・サチコと夏祭り5
・サチコと夏祭り5
サイズ差の著しい親子と別れて、俺はミトラスがいるはずの救護室へ向かった。救護室は怪我をしたり食べ過ぎ、飲みすぎで、身動きがままならなくなった魔物や、人間が利用する場所だ。
とはいえ会場からは遠いので、わざわざ歩いてくる者はいない。
急患で運び込まれた者は、ミトラスに魔法の一つも唱えられてとんぼ返りしてくるはずだ。そしてその予想は当たっていたのか、救護室として借りている教会には、閑古鳥が鳴いていた。
流石に十字架や鳥居などはなく、何の神様を祭っているのかも分からない場所だったが、彼は長椅子の一つに座り、誰かを待っているようだった。
「お待たせ」
「サチウス! 遅かったじゃないですか、もう!」
背中に声をかけるとミトラスは慌てて立ち上がり、駆け寄ってくる。
もしかしなくても、ずっと一人で待っていたのか。
「ごめんよ。祭りがあんまり楽しくってさ、回るのに時間かかっちゃった。ミトラスを誘ってからにすれば良かったね」
罪悪感を感じながらミトラスの頭を撫でると、彼は小さく頭を振った。嫌がっている訳ではない。その証拠に、彼はそのまま頭を擦り付けてくる。猫のような仕草が愛らしい。
「いいんだ。サチウスが楽しんでくれてるなら。本当は交代の時間に、僕があなたを探しに行けば、済んだことだから」
「ありがとう。待っててくれて」
二人で近くの長椅子に腰掛ける。もたれかかると立っていたときに比べて、ずっと密着度が上がる。教会内は涼しかったが、それでもちょっと暑い。
「祭りのこと、聞かせてくれる?」
「いいけどこの後二人でも回ろう。じゃないと嫌だ」
肩に触れているミトラスの頭がうなずく。俺はこれまでのことを振り返って話した。
屋台のにぎわいや、四天王たちのこと、俺の思ったこと、彼はじっと聞いていた。
「パンドラはおしゃれを始めるってさ。自分は影が薄いって気にしてた」
「そんなことはないと思うけどなあ」
「バスキーは農家に追われてた」
「彼がお金を欲しがる理由は、それから逃げおおせるためなんですよ」
「ディーって人間なの? 魔物なの?」
「キメラの子どもがキメラでないのは、あくまでも外見だけですよ。皆、その辺はぼかしてますけどね」
「ウィルト、さん、は、ディーに連れられてた。ん、言い難い」
「ふふ、先生もそうだとおもいますよ」
「皆、けっこう幸せそうだった。俺は戦争の後にこの世界に来たけど、皆がそんなに辛い目にあったなんて思えないくらい」
そうして雑談の終わりを結ぶと、今度はミトラスのほうからも体重をかけてきた。浴衣越しに彼の肌と、体温を感じる。何気ない吐息の音さえ、よく響く。
――よかった。という言葉がすぐ近くでこぼれた。
「本当に良かった」
彼が、俺の手を握る。
「本当は分かってた。皆が僕を置いていった訳でも、僕が取り零した訳でもない。皆、それぞれ生きていけるようになっただけ。魔王軍がもう必要ないことは、ずっと前から分かってたつもりだったのに」
「どうして?」
何故そんな聞き方をしたのだろう。
その言葉に、どんな言葉を繋げて、何を聞こうとしたのだろう。答えをミトラスが口にする。
「僕の幸せは、皆の受け売りだった。幸せは、変わらないことだと思ってた。それはある意味、確かにそうだったけど、変わってもいいってところに、自信を持てなかった。どこかが変わって、何かが変わったら、幸せの形も崩れてしまうのかと、怖くて、寂しくて、仕方なかった。だから、なるべく前に戻したかったのかもしれない」
「うん」
相槌を打つと、俺の手を取ったまま、ミトラスが立ち上がる。
金色の瞳には、一人の女の顔が移りこんでいた。
「でも、あなたが来て、僕は変われた。新しいこと、違うことをしても楽しいこと、幸せなことがあった。和服のことでまたみんなと会ったとき、もう皆違ってるはずなのに、嬉しさは変わらなかった」
彼はそこで一度言葉を区切り、一言を呟く。
「やってみて、良かった……」
そう締めくくると彼は目を閉じて、静かに嗚咽を上げ始めた。感極まったのか、これまで張りつめていたものが切れたのか。
なんにせよ俺はミトラスを胸に抱き寄せた。いつかしたように、また頭を撫でる。
「よく頑張ったな。よしよし、よく頑張った。本当に偉いぞ、ミトラス」
ほどなくして泣き止むと、彼は手で目と鼻を拭い、小さな声で謝ってきた。
教会の中に沈黙が広がっていく。
今度は俺の番だろう。
立ち上がって、ミトラスの手を引く。
「サチコ……?」
「ほら、お祭りに行こうよ。そういう約束だったろ。確かめに行こう、お前の頑張りをさ」
「……うん!」
ミトラスも立ち上がって、二人で連れ立って歩く。教会を出ると、夜空に極彩色の華が咲いた。
花火が上がったのだろう。魔物には花火製作のノウハウはない。
しかしどうしてもやりたいという魔物たちが、魔法でなんとか真似することに成功したのだ。
「綺麗だな」
「本当に、綺麗です」
二つ、三つと夜空に花が咲き誇る度、群衆から歓声が上がる。ふと気が付くと、花火の灯りに照らされた四つの影が、こちらに歩いて来るのが見えた。
指差して促すと、ミトラスも気付いたようだ。やがて影の一つが、大声を上げた。
「おーーーーーーーーい! 遅くなってすまーーーーーーーーーーーん!!」
甲冑姿に戻ったパンドラが手を振っている。残りの影も四天王たちだ。
「ほら行こう。皆待ってるよ」
「はい!」
背中を押すと、少年が一人、仲間たちの元へと駆けて行く。俺
たち六人のパーティは、周りの活気を受けながら、この街で初めての夏祭りへと繰り出した。
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