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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の祭りを開くには
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・サチコと夏祭り4

・サチコと夏祭り4


 さっきのどうでもいい一件で、かなり時間を取られてしまった。少しだけ急ぎ足で東側の市場へ向かう。


 ちなみにバスキーと遭遇したのは北側だ。人間用のトイレが多いのは、北から東の人間側の区画である。それも一つ失われてしまったが。


 俺は反時計回りに、祭りを回っていることになる。となれば次の行先は、人間側の迷子センターであり、目的の人物はウィルトだ。


 やはりミトラスは最後だな。こういうのは主人公が一番最後と、相場が決まっている。


 東側には屋台は無く、酒場の出張店舗とでもいうべき場所が、点在していた。注文をすると外にあるテーブルまで料理が運ばれてくるのだ。


 テイクアウトもできる。


「それじゃあ、もう迷子にならないように」

「お?」


 市場の入り口で人間の親子を見送る、四天王であり父親であり先生のエルフを見つける。


 にこやかに手を振る彼は、親子の姿が見えなくなると小さく息を吐いた。外見は、ちゃんと法被を着こんでいるな。感心感心。


「お疲れ様」

「ああ、サチコさん」


 この人は俺のことを、あだ名じゃなくて名前で呼ぶから正直やりにくい。呼び易さならサチウスのはずなのだが。


 案外娘の友だちを同じようにあだ名で呼ぶことに、抵抗があるのかも知れない。律儀だ。


「迷子だったの?」

「ええ、でももう大丈夫でしょう」


 子どものことを案じる横顔はとても穏やかだった。憑き物が落ちたっていうのか、こんな優しい顔をする人が、どうして今までのような表情をしていたのか、不思議でならない。


「そういえば、先程向こうで騒ぎがあったようで」

「ああ、バスキーが農家に襲われてた」


「あまりアレとは、関わり合いにならないほうがいいですよ。得体が知れません。パンドラが帰参した日に合流したそうですが、ずっと彼を見張っていたということですからね。竜からすれば欲しい財宝を手にする為なら、数年耐えることなど何でもないことです」


 厳しくも真面目な忠告だ。思えばこの人の年齢は知らないが、立ち位置的には長老格のはず。


 それはつまり、俺の知らない皆のことを、知っているということでもある。


「少し、ご一緒させてもらっても構いませんか」

「いいの? ディーがそろそろ来るんじゃないかな」

「ええ、ですから少しだけ」


 それを聞いて思わず吹き出してしまう。ちゃんと家族サービスをし合っているようで何よりである。こうもはっきりと娘が来るまでの、時間つぶしに使われると却って清々しい。


「分かったよ。それで、何を話したいんです」


「まずはお礼を。あなたのおかげで、私たちは家族に戻れました。ありがとう」


「気のせいだよ。ずっとそうだったんじゃないかな」


 今度はウィルトが苦笑する。

 彼に促されるまま、迷子センターへと歩いていく。


 途中で俺の服に目を留めた、人間のお客さんから声が上がったので、ちょっと澄ました面をする。皆服に釘付けだ。服に。


「ええ、でもあなたが、仲間たちがいなければ、私はずっと気付かずにいたことでしょう。そうして娘を、傷付ける日々を繰り返していたと思うんです」


 東側迷子センターの簡素なテントに入り、やはり簡素な木の椅子に腰かける。彼は続けた。時折道行く人たちが、好奇心からこちらを覗き見る。


「私は、今でも悩むんです。人間に追い立てられて、一時は彼らを憎んだ。戦いに明け暮れて、過去を清算しようとした。でもね、私は元々人間たちを育てていたんです。無理があった。手遅れになってから、罪悪感に挫けて、また子守りに戻りました」


 ディーと似ているが、ずっと深く暗い光彩が、祭りの光を吸い込んで、潤む。


「育った子どもたちは、やはり戦いに出た。私が殺めた者たちの中にも、そういう人はいたでしょう。気付けばあの子しか残ってなかった。魔物から生まれた、人間そっくりの娘。私に残された天罰のようだった。だけどそれだけが希望のように映った。縋るより外に無かった」


