・番外編 <故友>
・番外編 <故友>
※このお話はパンドラ視点でお送りします。
もどかしい。それがオレの偽らざる感情だ。
資材一つとってもそうだ。材木だろうが石だろうが幾らだってオレは出せる。それを知っている奴もいるのに、誰もオレを使おうとしない。
オレはミミックという魔物になるが、自覚としては道具だ。対話の技術もオレを使わせるために身に付けたのだが、ここ群魔区の連中はその気が全くない。
そりゃあ人間みたいに見境なく使って欲しい訳でもないし、バスキーみたいに金品ばかり要求されたい訳でもないが、道具の生まれた理由は用途だ。
それが果たされないってのはまあ、段々と欲求不満になってくる。
この鎧姿の上に、赤いマントと赤い羽根付き帽子に業物のサーベルでお洒落してきたのに、やることと言えば大工仕事の手伝いばかり。今日頼まれて出した物といえば、工具と大工道具ばかり。
ああ、冒険者相手に希少種の振りして、装備品や回復アイテムを渡して、感謝されていた頃が懐かしい。
朝からずっと働き詰めだ。このくらいで疲れたりはしないけどちょっと休もう。そろそろ昼だし。気持ちを休ませないとな。
「あれ、どうしたんですか?」
「ん? ああ、ウィルトか。娘はどうした」
街外れまで移動すると、恐らく四天王最強にして、精神面では最弱の男がいた。地べたに座り、膝の上に異世界製の上等な紙を広げている。
やたらと細かい図面が引かれており、絵のほうを見るに水車、例の水力発電所のことが、書かれているようだ。
「今も大工仕事を手伝っていますよ。屋根の張り直しと床の修繕は急務ですし」
「お前はやらんのか?」
「私はあの子ほど力持ちじゃないですよ」
「良く言うぜ。背が足りなかっただけだろ」
言ってやると、ウィルトが不機嫌そうに鼻を鳴らし図面に向き直る。
力仕事はディー一人で事足りる上に、共同作業をしようにも、身長差がありすぎて、足並みが揃わない。ならばここで頭脳労働をしていたほうが、まだマシといった所だろう。
オレはウィルトの隣に腰かけて変身を解いた。手足が無くなるのが不便だが仕方ない。今度オレ自身から手足だけ生やす方法でも、考えるかな。
「それにしてもなんです? その色。前は白くてすべすべした箱だったと思うんですが」
「これはな、漆という物で俺自身を加工したんだよ。サチウスの世界から取り寄せて貰った家具に、使われている技法でな、あまりに風雅だったから、自分にもやってみたんだ」
自分で、ではなく自分に、という言葉にウィルトが顔をしかめる。安易に自分を変えることに抵抗があるのだろう。
「ところでよ、そいつはあの地下発電所の、図面じゃないのか。手直しでもしてるのか」
「え、ええ。やはり色々と問題がありまして。あれのせいで建物の耐震が致命的なことになっていたので、撤去と埋め立てをすることになったのですが、これはこれで惜しいので、改善点を考えていたのです」
そもそも良くあれを後から造れたよな。で、問題点はといえば、魔法の回線の外の水回りにも、難があったそうだ。
仮にあの水力発電所が、あのまま発電できていたとすると、給水が多すぎるせいで排水が追い付かずに、地下が水没していた危険が、あったらしい。
全体の力を一つに集めるには、土地と施設の排水量が足りてなかった訳だ。不具合こそがヒヤリ・ハットになってくれたというのは、なんとも皮肉な話だ。
「でも、人間の発明は素晴らしいです。微調整ができるようにして、安全面を整えれば、私たちの考え付くものよりも、ずっと強力です」
「ほーん。良く分からん。後で図面の写しを食わせてくれ」
「少しは考えて、分かるようになってください。これだからミミックは……」
眉間を抑えて苛立つこいつの顔は、小僧の頃から何も変わらない。苦労性というやつは、運命か才能の領分なんだろう。
「説教はいらん。折角の休み時間なんだ。楽しい話でもしろよ」
「無茶ぶりは止めてください。いきなりなんですか」
「オレなりに気を遣ってやってるんだよ。娘とは最近どうなんだ?」
貧乏揺すりができないから引き出しを開け閉めしていたのが良くなかったのか、ウィルトがこちらを睨んでくる。
ディーとそっくりの目をしている。これで血の繋がりは無いんだから、嘘みたいな話だ。
「あの子に何か?」
「どうもしねえよ。世間話だ。オレは何も吹き込んでないし、何も教えちゃいない。お前に二度も壊されるのはご免だからな」
ウィルトの殺気が消える。こいつは元聖職者のくせに攻撃を躊躇わないから怖い。今はいくらか理由が分かるが、当時は本当に理解不能だった。
「ならば良いです。あの子は明るくなった。私はあの子と仲間に癒された。それが今の私の全部だ」
「……不思議だな。お前はオレを殆ど頼らない。あれだけ家族ってのを囲っておいて、新しく作ってくれとか蘇らせてくれとか、お前の親だって」
