・清算
・清算
目が覚めたら、いつもの役所、自分の部屋。高い位置にある窓から、弱々しい光が差し込んでくる。体が怠い。視界が悪いので、いつものように眼鏡を探す。
そうだ、曇り止めの眼鏡に変えたから、前の眼鏡はケースに仕舞っておいたはず……今の眼鏡は?
そうだ。俺はさっき、ディーに危険を知らされて、襲われたんだ。誰にって、暗くて見えなかったけど、たぶん密猟者だったんだろう。
気を失って、それからここに戻ってるってことは、ミトラスが連れて帰って、くれたんだろうか。
「……起きるか。なんだこれ」
気が重い。きっと心配させただろう。体を起こして枕元に置いてある眼鏡をかけて、部屋と自分を見た。なんか鼻の上のほうが痛い。
ブーツこそ脱がされていたが、服はそのまま、部屋には布団が詰まっていた。
――ことり、と何かが倒れる気配がした。そちらを見ると、ミトラスが座ったまま眠っていた。
辺りの布団や毛布を器用に支えに使っている。頭は俺にもたれ掛かっていたのかも。
「ミトラス、お前」
寝顔を見た。
安らぎなんかどこにもない、疲れた顔。初めて見る顔だから、上手く言えないけど、泣き腫らしたっていうんだろうか。
閉じた目の目蓋の辺りに違和感があった。
ああ、やはり心配をかけたんだ。
俺はミトラスを起こさないように、少しだけ可愛げのあるパジャマに着替えてから、二度寝の準備をすることにした。
向きをこの子のほうに直して、少しだけ体が触れるようにする。今が何時か知らないが、今日は休もう。一日くらい無断欠勤したって、別にどうってことない職場が、今はありがたかった。
眼鏡? 勿論また外したよ。
*
ミトラスが起きて、俺にことの顛末を教えてくれたのは、昼も過ぎてのことだった。密猟者は八人で全員捕縛。
うち三人はディーが考案する、ジャイアントクラブ漁の漁師第一号として雇うことになり、現地で教育を受けることになるらしい。
残りの五人はどうなったのか。ミトラスが言うには治してから呪いでワイバーンに変えて、島に放したそうだ。魔物っぽい処罰だなと思う。おかげでサカミンの数は少しだけ回復したようだ。
植物の温室は、やはり空き家の幾つかを改装して、使うことになった。区画の再整備と併せて進めていく予定だ。
布団を少し減らした部屋でそこまで話し終えると、ミトラスは何も言わずに俺を抱きしめた。俺も抱きしめ返して、頭を撫でたり、背中を擦ったりした。
「ごめんな」
俺の一言に、ミトラスは頭を振った。今回ばかりは俺が悪かった。今まで何とかなっていたから忘れていたんだ。俺はただの人間の子ども。
冒険者でもない、犯罪者にあっさり命を脅かされるパンピーだ。気を許してくれるからと出しゃばって、どれほど皆を傷付けただろう。
「僕のほうこそ、本当にサチコのことを考えるなら、もっとしっかりしてなきゃ駄目だったんだ。僕が君を帰すか、無理にでもパンドラたちを、連れて来れば良かったのに、甘え過ぎたんだ。そのせいで」
そこで言葉が途切れた。俺も頷くしかない。身の程を弁えなかったのは俺の落ち度で、それを分かっていながら、どこか楽観視してしまったのは彼の責任だ。
「僕が君に呪いをかけたけど、でもそれは、危ない目に遭って欲しい訳じゃ、なかったのに。そんなことを忘れて、僕は、サチコを大切に出来なかった。ごめんなさい……」
「そっか。でも、俺も悪かったんだ。なあミトラス。俺ってこんなにも弱かったんだな。俺のこと、嫌いになったか?」
ずるい言い方だと、自分でも思った。でも俺が今、ここでミトラスを好きだと庇えば、きっと今度こそ、取り返しの付かない傷を負うと思う。
俺は自分が嫌われていないか、気にする風を装い、距離感を取り繕うしかなかった。
「そんなことない。でも、僕は……」
「自分の気持ちを信じられなくなった?」
ミトラスの体が強張って、俺を抱く手にぎゅっと力が籠る。図星か。参ったな。こういうとき、どんな言葉をかけたらいいんだろう。
お互い、こんな場面をやり過ごす経験なんて持ってない。
「こんな言い方って卑怯だけどさ、ミトラス。俺が責めてないんだから、お前も自分を、少しずつでいいから許してよ。でないときっと俺のこと、嫌いになると思うから。頼むよ、難しいなら、なんとか恨んでみるからさ」
ありもしない距離を歩み寄って、事無きを装う。
俺はこんなに近くにいるのに、こいつは俺を裏切ったなんて思ってる。
罪悪感に打ちのめされている。
「ごめんなさい。サチコ、ごめんなさい……」
次第にしゃくりあげて、嗚咽が漏れだしてくる。
また泣く。
自分の為じゃない。これは俺の為なんだ。
そのせいで無くてもいい傷を負うんだ。
余計なお世話だ。まったく、なんて馬鹿げていて、愛おしいんだろう。
「ミトラス、お帰りって、言ってくれ」
「お帰り、サチウス……」
「ただいま」
そうしてしばらくの間、二人でめそめそしていた。
だけど、やはりというか何というか、そのうち泣き止んだ。
で。
「話は終わったようだな馬鹿共ォ!」
外で聞き耳を立てていたんだろう。パンドラがドアを乱暴に開けて入ってきた。
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