・その名はパンドラ<後編>
今回長めです。
・その名はパンドラ<後編>
「おーん。なるほどなあ。要は名義と面を貸して祭りも手伝えってんだ。簡単だな」
「僕は約束のために来たんであって、お金の無心に来たんじゃないよ」
器用にも胡坐をかいたパンドラが、面白くもないといった感じで呟いた。
ミトラスが頬を膨らませて怒る。
足の震えは落ち着いたようだ。
俺たちは今役所へと戻って来ていた。流石に何もない荒野で、砂塗れになってまで立ち話をする、理由がないからだ。ここはいつもの会議室。
「約束って?」
さっきからミトラスの言っている内容が、ずっと気になっていた。言ってしまえば彼がパンドラを勧誘するに至った条件だ。
その条件が既に満たされているなら、教えてもらってもいいだろう。
「自分で稼げるようになるまでは、二度とオレには頼らないって言ったんだ」
「頼るってミミックだよな?」
初対面の際の衝撃から、取り繕い損ねたので、俺の態度は素のままだ。
そんなことよりもミミックに頼る。金の無心。稼げるようになるまで頼らない。
これが示すことはつまり。
「そうは見えないけどお金持ちなの?」
「見えないとはなんだ、この姿は変身してるだけだ。元はちゃんと豪華な宝箱だよ!」
あ、そうなんだ。言われてみれば箱の姿とか便利な要素なさそうだもんな。しかし変身か。魔法かそれともミミックの特殊能力なのか。
「オレはな、他のミミック共とはワケが違う。偽物の宝じゃなく、本物のお宝を作り出せるんだ! しかも一を入れたら一しか出せないけち臭い仕様じゃない。一を入れたら、幾らでも、何でも出せる! 俺が分かる範囲でだけど」
自分を親指で指しながら、自慢をする甲冑。気弱に付け足した部分が弱点になってない。言っていることが本当なら、ちょっと言葉にできないくらいすごい。
「え、なにそれ。それじゃお金とか道具出し放題ってこと? チートもいいとこじゃないの」
「だから僕は彼の力を、頼ってはいけないと思ったんです。区長になって、最近は区の税収も入り始めて、彼を財布扱いせずにいられるようになったから、ただの部下として、戻って欲しいと声をかけました」
ああ、金銭及びアイテムカンストで始められたら、どれだけ楽だったことか。そのほうが堕落しないとしてもお前魔物だろうが。
追いつめられるくらいなら、頼れば良かったのに。居住まいを正して、ミトラスが尋ねた。
「今一度聞きます、パンドラ。僕の元で、また働いてくれますか」
「二度は言わんぜ、ミトラス。オレはまた、お前の下に仕えよう」
少しの間見つめ合うと、気が抜けた様に笑い合う。二人だけの世界だなあ。
「サチウス、彼に中を見せてあげて」
疎外感を感じていると、パンドラに役所の中を案内するよう、ミトラスから言われた。
「畏まりました。こちらへどうぞ」
「へへ、ここが第二の拠点か。詫住まいだが見知った顔もいる。悪かないじゃねえか」
上機嫌なパンドラを連れ、俺は会議室を後にした。所内のこと、これまでのことを説明するとして、俺は俺で、なるべくこいつのことを知っておきたい。
――実を言うと俺はサブカルに触れてからずっと、こういう『アイテムと人物の中間』のような友だちを持つのが、夢だったんだ。
*
「それで? 何が聞きたいんだ?」
歩幅の差から、案内しているはずの俺よりも、先を行くパンドラが、おもむろに立ち止る。
不思議なもので、顔がないのに、人間ならどういう表情や気分をしているのかが、なんとなく分かる。
本人がそういうふうに振る舞っているんだろうか。
「あ、わかる?」
「それだけソワソワしてればな。で、どうなんだ?」
そんなに態度に出ていただろうか。
なんていうか感情豊かなロボット系のキャラを相手にしているようで、柄にもなく燥いでいたようだ。
「ええと、そうだな。先ずお前が人間側を抜けた理由だろ。次にずっと魔王城にいた理由。それからさっき言ってた本物の宝が作れるってことについて聞きたいことがある」
「ありきたりだな。もっと奇抜なことを聞くかと思ったぜ」
ミミックの作り方とかも気になったけど、それは今はどうでもいいし、ミトラスとの関係を聞いて惚気が始まっても困る。
それはまたの機会に聞くことのしよう。
「そうだな。一つ目の質問だが、答えは簡単だ。オレが人間に愛想が尽きたからだよ。自分で言うのもなんだが、オレはミミックの最上位種で、その中でも最強だった。どれだけの財宝を腹に納めたか知れないし、どれだけの盗人を、食い殺したか分からない。オレのファンなんかもできて、寿命で死んだ後に神殿に奉納されたことさえある」
それはファンというよりは信者に祀り上げられたってことじゃ、いや、同じことか?
