表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の祭りを開くには
39/227

・サチコと夏祭り5

・サチコと夏祭り5


 サイズ差の著しい親子と別れて、俺はミトラスがいるはずの救護室へ向かった。救護室は怪我をしたり食べ過ぎ、飲みすぎで、身動きがままならなくなった魔物や、人間が利用する場所だ。


 とはいえ会場からは遠いので、わざわざ歩いてくる者はいない。


 急患で運び込まれた者は、ミトラスに魔法の一つも唱えられてとんぼ返りしてくるはずだ。そしてその予想は当たっていたのか、救護室として借りている教会には、閑古鳥が鳴いていた。


 流石に十字架や鳥居などはなく、何の神様を祭っているのかも分からない場所だったが、彼は長椅子の一つに座り、誰かを待っているようだった。


「お待たせ」

「サチウス! 遅かったじゃないですか、もう!」


 背中に声をかけるとミトラスは慌てて立ち上がり、駆け寄ってくる。


 もしかしなくても、ずっと一人で待っていたのか。


「ごめんよ。祭りがあんまり楽しくってさ、回るのに時間かかっちゃった。ミトラスを誘ってからにすれば良かったね」


 罪悪感を感じながらミトラスの頭を撫でると、彼は小さく頭を振った。嫌がっている訳ではない。その証拠に、彼はそのまま頭を擦り付けてくる。猫のような仕草が愛らしい。


「いいんだ。サチウスが楽しんでくれてるなら。本当は交代の時間に、僕があなたを探しに行けば、済んだことだから」


「ありがとう。待っててくれて」


 二人で近くの長椅子に腰掛ける。もたれかかると立っていたときに比べて、ずっと密着度が上がる。教会内は涼しかったが、それでもちょっと暑い。


「祭りのこと、聞かせてくれる?」

「いいけどこの後二人でも回ろう。じゃないと嫌だ」


 肩に触れているミトラスの頭がうなずく。俺はこれまでのことを振り返って話した。


 屋台のにぎわいや、四天王たちのこと、俺の思ったこと、彼はじっと聞いていた。


「パンドラはおしゃれを始めるってさ。自分は影が薄いって気にしてた」


「そんなことはないと思うけどなあ」

「バスキーは農家に追われてた」


「彼がお金を欲しがる理由は、それから逃げおおせるためなんですよ」


「ディーって人間なの? 魔物なの?」


「キメラの子どもがキメラでないのは、あくまでも外見だけですよ。皆、その辺はぼかしてますけどね」


「ウィルト、さん、は、ディーに連れられてた。ん、言い難い」


「ふふ、先生もそうだとおもいますよ」


「皆、けっこう幸せそうだった。俺は戦争の後にこの世界に来たけど、皆がそんなに辛い目にあったなんて思えないくらい」


 そうして雑談の終わりを結ぶと、今度はミトラスのほうからも体重をかけてきた。浴衣越しに彼の肌と、体温を感じる。何気ない吐息の音さえ、よく響く。


 ――よかった。という言葉がすぐ近くでこぼれた。


「本当に良かった」


 彼が、俺の手を握る。


「本当は分かってた。皆が僕を置いていった訳でも、僕が取り零した訳でもない。皆、それぞれ生きていけるようになっただけ。魔王軍がもう必要ないことは、ずっと前から分かってたつもりだったのに」


「どうして?」


 何故そんな聞き方をしたのだろう。


 その言葉に、どんな言葉を繋げて、何を聞こうとしたのだろう。答えをミトラスが口にする。


「僕の幸せは、皆の受け売りだった。幸せは、変わらないことだと思ってた。それはある意味、確かにそうだったけど、変わってもいいってところに、自信を持てなかった。どこかが変わって、何かが変わったら、幸せの形も崩れてしまうのかと、怖くて、寂しくて、仕方なかった。だから、なるべく前に戻したかったのかもしれない」


「うん」


 相槌を打つと、俺の手を取ったまま、ミトラスが立ち上がる。


 金色の瞳には、一人の女の顔が移りこんでいた。


「でも、あなたが来て、僕は変われた。新しいこと、違うことをしても楽しいこと、幸せなことがあった。和服のことでまたみんなと会ったとき、もう皆違ってるはずなのに、嬉しさは変わらなかった」


 彼はそこで一度言葉を区切り、一言を呟く。


「やってみて、良かった……」


 そう締めくくると彼は目を閉じて、静かに嗚咽を上げ始めた。感極まったのか、これまで張りつめていたものが切れたのか。


 なんにせよ俺はミトラスを胸に抱き寄せた。いつかしたように、また頭を撫でる。


「よく頑張ったな。よしよし、よく頑張った。本当に偉いぞ、ミトラス」


 ほどなくして泣き止むと、彼は手で目と鼻を拭い、小さな声で謝ってきた。


 教会の中に沈黙が広がっていく。

 今度は俺の番だろう。

 立ち上がって、ミトラスの手を引く。


「サチコ……?」


「ほら、お祭りに行こうよ。そういう約束だったろ。確かめに行こう、お前の頑張りをさ」


「……うん!」

 

 ミトラスも立ち上がって、二人で連れ立って歩く。教会を出ると、夜空に極彩色の華が咲いた。


 花火が上がったのだろう。魔物には花火製作のノウハウはない。


 しかしどうしてもやりたいという魔物たちが、魔法でなんとか真似することに成功したのだ。


「綺麗だな」

「本当に、綺麗です」


 二つ、三つと夜空に花が咲き誇る度、群衆から歓声が上がる。ふと気が付くと、花火の灯りに照らされた四つの影が、こちらに歩いて来るのが見えた。


 指差して促すと、ミトラスも気付いたようだ。やがて影の一つが、大声を上げた。


「おーーーーーーーーい! 遅くなってすまーーーーーーーーーーーん!!」


 甲冑姿に戻ったパンドラが手を振っている。残りの影も四天王たちだ。


「ほら行こう。皆待ってるよ」

「はい!」


 背中を押すと、少年が一人、仲間たちの元へと駆けて行く。俺


 たち六人のパーティは、周りの活気を受けながら、この街で初めての夏祭りへと繰り出した。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