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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物のレベルを上げるには
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・依頼<苦情>を受注しました。

・依頼<苦情>を受注しました。


「じゃ、帰ったらこれ頼んます」

「はーい」


 出発前にミトラスにメモを渡す。後で元の世界の俺の荷物を、全部召喚してもらう予定だ。そんなことが苦も無くできるんだから、魔王の息子ってすごい。


 どこから持ってきているのか、電気も通ってるし。


「それにしてもなあ」

「なんです?」


 人々、いや魔物が行きかう雑踏の中を歩きながら、辺りを見回す。人間の姿がなく、いるのは人型の魔物とか、人型じゃない魔物とかだ。


 それが普通に屋台やったり買い物したりしているんだから、なんだか妙な感じだ。


「日常系漫画の世界みたいな」

「なんですそれ?」


 役所ほどではないが、ちゃんとした建物や街並みに違和感が覚える。


 知能と文化と文明があれば、姿はあんまり関係ないのかも。誰だってそうするって奴を目の当たりして、感動が薄れていく。


「普通に妖精さんとか獣っぽい人とかいるんだな」


 もう少し観察すると、羽の生えた石造が、器用に羽を畳んで歩いていくのが見えた。


 他にも足元の水たまり、ではなくスライムが動いて他の魔物がそれを避ける。二足歩行の豚のような魔物が八百屋の呼び込みをやっている。平和だ。


「サチウスの世界にはいないんですか?」

「お話でしか見聞きしないね」


 ミトラスが不思議そうな顔をして俺を見る。うん、実際問題、平和なら何がいたっていいんだけど、人間しかいなかったな。


「あ、トレーニングセンターが見えてきましたよ!」


 案内されるまま歩いていくと、遠くに一つの建物が見えてきた。天井部分は無く三回建てほどの高さで、石造りのスタジアムのようなそこには、まばらにだが人間の姿が見えた。


「コロシアムじゃね? これ」


 入ってすぐの場所にある階段を登れば、上階の客席に辿り着く。そこから見える光景はグラウンドのみ。


 左右には入場口と思しきゲートがあるが、鉄格子が降りている。うん、やはりライオンとかを人にけしかける場所だここ。


「トレセンです。ここなら魔物相手に好きに暴れられるので、最初は人気だったんですが……」


 そういってミトラスが指差した先を見る。手に手に棒とか剣とか持ったむくつけき男たちが、地に付した鉄塊を苛立ちながら殴り続けていた。


「なんだあれ?」


 浦島太郎のカメみたいなことになっているのは甲冑だった。頭を抱え込むようにして守り、土下座のポーズを取ってひたすら攻撃に耐えている。


「なんだあれ?」

「何って、リビングアーマーですが」


 もう一度聞き返すとそんな答えが返ってくる。

 そんなことは聞いていない。


 そして、周りを見ても、同じような光景が広がるばかりだった。


「他の魔物は出ないの?」

「怪我をされても困るので」

「戦うことが目的の場所だよな」


 甲冑たちがサンドバッグになっているのを横目に、ミトラスに質問する。彼曰く、色々と問題が起きないよう考えていった結果、こうなったらしい。


 辞めたら? この施設。


「おい! 責任者を出せ! 責任者を!」


 そんな折、コロシアムもといトレセンから野太い男の怒声が聞こえた。


 思わず顔を見合わせると、ミトラスは慣れた様子で階段を降りて、相手のもとまで行く。一応俺もついて行くことにする。


「はい、私がこのトレーニングセンターを管理している者ですが、如何いたしましたか?」


「どうもこうもねえよこのトレセンはよぉ! 人様を舐めてんのか!?」


 それは俺もちょっと思った。怒っている人間は分厚い皮の所々に、鉄板がついた鎧を着こんだ男だ。


 場所が場所なら山賊といって、通用するような風貌である。


「来る日も来る日も同じことの繰り返しでよぉっ! 魔物と戦えるっていうから来たのによぉ! 戦うどころかずっとコレじゃねえか!」


 コレのところで足元の甲冑を蹴り飛ばす。硬い音がすると、彼らは身動き一つしなかった。動くってだけで生きてるという意味じゃないっぽい。


「ですが、皆さんが怪我する危険を排除すると、自然とこうなります」


「それが人を舐めてるっていうんだよお!」


 ただでさえ厳めしい顔を殺気立たせて男が怒鳴る。


「いいか!? 魔物と戦うんだから怪我くらい当たり前だろ! それを聞いてりゃ、安全だのなんだのと!俺たちはな、金を払って、怪我をするくらいの相手を求めて来てんだ! なら全力出して相手すんのが礼儀だろうが!」


