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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の風車を止めるには
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・勉強会 前編

・勉強会 前編


 魔王軍が人類に敗れて、残された魔物は人間の街に組み込まれた。


 そんな異世界に召喚された女子高生、臼居祥子ことサチウスは、魔物たちに残された生活圏である、群魔区を統廃合の危機から救うべく、魔王子ミトラス発案の夏祭りにより、文化的実績の獲得。見事魔物たちの暮らしを守ることに成功した。更に四天王も復帰し、新しい領土が併合されることとなった。この物語は夏祭りも終わり、収穫期を迎えて、秋も深まった頃から始まる。


「現在の神無側市の大半は移民です。それというのも前の人間と魔物の大戦でこの街の前住民が、ほぼ全滅したからです」


 いつもの会議室にミトラスの声が響く。緑色の髪に猫耳の生えたかわいいショタ。


 正面のホワイトボードには、字とか地図とか年表が書いてある。


 俺は現在この世界の歴史の勉強中だった。それというのも、夏に市長が群魔区に、余計な土地を併合したせいで、そこの再開発もしなくては、ならなくなったからだ。


 この世界に来て半年経つので、そろそろ知っておいたほうが良いことを知るべきだと、研修の名目で俺は彼から、授業を受けている。


「全滅ってすごいな。皆殺しってことだろ。過ぎたことだけどちょっと引くわ……」


「誤解するのも仕方ないかもしれませんが、これにはちゃんとした背景があります。何故この街の人々が、死ななければならなかったのか、せめてそれを聞いてから、是非を判断してください。宜しいですか?」


 この世界に来る前は常日頃からあいつ死なねーかなとか思ってたし近くの電車じゃ毎日のように人が飛び込んでたし誕生前には戦争があった世界に生まれている俺だ。


 言われてみれば殺人というだけで、悪とか罪とは言い出すのはおかしい。彼の問いかけに俺は頷いた。


「ありがとうございます。元々この神無側は制度的には非常に先進的な都市でした。国、引いては他の市に共通の弱点である寡頭制を、一早く克服したのです。彼らは議会制の導入と、権力機構の分立という方式を初めて取り込んだのです」


「おお、なんか歴史の授業っぽい感じだ。それで独裁の暴走を克服したりしたのか」


 そこでミトラスが苦々しげに首を振った。

 あれ、なんか嫌な予感がする。


 そう思ったときに、避難できないのが、好奇心っていうものなんだろうな。


「それが悪夢の始まりでした。彼らは司法、立法、行政を分立させたことで、最低限の業務を残し、重要な案件はそれぞれ他の機関に関わるようにすることで、自分たちの管轄から外すように内々に示し合わせていたのです」


 あれ、なんだかすごく覚えがあるぞこの構図。


「端的に言えば責任と管轄をずらし合い、できる限り仕事をしないようにしていたのです。これにより前の神無側市では犯罪と貧困、汚職と腐敗が横行していたのに、誰もこの問題に取り組むことも、取り締まることもありませんでした」


 ああ、盥回し系のサボタージュだ。俺のいた世界でも書類の手続きで、市と区が利用者を擦り付け合い、交番のお巡りさんが、目と鼻の先の公園で、いじめがあっても『うちは別の区だから』と平然と見殺しにする不祥事が後を絶たない。


 ああ、ファンタジー世界でもやっぱり人間いると、ダメだな。


 すごいがっかりしてるのが自分でも分かる。


「そしてこの構造は独裁者の勢力一つで済まない分、制度面では非常に強固でした。権力という歴史においては斬新かつ非常に画期的だった訳です。しかしながらこういうことになれば、当然分かれた数だけ内外の反感を買います」


 それはそうだろう。仕事しない仕組みなんだから、どれだけ上役が接待しようが豪遊しようが、それは関係ない。


 権力で強引に通せば、やはりそこでまた誰かの怨みを買うだろう。互いに仕事をしていないか監視し合う体制ってのも、どうかと思う。


「そうして外面は良くても内治の最悪さが表面化してしまっている神無側に対し、他の自治体からは改善の要請、命令が下りますが、今言った分立制度でお茶を濁すばかりでした。この態度には誰もが怒りを覚えました。そんな折、魔王軍との開戦に至りました。当然この街にも騎士団はありましたけど、私兵の域を出ませんでしたし、出兵も散々渋りました。市長が言うには当時の神無側は座死を待つばかりの情勢だったそうですよ」