 ウィルトの瞳は、ここではない何処かと、誰かを見ているようだった。俺とは違う景色を見てる。


 それがはっきりと分かる。


「どうすれば、あの子たちが生きていられたか。そればかりを考えていました。あの子の明日のことなど、考えることもなく」


 そんなことはない。ディーがミトラスたちに誘われたとき、この人は好きにしろと言ったはずだ。


 縛り付けようと思うなら、何も考えていなければ、そんなことは言わないと思う。


「でも今は違うでしょ。こうして待ってるんだから」


 重たくて迷惑な自分語りに口を挟んでやると、ウィルトが顔をこちらに向ける。


 意識が過去から今に帰ってきたらしい。そういうのは娘と教え子とやれ。


「もっと元気を見せてよ。苦労のせいか老け込んでるけど、四天王じゃ若いほうなんでしょ? あくまでも聞いた話だけど」


 ミトラスが言うには、パンドラが実年齢的にも所属期間でも、魔王軍最古参に当たるらしい。


 次にバスキーが転がり込んで来て、手の平と所属を翻し、次にウィルトが逃げて来て、ミトラス、ディーが生まれたとのことだ。


「若い、かあ。言われてみれば、私もエルフだとまだまだ青二才と呼ばれる歳なんだな。思い出すまで分からなかった」


「ディーが一人立ちしたらさ、お嫁さんでも探してみたら?」


 そう言ってやると彼はきょとんとしていたが、次第にくつくつと笑い始めた。何がおかしいのか、初めてウィルトの相好が崩れた。


 笑顔が二人によく似ている。


「言われてみれば、今日まで私は、ずっと独り身だったんですねえ。所帯も持たないで、今まで何をやってたんだか。お嫁さんかあ……」


 何がおかしいのか分からないが妙に明るくなった。楽しい思い出でもあったんだろうか。


 不意に、俺の目を覗き込むウィルトが、穏やかな笑顔を浮かべたまま、言った。


「サチコさん、ミトラスの運命の海に飛び込んでくれたこと、心より感謝します。あなたたちに、今日のことを喜べる明日が来ることを、願っていますよ」


 そう言っておもむろに立ち上がった彼が、俺の後方に向かって手招きする。


 見れば屋台で色々と買い込んできた、ディーの姿があった。軽く手を振りながら、こちらに来る。


「サチウス、また会ったわね」

「うん、でももう行くところさ」


 俺が立ち去ろうとすると、彼女は買い物袋を父親に渡して、追いかけてきた。少し不安そうな表情をしている。外見も少女にできないものかな。


「あの、もしかして、父さんがまた、変なこと言わなかった?」


「変なこと?」


 どう答えていいものか返答に困る。重たい自分語りに混じって、感謝されたとは言えない。


 他に変なことと言えば、お嫁さんという言葉がツボに入ったくらい。待てよ。


「ディー、一つ聞きたいんだけどさ」

「うん? なに?」


 声を潜めて話すと、彼女もまた顔を近づけて小声になる。ウィルトは受け取った食べ物を机に並べているところだった。パンや串焼き、焼きパスタなどだ。


「あのさあ、ディーって昔、親父さんのお嫁さんに、なるとかって、言ったことある?」


「え、…………っ!! 父さん!」

「なんですか? えっあ!」


 顔を真っ赤にしたディーに、胸倉を掴まれたウィルトは、そのまま走り出した娘と共に、姿を消した。


「父さん、話があります……!」


「ディー、待ちなさい! 離しなさい! 何をそんなに怒っているんですか!」


 二人の声も遠ざかって行く。


 たぶん後で娘に詰問されることだろう。まさかとは思ったけど、本当に言ったことがあるとはなあ。


 故人を偲ぶことは大切だけど、一生喪に服せなんてのもあんまりだ。俺みたいな知らない顔が、通りすがるようになったんだ。


 あの二人の喪も、そろそろ明けていいと思う。

 そういえば、群魔にお盆ってあるのかな。


 そんなことを考えながら、俺はもう一つの迷子センターを後にした。

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文章と行間を修正しました。

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