 いいぞもっと言ってやれ。そうだ山賊顔。俺もそう思ってたんだ。お前は正しい。このがっかりレジャー施設をもっと駄目出ししろ。


「それなのに何だこの様は! 出てくる魔物はたった一種類! 強くもなければやることだって防御だけ!このトレーニングセンターの目的はなんだよ! オレたちに言ってみろ!」


 いまにも掴みかかりそうなのに、ミトラスにそうしないのは、外見が子どもだからだろうか、本当に子どもかは分からないけど。


 ともあれ、益々ヒートアップしそうな空気なので、そろそろ鎮火してもらおう。


「すいません、お客様」

「ああ!? なんだあんたは!」


 まずいな、実際に暴力慣れしてる人に睨まれると、超怖い。


 現代みたいに薄い靄のような、暗黙の了解というか心理的な合意というか、壁みたいなものが何も感じられない。いろんな意味で距離が近い。


「先日配属となりました苦情対応係の者です」

「苦情対応係ぃ?」


 ミトラスから授かった俺の肩書である。


 俺はこの世界の魔王が務める役所に押し寄せる苦情に対応するために異世界から派遣された……よそうこれ以上は悲しい。


「おい。おい?」

「あ、はい。大丈夫です。大丈夫」


 いかん意識が遠のいていた。自分が睨んだせいと思ったのか、山賊顔が心配そうにしていた。深呼吸しながら、なんとか頭の中で原稿をまとめる。


「ええ、今までこの区には苦情対応窓口がありませんでした。ですが今月から開設されましたので、これからは皆さんの不満を解消できるように、努力していきたいと、ええ」


 最後のところを明言しない日本語訛りが出てしまったが、相手は俺を上から下まで舐めるように見ると、納得したように頷く。


「まあ、色仕掛けができそうには見えねえけどよ」


 おうこの野郎。分かってるけどいらないこと言わなくていんだよ。


「えー、それでですね。今回の苦情は『出てくる魔物が一種類』、『魔物が弱い』『ガード以外の行動をしない』ですね。区長」


「え、あ、はい」


 なんだか大人しいと思ったらミトラスは少し涙ぐんでいた。こういう所は子どもなんだな。


 でも今はしっかりしてもらわないと困る。


「この方に苦情用の記入用紙を『三枚』お渡しして下さい。お客様はそれに今お話しして頂いた内容を記入して、私に提出してくだされば、早めの対応を善処させていただきます。よろしいでしょうか」


「おう、なるほどな。そういうことなら、やらなくもないぜ」


 おお、意外にも積極的だ。流石にエンディング迎えた後の世界だと、住民もやる気があるし疑ってかかったりしないな。


 たぶん人を信じる心があるんだろう。こいつら日本じゃ生きていけないぞ。


「はい、では確かに受理させて頂きました。結果は今日明日に出るという訳ではありませんので、しばらくお待ちください」


「おう、頼んだぜ」

「またのご利用をお待ちしております」


 ミトラスが持ってきた紙に、山賊顔が記入を済ませて俺に渡す。


 その中身と枚数を確認して挨拶を済ませると、男はどこかへと去ると、次第に周りの客も減っていった。


「あんなこと言って、どういうつもりなんです?」


 周囲から人の姿が消えたのを見計らって、ミトラスがこちらを覗きこんでくる。


 心配はしても俺を非難しようという感じではない。育ちが良いんだろうな。魔王の息子らしいけど。


「とりあえず、これで苦情の種類が、三つに増えた。一つ問題を解決すれば三つの功績になる。成果の水増しは俺の世界じゃ常識なんだよ」


「嫌な世界だなあ」


 苦情の内容が一つしかなかったから、一つしか解決しようがなかったが、これで光明が見えた。


「細かい打ち合わせは後だ。今月はこの苦情の解決に全力を注ごう。魔物たちのことも、まだちゃんと知らないし」


「やる気になってくれたっていうなら、それに越したことはありませんけどね」


 ミトラスが袖で顔を拭くと、ちょっとだけ泣き腫らした顔が見えた。初対面の印象が悪かったけど、こうしてみるとやっぱりかわいいな。オタクの俺でも保護欲が湧いてくる。


「でも正直な、あのおっさん超怖かったよ……」

「僕も。うん、帰りましょう。今日は」

「うん、そうだな」


 この世界での二日目は、勝利条件を増やしただけに終わった。


 しかし、これで先送りの目途が立ったのだ。言わばフラグが立ったと言っていい。


 後はこれをどうにかすれば。そう何度も自分に言い聞かせながら、俺はミトラスと役所へ戻った。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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