そこでオレは、何故か最後まで言わずに止めた。
ウィルトから制止の雰囲気が、あった訳でもない。何故か言葉が出なくなった。
「また、私の前であの子たちを作ったりしたら、その時は」
「しねえよ。お前が嫌だって言ったからな」
良かれと思って用意してやったのに、その度にこいつを傷付けてしまった。
子どもの頃から、こいつの価値観はオレに厳しい。
「昔は教科書や勉強道具を、あんなにせがんでくれたのになあ」
「それとこれとは話が別です。生き物というのは」
「一度きりってのが大事なんだろ。もう創らねえよ。それに、あれから考えたんだが、どの道そんなことに意味はなかったって、気が付いたからな」
褪めた陽射しを反射して色合いに味を出す。人間なら流し目を決めているようなものだが、ウィルトは疑問符を浮かべている。
長い付き合いなのに、こいつは未だにオレの顔色が分からない。
「殊勝ですね。あなたからそんな言葉が聞けるとは」
「だってそうだろ。お前は灰エルフ。寿命で言えば、ドラゴンよりも長生きだ。戦争なんかなくても、お前は子どもたちの死を免れない」
自然の風が吹いて、砂がオレたちの足元を汚した。ウィルトは沈黙する。
そのまま図面を手提げに仕舞う。それから静かに、両手を組む。
「そうですね。確かに、あなたの言うとおりかも知れない。でもそれは私の話だ。あの子たちには、あの子たちのための生があったはずなんだ。それを思えば代わりや偽物を創らないというのは、無意味なことじゃないんだ。それが故人の尊厳を、守るということなんだよ。パンドラ」
「結果は変わらなくとも、意味の無い過程だったかどうかは別って話か」
「そういうことだよ」
あれだけゾンビを食っちまって、故人の尊厳も何もあったものじゃないと思うが、発電所も駄目になった訳だし、水を差すのは止めよう。
「オレ達が初めて会ってから、どれだけの時間が経ったか、お前ももう大人なんだな。なんだかお互い遠い所に来たものだ」
「そうだね……案外、今日までに会った誰かが生まれ変わってたりするかもね。それだけの時間を、ボクらは生きている」
ウィルトが不意にオレを撫でた。
「そのうちお前の子どもの生まれ変わりとも、この先どこかで会うかもな」
「ああ、それは少し、楽しみかも」
ようやく笑顔を見せたな。こいつの幸不幸は全部外付けと来ていやがるから、厄介なことこの上ない。
こいつの不幸はこの時代に生まれたことで、こいつの幸福はこの世界に生まれたことだ。面倒臭いったらない。欲望一つ煽り立てるのも、こっちは一苦労だ。
「だろう? それによ、お前がそう思うならさっきの話にも、意味が出てくるぜ」
「さっきの話? 意味の無い過程だったかどうか、ですか?」
初めて会った時は薄倖そうな見た目から、がっつりオレに依存して、じゃんじゃん使ってくれると思ったもんだが、蓋を開ければとんでもない甘え下手。
むきになって魔王軍を抜け出しては、何度も何度も願いを聞きに行ったな。
あれからもう、どれくらいの時代が去ったろう。
「お前が、子供たちの分まで生きていくってことは、変わらないってことだよ。それでこの先の人生にも、意味ができたろ」
ウィルトはオレの角から手を放すと、少し間をおいてから、目を丸くして、丸くした目を滲ませた。
「っずるいぞ……そんなこと、言って、なかったじゃないか……」
口元を手で覆い、ウィルトは小さく肩を揺らした。
笑っているようだったが、足元にしずくがひとつ、またひとつと、零れ落ちていく。
「ウィルトよう。もしもまた、子どもでも育てようと思ったら、その際はベッドの役をしてやるよ。昔みたいにさ」
「気が早い。今はまだディーもいる。……パンドラ」
「なんだ」
指先で目元を拭うと、ウィルトは小さく、ため息を吐いた。もう、オレのほうを見ていない。
本当に、もどかしいと思う。
「ありがとう。ボクはね、帰って来て良かったって、思ってるよ」
「そうかい。そりゃ何よりだ」
そこまで話すと、街のほうから大きな影が、オレ達へと向かって駆けてくる。
ディーだ。いつの間にか昼休みが終わっていたようだから、恐らく呼びに来てくれたんだろう。
それを見て、ウィルトも立ち上がり、娘の元へ歩いていく。ああ、やっぱり、幸せそうにしている奴らを見てると、オレも幸せだぜ。
もしも、もしもオレにまた、生まれ変われる機会があるとしたら、その時は。
――そのときは、お前たちの揺り籠になりたい。
番外編<了>
これで4章は終わりです
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。
お疲れ様でした!
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




