、もうどうしていいか分からなくなって……!」


 ああ、そっくりだ。

 僕に似ている。先生に似ている。


 戦時中は人間を何千人殺したって平気だった妹が、こんなことで泣くんだ。僕たちは、この子に愛されている。可愛くて仕方がない。


「謝ろう。僕たちは怒ってないけど、まだ君を許してないから。そうしたら、この話はもうお終い。初めてだから、上手くいかずに失敗した。それだけの話なんだよ。ちゃんと次があるんだ。僕らは平気だからさ、そんなに怖がらないで、悲しまないで。ディー、お願いだから」


 上を見上げると、泣いているディーの顔が見えた。


 腕を伸ばして彼女の頬を包むと、流れ落ちた雫が、僕の頬を伝う。目元を指で拭っても、それは止めどなく溢れた。


「ごめんね、兄さん……」

「うん。話してくれて、ありがとう。ディー」


 それから日が沈み、部屋が真っ暗になって、彼女が泣き止んだ頃、サチウスは部屋に戻ってきた。


 明かりを点けて、光の下に現れた妹の顔は、とても疲れていたけれど、何かの憑き物が落ちたみたいに、すっきりとしていた。


 彼女は、サチウスにも謝ると、入れ替わるように、部屋を出て行った。


「体が冷えたよ」

「ごめんなさい、でもおかげで助かったよ」


 ん、と頷くと、サチウスは再び、自分の布団へ潜り込んだ。


「あいつ打たれ弱すぎない?」


「恥ずかしながら、平和の前ではまだまだ子どもなんです」


 そう。あの子はまだ子どもなんだ。


 家族が持っていた、そして家族と共に失われた彼女の気持ちは、この頃ようやく蘇ってきたんだ。歪な精神をしているけれど、見守っていきたいと思う。


「まったく、手のかかる妹で」

「言えた立場じゃないだろ」

「まったくです」


 僕たちはディーの出て行った、部屋の入口を見た。


 力が強い。体が大きい。でも本当は気が小さくて、僕たち思いの優しい子。


 僕は布団に包まりながら、くしゃみを連発する相棒を見て、いつかディーもこの人くらい(おおらか)で、包容力のある(あまり頓着しない)女性になって欲しいものだけどな。


「大丈夫?」

「じつは外でずっと待ってたんだよ」


 律儀な人だなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