とにかく信頼と実績の歴史ある逸品だったわけだ。
「そうして長いこと祀られているうちに、オレは復活した。良い意味で化けて出た訳だ。そしてこの何でも際限なく造り出せる力が備わっていた」
「長く使われた物には、命が宿るというけど本当だったのか」
魔物によってはそんな形で蘇ることもあるんだな。物はゾンビにならないけど、道具に戻った後、大事に使うと付喪神みたいになって、パワーアップして復活するのか。
下手な英雄譚よりヒロイックだな。ていうかその力は神徳とかいうのじゃないのか。
「しばらくは人間の、なんていったかな。今はもう無くなった国にいたんだよ。オレがいたから困窮することはなかったな。国は見る見るうちに栄えたんだが、すぐに悪いことを考え付いた奴が出た」
「悪いこと?」
だいたい想像がつくけど言わせよう。
こういう奴はきっと、聞き役とかいなかっただろうしな。サービスだ。
「邪魔な奴をオレに食わせたんだよ。暗殺と証拠隠滅には持ってこいだわな。オレに倒されたり、食われた奴は、その場で金品になってロストする訳だ。どんな蘇生手段も受け付けない」
ゲームではありふれた光景だが、現実にされるとかなり絶望的だ。二束三文の貨幣がその場にちゃりんと落ちて、終了するしかないんだから。
神のご加護欲しさに身を売れば、肝心の復活するべき自分がないと、こうなる訳だ。
「最初こそ犠牲者は正真正銘の罪人だったが、すぐにそうじゃなくなった。政敵、不倫相手、手遅れな重病人と、とにかく“いらないやつ”を、寄って集って金に換えに来た。最後は子どもだったな。口減らしなんかしなくて済むのに変だと思った。何故だと思う?」
パンドラの過去は気楽な話しぶりに反して、とてつもなく重たい。
話す口調も柔らかいものの、単調になっている気がする。廊下の電灯が小さく点滅した。
「子どもの暗殺者だったんだ! これが! 酷過ぎるだろ? もう付き合い切れなかったからさ、オレも逃げたよ! あいつらもオレが話せるとは思ってなかったんだろうな。泡食ってた。ついでに神様のふりして詰ったら何て言ったと思う? 今更神様になんか出てこられても困るって! もうね、一生分は後悔したんじゃねえか。こんな奴ら助けるんじゃなかったって」
パンドラは腹を抱えて笑い出した。息もできないとばかりに体を揺すって、げたげたと汚い笑い声を上げ続けた。
少しして、悲しげな笑いも落ち着くと、続きを話し始める。
「あとはもう金と宝と国の秘密をばら撒き続けて魔王軍に逃げた。そこで金の価値の分からないミトラスに会って、玩具扱いされたり他の魔物を助ける手伝いをしていた。で、魔王軍が終わる日にあいつが言った。オレの力に頼らなくて済むようになったら迎えに来るから、自分とは別れてくれって。さっきの約束だよ。だけど行き場がないだろ? だからあそこに、ずっといたんだよ。これが二つ目だな」
不憫。
道具の善悪は、使う人間次第という詭弁があるが、それでもパンドラを悪い道具呼ばわりするのは、気が引ける。
本人は気にしてないようなのが却って反応に困る。
「で、三つ目だが、オレの力で何か気になるところがあるのか?」
「あ、ああ、それなんだけど」
どうしよう、こんなしょうもない案件を相談してもいいんだろうか。
いや、むしろ今はこういうのが、パンドラには丁度いいんじゃないだろうか。俺は勇気を出して、それを尋ねた。
「お前、お金入れたらお釣りって出せる? 同じ金額なら別の貨幣に換えたりとか。できるなら出店の通りにいて、魔物たちの屋台のお会計を手伝って欲しいんだけど」
「……………………………………………………………………」
ほら見ろ黙っちゃったじゃないか。要するに両替機とかレジの役目を任せたかったのだが、このレベルの相手に頼むことじゃなかった。
後半のボスキャラに、最初の町のお店を任せるとか聞いたことないしな。
「何? それだけ? 何か欲しいとか、出せとかじゃないの?」
「いや、ないよそんなの。あるとしたらお客さんが、払ったお金のお釣りとか、両替できるならしてくれってだけで……」
まずい、なんだか急に間が持たなくなってきた。
変な言い方だが、さっきから雰囲気を出してたパンドラに対して、今は何も感じない。
沈黙が限界に達したかと思えたとき、彼の目出しの部分が激しく輝いた。
「できるに決まってるだろー! お前はオレを何だと思ってるんだ! オレに両替? お釣りの計算!? 馬鹿にするなやってやろうじゃねえか!」
「おお? おー! そうかー! やってくれるか! ありがとー!」
テンションの落差に付いていけないから、棒読みになってしまった。だがこれでパンドラが怒ってはいないことが分かった。それどころか気を遣ってくれての反応だったようだ。
「それとなサチウス。別にオレの生い立ちなんて気にするな。ていうか聞いておいて困られても困る。だから話が済んだら、態度も戻せよ、いいか?」
「あ、はい。すいません」
だから急に態度を変えないでくれ。
でもそうだよな、興味本位で聞いておいて引くとかちょっと失礼だもんな。
内心で焦って泣きそうだったのを、逆に支えて頂いた形である。陽気ってのはこういう所を指していたんだろうか。
「あと、オレのことはパンドラでいい。遅くなったがこれからよろしくな、サチウス!」
「あ、うん。よろしくパンドラ」
半ば強引に握手をされて、そのまま何事もなく案内が終わった。今更だけど、四天王ってけっこう重たい過去があるんだな。
たぶん他の人、魔物たちもそうなんだろう。だけどそれを気にし過ぎないほうが、当人たちにとってもいいのかも知れない。
「ところで血貨将って称号は誰がつけたの?」
「それは人間が勝手に言い出したんだ」
「あ、そう」
そう、丁度今ぐらいの気持ちで話すのがいいんだ。
俺このとき、また一つ学んだのだった。
――血貨将パンドラ・祭りでの担当。
・両替、会計部門に決定。
タイトルがしっくりこないので修正。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