「なんてか、よく他の街から攻め込まれなかったな」


 戦争が始まったばかりなのに、内戦を始める奴はいないか、そう思った矢先に、またもミトラスが首を横に振る。


「いえ、攻め込まれましたよ? ここから先は秘密なのですが、実は人間側から、手引きがあったのです。本来なら転移魔法は、強力な結界に阻まれて、敵陣に直接乗り込むということはできないものなのですが、その結界を解くから力を貸して欲しいと」


 転移魔法というのワープとかテレポートとかの移動系の魔法だ。目的地へ一瞬ないしは短時間で移動することができる、ありがたい魔法である。


「悪魔に魂を売ったのか。そしてこの街は裏切られた訳だが、それでどうなったんだ」


 ミトラスがホワイトボードの字を消し、新しく書き込み始める。


 神無側の中に矢印で、魔王軍を引っ張り込んだ後、周辺都市と書かれた点が『魔物の討伐』という理由を添えて、神無側に引っ張り込まれる。街を丸で囲んで『包囲殲滅』という文字が加わる。


「魔物に攻め込まれたという大義名分を得た諸都市は神無側との境を完全に封鎖、人っ子一人逃げ出せないようにしました。そして魔王軍は街一つ戦果を得て、人間側はこちらが引き上げた後、魔物を追い出したと喧伝しました。皆でしあわせになりました。めでたしめでたしっと」


 最後のほうの、説明がかなり雑だったが、大筋は分かった。しかしいくら何でも、それで街一つ仲良く滅ぼすものか、俺の疑念にミトラスが答えた。


「その完璧なまでの醜悪さはそれこそ誰の目から見ても害悪でした。何せ民主的な解決は不可能であり強力過ぎたものだったのです。寡頭制ならばまだ暴政にも打倒打開の希望がありましたし、一時の気の迷いから善政に転ぶこともありますが、これはあまりにも違いすぎました。議会制こそ普及しましたが、この分立構造は採用した前神無側の滅亡とともに周辺地域へ知れ渡ることとなり、今では採用する自治体は一つもありません。悪政に対してより広く永続的に希望が失われるこの体制は、戦争中の両陣営を一時的に協力させ得るほど悪質だったのです。魔物と人間の知識人階級がこの考えと制度を、亡き者にしたかったくらいには」


 また長台詞を。


「なるほどなあ。でも民間人を根絶やしにするのは、やり過ぎなんじゃないのか」


「それをやったのは人間側です。魔王軍は騎士団との戦闘と、略奪行為以外はしていません」


 いつもの人間サイドで逆に安心する。確かに魔物との戦争中に、表立って人間同士が争うのは不味いし、兵隊、いや、この世界だと騎士団か。その騎士同士が戦えばより危険度は増す。


 それなら安全に攻撃できるほうを、攻撃するわな。怪物と戦うより、人間と戦うほうが気が楽だし。


「ああ、じゃあ逃げる民間人を、人間側がだまし討ちしたのか」


「そうですそうです!」


 こんなことをそんな子どもみたいにはしゃいで肯定しないでくれ。ウィルトの件といい訓練所のおっさんといい、この世界の人間は善悪の落差が激しすぎる。


 生きるべきか死ぬべきかっていうのは、こういう連中の考え方なんだろうな。


「うーん、まあそういうことなら、別にそこまで悪くないのかな? 気の毒だけど、それこそ他の人たちの合意もあったし、そんな街の人が難民になって、自分の住んでる街に来るなんて、誰だって嫌だろうし許せないだろう。これは仕方がないな」


「分かってくれて嬉しいです」


 ほっとした様子の、ミトラスの頭を撫でてやると、サラサラの髪に埋まったネコ耳が、ぴくぴくと動く。


 ことの善悪と言っても俺には関係ないから、言及するなんてお門違いだし、滅亡した過去の街のことなんて正直どうでもいいしな。


「まあそんなことよりも、だ。市長がうちに押し付けていったあの二つの区のことについて教えてよ。これからどっちかの視察に行って、これからのことを考えないと、いけないんだしさ」


「それもそうですね」


 ミトラスは頷くと、またホワイトボードに手際よくあれこれと書き始める。


 最近使う機会が増えてきたせいか、その姿は中々様になっている。上のほうに書くときは台が必要だが。


「ではこれから群魔区に新しく併合された、旧屠殺(とっとり)区と旧偽腐(ぎふ)区についての説明を始めますね」


 そう言って彼はまたも教鞭を執る。


 しまったな、どうせなら先に、休憩のことを話しておくんだった。


 そんな気持ちに関係なく、やる気十分のミトラスは早速、授業を再開してくれてしまったのだった。

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文章と行間を修正しました。

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