・遭遇
・遭遇
俺たちは昼食後、沖にあるという島に行くために、港へと足を向けたのだが、途中で立ち寄った市場らしき広場には、人も商品も何も無かった。
地元めいたシャッター通りが、終始お見送りしてくれただけである。当然港にも漁船は無かった。
「眼鏡が雨に濡れただけ損だな。一艘くらい放置されてないものかね」
「近場はサカミンに、浜は蟹に占領されて漁に出られない。他の季節ならまだ島のほうで漁業が見込めるでしょうが、冬はワイバーンたちも来る。事前の調べだと漁師たちは、既に別の港へ船を売り払ってしまったようです」
この世界の人間で漁師っていうと、一般人でも相当強いような気がするんだけど、それでも駄目なのか。空からの敵には辛そうだけど。
俺は疑問を率直にぶつけてみた。すると。
「逃げる相手に追い付けないとどうしようもないし、空からの相手に対して、船という弱点の上で戦うことは厳しい。ジャイアントクラブも戦うのはあくまで地上でのこと。相手の居場所が危険な海中なら、様子を見に行くことさえ難しいわ」
ディーがそう教えてくれる。漁師が海で有利になる要素はあくまでも海、海上という場での逃げに関してであり、組織立ってトラブルに対処できるとか、そういうことではないようだ。
こんな局所的な問題に対応してくれる組織なんて、思いつかないけど。
ちなみにさっきの蟹はやっぱり食べきれなかったので残りは海に捨てた。地産地消。
「でもそれなら、どうやって島まで行くんだ?」
「船乗りでもない僕らが船に乗ったところで、船が一艘無駄になるだけですよ」
言われてみれば目の前には、荒れた冬の海があるばかりだ。船乗りだってこんな状況で、船を出せと言われたら首を横に振るだろう。
ではどうするのか。ミトラスが合羽を脱いでディーに預けると、俺に背を向けて屈む。
「飛んでいきます。どうぞ」
「ああ。そっか、ありがとう」
そういうことか。俺は合羽の前を開けるとミトラスに跨って背負われる。
俗に言う『おんぶ』の形である。
肩を掴むけど身長差も体格差もあるので、上半身が安定しないのが少し怖い。こいつの頭におっぱい乗っけるのも久しぶりだな。
「いいなー」
「ディーは一人で行けるでしょ」
うむ。正中線にショタの温もりが感じられて非常に気持ちがいい。胸も置き場ができて楽だ。猫耳を塞いでしまうのは、悪い気もするけど仕方がない。
間近にある分潮の香りを押し退けてミトラスのいい匂いがする。
「では、飛びますよ。『胡蝶歩』!」
「うわ、お、っとと。……。お、おおっ、浮いてる。飛んでる」
ミトラスが魔法の名前らしいものを唱えると、彼は徐々に足元から宙に浮いていく。地上から三メートルほどの高さまで来ると上昇は止まり、今度は前進を始めた。
「あ、ディーは?」
「あの子なら泳いでくるでしょう」
しれっと言うミトラスは、特に気にしていないようだった。一瞬耳を疑ったが、ラスボス勢が冬の海を泳いで不幸があるだろうか、と考えて俺は頭を振った。
確かに彼女なら大丈夫だろう。
「サチウス、あれがサカミンですよ」
「え、どれどれ!? うわ怖え!」
ミトラスの視線を追う。眼鏡についた雨粒で見え難いが、海面には波に揺られる物体が、黒い絨毯の如く海の一角を占拠しているのが見える。
あれがサカミンか。こちらに気付いたのか、一斉にこちらを見る。気持ち悪い。人面犬とか悪質なコラ画像や心霊写真のような、身の毛もよだつ悪寒が襲ってくる。こいつらこそ魔物なんじゃないのか。
「こんなに増えているとは思いませんでした。早急に手を打たないといけませんね」
「絶滅させてもいい気がする。あれも襲ってくるんだろう?」
