・順当な結果
・順当な結果
日もまだ登りきらない早朝。俺たちは有給を使って休み、相手を呼びつけるという、失礼極まりない暴挙に出ていた。勝負どころなのは分かっているが、それでも内心では非常に緊張する。
ここは群魔区トレーニングセンター。前に赤っ恥をかいてから、ほとんど来ていなかったが今日は別だ。
俺は安全面から観客席の最上階にいて、グラウンドにはミトラスたち四人がいた。ほどなくして反対側の門から一人の人物が歩いて来る。
あれがウィルト……。
「うお! 美形!」
予め用意しておいた観戦用の望遠鏡で相手を見る。銀髪碧眼色白で、ミトラスより年上だが外見は少年の域をまだ出ていない。下がり気味の眉に影のある物憂げな三白眼、顔も小さい。
ショタの師匠はショタ爺か。杖がミスマッチだな。
「あれが、そんな酷い目に遭ってきたのか……」
悪墜ちした元聖職者っていう点は分かり易いけど、実際に目の当たりすると言葉が出ない。
漫画や乙女ゲーのボーイズは、二次元と三次元の線引きがあるから魅力的なのであって、現物を前にしては俺の脳味噌では『可哀想』ぐらいしか、思い付いてやれない。そしてそれは口に出してもいけない。
「やば、こっち見た」
望遠鏡越しにウィルトと俺の目が合う。相手は一瞬意外そうな顔をしてから、ミトラスたちに向き直る。
少しだけ話をして、お、どっちも構えた。いよいよ始まるらしい。双方の距離は五メートルくらいか。
「皆がんばれー!」
ディーとミトラスが、こっちに手を振ってくれた。それからしばらく両者睨み合っていたけど、甲冑姿のパンドラが、自分の頭をぶん投げると、四人が一斉に動き出した。
ウィルトが投げつけられた頭を蹴り返し、弾丸のように突っ込んで行ったディーに杖を振ると、彼自身が後方に吹き飛んだ。
突風で巻き上げられた砂が顔を叩く。痛い!
「あ、これもしかして魔法か!?」
以前のおっさんといい今回といい、もうちょい視覚的に分かり易い魔法を使って欲しい。そんな俺の要望が届いたのか、グラウンドで爆発が起こる。
突然の熱波が顔を叩く。熱い!
「まずいぞ、じっとしているだけでも、とばっちりが辛い!」
初めて見るそれっぽい魔法に感動したかったがそれどころではない。階段まで移動し、そーっと頭を出して中の様子を窺う。
戦いの流れは単調だった。安定しているとも言う。ディーが攻撃を受けながらもウィルトに突撃し、後ろでミトラスが魔法で、パンドラがどこから取り出しているのか、投石で支援する。
ウィルトが魔法でディーを吹き飛ばすか、自分から距離を取り、バスキーはディーとミトラスたちの間に陣取っては、状況を見て前衛か後衛として動く。
誰かが負傷すると、ミトラスが何やら魔法を使う。すると忽ち傷が塞がる。あいつは回復枠だったのか。納得できるけど、魔王の息子としてそれはどうなの。
そしてこの光景が、実に数時間に渡り繰り返されたのだ。
たまにトレセン全体を揺るがし、埋め尽くす光線が放たれたり、焦げた会場内で壊滅したパーティーが、ミトラスの魔法で復活したりと、危うい場面も何度かあった。
俺も避難に大わらわだった。何せ勝手に帰っていいものかどうか、分からないんだから、何かがある度にうろちょろ逃げ回るしかない。
鼻先で瓦礫と瓦礫がぶつかって砕けたときは本当に帰ろうかと思ったくらいだ。
そしてようやく静かになってきた頃に、グラウンドを見れば、そこには炭化した木箱と地面に突っ伏したドラゴン、最早和服の面影もないぼろを纏ったミトラスがいた。
同じような状態のディーは、気を失っているのか、ぐったりとして動かないウィルトの体を抱えている。
戦いは終わった。ミトラスが棺桶のようにパンドラを引きずり、ディーが気遣わしげに、父親を背負って帰ってくる。
俺はグラウンドに向かい、彼らに駆け寄った。夕日に照らされた皆は、昨日とは打って変わって、憑き物が落ちたような顔をしている。
「終わったのか?」
「ええ、先生の気持ちも確かめました。これで夏祭りが開けますよ」
「そうか、良かったな。なあ、俺が呼ばれた意味ってあったのか?」
戦いが終わったので、俺は疑問に思っていたことを聞いた。はっきり言って俺は部外者だ。戦えないから参加できないのは分かる。
なのに連れて来られる理由は何か。同行者だから、最悪進行に必要な特攻ないしは、死亡イベントがあるものと覚悟していたけど、蓋を開ければエンディング後に、主人公に声をかける仲間その一だ。
これはちょっと納得しかねる。
「ああ、それですか。そうですね。もう教えてもいいでしょう。怒らないで、聞いてくれます?」
ミトラスが上目使いでこちらを見る。さっきの精悍な顔つきが、恥じらいを伴ったものに変わる。ああ、こういう時は、だいたい嘘か悪戯なんだよな。
俺がときめいて甘やかしたから味を占めたんだこの小童。
「その、ね。サチコが見ていてくれると、僕もやる気が出るから……」
まあいいけどね。
今日のところはその半裸で許してやる。
「皆さん、本当に父がご迷惑をおかけしました」
「いや、いいんだ。僕も先生の力になりたかったし」
「この一件で被害者なんていないだろ。正直俺には分からないことだらけだけど、とにかく良し。帰ろう」
畏まるディーに、二人でそんなことをいいながら、俺たちは役所へと戻った。
珍しく他の魔物たちは帰っておらず、玄関前で俺たちのことを待っていてくれた。ようやく魔王の息子と四天王が、群魔に集ったことを知って、彼らも喜んでくれた。
「あれ、何か、忘れているような」
「気のせいでしょ。上手くいくと不安になるのって、必ずあるからさ」
ディーが不吉なことを言うけれど、俺は取り合わなかった。父親と丸一日戦っていたし、結果も希望が残るものだった。だからまだ何かあるのでは、と不安になるのは当然のことだろう。
「そう、そうですよね」
「そうですよ」
「そうそう」
夕日が空の向こうに沈んでいく。何故だかそれを、俺たちは全員で見ていた。
夏のとある日、どんな約束もないのに、太陽が見えなくなると、俺たちは今日という日が終わったのだと思った。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




