・夏祭り前日
・夏祭り前日
「遅くなって大変申し訳ありません」
八月の中旬を迎えた某日、群魔区では一つの書類に四つの署名がなされた。
それはかつて魔王軍で、魔王に次いだ実力者たちであり、彼らの名を連ねたこの書類はいわば、魔王の息子以外の、旧魔王軍トップも人間に対し、敵意はないと言外に示すものであった。
「夏祭りの運営管理責任者の欄、うむ! 確かに名簿は埋まっておるな。いやはやしかし、大したもんじゃのう。あの四天王が揃い踏みとはいやはや、これでは誰も文句は言えまいて」
最後まで残った、本来なら最初に出すはずの書類を俺から受け取りながら、市長ことタカ爺は言った。
「やっぱり四天王ってすごいんですか? 本人たちは人間側が勝手に称号つけたりなんだりしただけって、言ってますけど」
俺の質問にタカ爺が苦笑する。髭を扱いて、何かを思い出すかのように話し出す。
「そりゃそうじゃろう。人間側に最も被害を出した連中じゃから、四天王なんて呼ばれ出した訳じゃしの。一時は詩人たちの間でも人気があったんじゃ。何せ人間側の自業自得で敵に回したから、劇的じゃったよ。じゃから当時は士気に関わるからと、詩人たちに魔物の歌を歌わせないようにと、お触れも出たくらいなんじゃ。そうかサチウス君は知らないか」
「へえー。本人たちはあんななのに」
あんなと言われた連中は、明日の祭りに備えて会場の設営を手伝っている。火や水は魔法でなんとかなるけど、屋台はそうはいかない。
そう、今日は夏祭りの前日だ。ギリギリもいいところである。むしろ事後承諾に近い。
なお祭りの開催区画は、役所を中央に市場から続く大通りと、唯一他区との接点である、北側から住宅地のある南側までで、歪ながらも十字路を描いている。
魔物側は西と南と役所まで、人間側は市場のある東及び北という区分けがされることとなった。パンドラは両替機として役所の前に設置される。
ここで来場者に注意喚起と両替サービスを行うことになっているのだ。
バスキーはパンドラから大量の銅貨を貰うと、早速会場の視察に行った。消費活動ができるのは明日からなのだが、いち早く唾を付けにいったのだろう。
ミトラスは救護班だ。事故や怪我人が出れば、駆け付ける手筈になっている。
あいつの回復魔法なら、街に次回作のボスでも出なければ、大丈夫だろう。
ウィルトとディーは迷子センター担当だ。
ウィルトが人間側、ディーが魔物側。
本人たちの性格を考えると、逆のほうがいい気もするが、来場者への心象を考慮するとこうなった。
先日まで人生に傷つき、迷いに迷っていた二人に任せるのもどうかと思うが、仕事は仕事だ。
そして俺はというと、当日非番である。
これはミトラスが俺への後ろめたさと、気遣いからしてくれた処置だ。
となればもう皆の所を巡るしかない。夜まで会話して好感度とフラグを立てるしかない。観覧車がないのが悔やまれる。
「まあ、一番強い連中が戦いたがらない、というのが儂らからしたら良い皮肉じゃわい。血貨将パンドラ、喰らった人間を財宝へと変える死の神器、欲竜将バスキー、人と交わり道を踏み外す。戦鬼将ディー、数多の戦場を馳せ、貫けぬ敵陣無し。怨魔将ウィルト、仇を求めて戦場を彷徨う。詩人の歌はこんな感じで始まって、それぞれの挿話に続くんじゃ。英雄譚にはない味があって、市民には割と受けがよかった」
なんかバスキーだけひどくない?
「市長は明日いらっしゃるんですか? 良ければご案内しますが」
「ありがたいが、流石にそれは悪いというものじゃ。君にも予定があるじゃろうし、共に過ごしたい相手がおるじゃろう。ならばそうしなさい。よいね」
と、タカ爺が非常に紳士的に、遠慮してくださったので、晴れて俺の自由は確約された。夏祭りは明日の夕方からだ。
今日はこの後皆を手伝い、それから当日の計画を立てよう。
「市長、ありがとうございます」
「なに、気にすることはない。儂みたいな年寄はの、お前さんみたいな若者にいい格好をするのが、一番楽しいんじゃよ」
そう言ってタカ爺は去って行った。役所の中は珍しく静かだ。和服を作っている皆も、今日明日は出払っている。
「俺も、行くか」
部屋でごろごろしててもいいが、それじゃなんだか味気ない。
留守番をする者が一人もいなくなってしまうけど、役所に用がある人は、たった今帰ったばかりだ。
外に出れば、夏の陽射しに照らされた異形たちが、右へ左へと急いでいく。
明日は夏、群魔の夏。彼らの平和を願う第一歩が、ようやく形になろうとしている。
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