「普段は臆病な性格らしいですが、今は数が増えて増長しているから、そう出る可能性はあります。見て、サチウス、あれです、あの島」
言われて前に向き直ると、水平線に絵の様に映っていた島が、近づくにつれて立体感を増す。
陸地こそ繋がっていないが、すぐ隣にもう一つ小さい島があった。これが例の島嶼らしい。岩場の所々に大きな鳥たちが、こぞって身を寄せ合っている。
「あれがストリクス。確かに大きいフクロウぽいな」
「ワイバーンもいます、ほら、あそこ」
ストリクスの羽周りは淡い紫色、腹回りは灰色で、他は白い羽毛に包まれている。寒さのせいか皆一様に提灯のように膨らんで、寒さに耐えていた。
ワイバーンは全て体が大きく、色は違えど皆単色で赤、青、緑、黄、黒、白など様々だ。島全体にストリクスがいるが、ワイバーンの数はぽつりぽつりと言った程度だ。少ないな、と思った。
「僕の体から手を離さないで。禽獣は容赦なく浚っていきますから」
言われて俺はミトラスを強めに抱きしめた。密着度が上がるものの、あまり嬉しくない。何故って身の危険があるからだ。
島の魔物たちを刺激しないように、彼らのいない風の強い外周部に俺たちは下りた。それとほぼ同時に、水面から何者かが飛び出してくる。
「どうやら無事に下りられたようね。二人とも」
「待ってて、今すぐ乾かすから」
ディーだ。
気付かなかったが本当に泳いで来たのか。
全身びしょ濡れだが、ミトラスが一息吹くと、それだけで水気が飛んで、彼女の服が乾いた。何だそれ、今までそんな芸当見たことないんだけど。
そういうファンタジックな部分を、もっと前に押し出してくれれば、俺もときめくんだけどなあ。
「しっかし。これが渡り鳥の島か。この梟の羽毛が枕になるらしいけど」
「ワイバーンの数が足りなければ、多くのストリクスが飢えることになるでしょう。それが次にどんな厄災を呼ぶのか、わざわざ考えたくないですね」
実際に目の当たりにしてみると、随分な数の鳥たちがいる。渡り鳥の数が減れば、当然彼らの旅先での影響が減るということだ。
悪い面も減るだろうが、既にワイバーンが減って、蟹とラッコもどきが大繁殖している現状を鑑みると、楽観視はできない。
想像以上に事態は深刻なのかもしれない。そう思っていた矢先、俺たちの頭上に急に影が差した。
見上げれば、そこには見慣れた竜が翼を広げて、徐々にこちらに向かって来る所だった。
「あれバスキーさんだ。なんでここにいるんだろう」
「まさか、サチウスの言葉を真に受けたのかしら」
ドラゴンのツンデレ。いや、ないな。少なくともに俺にはアル中のおっさん相当からのツンデレとか需要がない。
ミトラスがいるからはっきり言えるが、俺の男の趣味は悪くない。
「お主ら、来ておったか! すまんが手を貸して欲しいんじゃが」
降りてくるなり真っ先に話し始める辺りもなんだか気に入らない。それに嫌な予感しかさせない辺りが何より嫌だ。
そして俺たちの表情に連動した予感は、外れることなく的中した。
「今この島の裏側にの、人間の密猟者共が来ておるのじゃ。我一人ではワイバーンたちを守りきれん。後生故助けてくれんか」
その一言で、全員に緊張が走る。ほら見ろ。ろくでなしの奴が良いことするときは、必ずと言っていいほど修羅場だから嫌なんだ。見て見ぬふりができないからな。
「行こう。説明は途中でして」
そう言うしかない。
振り向くと後ろで、ミトラスとディーの二人が頷くのが見えた。こと戦闘になれば、心配するべきことは何もない。無力化自体はそう難しくはないはずだ。
しかし、俺の予想を批難するかのように、雨はより強く、俺たちを叩き続けるのだった。
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