・彼らのレベルが低い訳
・彼らのレベルが低い訳
「これが、あのトレセンにいる魔物たちです」
「よし、この中から戦えそうな奴を探すぞ」
コロシアムもといトレーニングセンターから帰った日の夜。俺とミトラスは件の施設に所属している魔物の名簿を眺めていた。
人のいない役所って想像以上に居心地が良い。
「有名所は一通り揃ってるな」
「そりゃ戦争に負けたら絶滅なんてことは、まずありませんよ」
「そうなんだけど」
頁をぺらぺらと捲る。思った通りゴブリンからドラゴンまで取り揃えていた。流石異世界、流石『元』魔王軍。
でも履歴書っぽい書類の写真部分が、似顔絵なのはどうかと思うよ。
「ちゃんと強そうな魔物もいるんだな。なんで出ないんだ?」
「一部の魔物と戦うにはとてもお金が掛かるし、人間の決めた法律で、保護されるようになった者もいますから、中には更に手続きが必要な者もいます。市井の財布では、リビングアーマー辺りを、小突き回すしかありません。こちらとしてはお互いに、怪我の心配は無いからいいんですけど」
世知辛い話である。
妖精や竜は今や無暗に倒してはならず、無法な冒険者は密猟者の扱いを受けるそうだ。
スライムでは駄目なのかと聞くと、服が汚れるという不満が前に出たそうだ。怪我は良くても汚れは嫌なのか。
「特定の誰とかじゃなく、下のレベルを底上げしろっていうのがしんどいな」
「ええ、大量の下っ端魔物を育てられるような、同じく大量の犠牲者なんて今時いませんし」
困ったな。これが戦略系シミュレーションなら訓練の一つもできそうだけど、今戦時中じゃないし、そもそもそんなコマンドないし。
生意気な勇者を餌食にする地下迷宮も、賃貸物件もない。いや賃貸はあるのか。
「なあ、魔物のレベルってさあ、相手を殺害しないと上がらないものなの? 組手とか勉強で少しでもましにならない?」
「いえ、別に道端に落ちてる死体でも血だまりでも霊魂でも良いんです。素材があれば。でも安定した供給元がありません。それに勝手なことしたら法律に抵触しますし。あと訓練ですが、あまり強くなると今度は国から睨まれるんです」
レベルの高い魔物たちは、それだけで危険視されるらしい。
確かに魔王が討たれた後の世の中で、こんなふうに暮らしている魔物の里みたいなものがあったら、早急に退治しようと考えるか、監視するかだろう。
監視の基準は生活態度とレベルで、敵意があったり強くなりすぎたりしたら、やはり倒そうということになってしまうのだそうだ。
「ようするに、国の基準を超えないように魔物を育てないとダメなのね」
「せめて素材があれば~」
机に突っ伏してそのまま伸びるミトラス。確かにかなり面倒だ。あまり戦ってもいけない上に、ドーピングもままならないとなれば、打つ手なしに思えるのも仕方ない。
「よし、じゃあやるか」
「な、何かいい方法が!?」
がばっと起き上がる少年が、縋るような眼差しでこちらを見つめてくる。
おお、悪い気はしないなこれは。
「ああ、聞いて驚くなよ?」
「焦らさないでください!」
おお、なんかすっごい気分がいい。
下腹がきゅんきゅんする。
こういう潤いも案外いいかもしれない。顔のにやけを抑えられない。
「いいか、レベルも水増しするんだよ」
でも、答えを教えた時のミトラスの、怪訝そうな顔を見て、それも引っ込んだ。
うん、説明するからその顔をやめてくれ。俺も調子に乗りすぎた。
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