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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物と明日を歩むには
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・番外編(最終回) もうひとつの明日

・番外編(最終回) もうひとつの明日


 光に包まれた後に俺が立っていたのは、生き物の気配一つ、生活の匂い一つしない、何とも殺風景な一室だった。三年間もいい夢を見ていたけど、それも一区切りだ。ここは紛れもない俺の家。


 前の所有者は祖母。家の借金こそ返し終わっているものの、相続税は残ってる。


 前の俺にとっての終の住処だった。広くも無い平屋一階立て。外側は鉄筋、内装は木造。


 玄関入って廊下の手前側、左右に居間と台所。奥に進んで左側に部屋二つ。押入れ有り。


 右側の一つは空室で、台所の隣に脱衣所と洗濯機。その隣は風呂に繋がっている。トイレも同じく隣で、廊下に面して位置にある。


 テレビは二台。俺の部屋と居間に一つ。祖母はテレビを見なかったので、コンセントは抜いてある。


 少し歩く。フローリングの床に埃は落ちていない。前に俺が掃除していたからだ。自分の部屋に行く。


 前以てウィルトが送ってくれただけあって、元通りになっている。いや、少し違う。


 ゲームのディスクも、ちゃんと元のケースに戻されている。いつも別のゲームをするときに、そのままそのケースに仕舞っちゃうのに。


 他にも箪笥の中、着替えの類が全て畳まれて、整然と並んでいる。下着に至るまで。


 本棚の中身も大して入ってない机の中も、整理なんかしたことないのに、綺麗にまとめられていた。


 それはつまり、あの異世界が、ちゃんと現実だったことを、意味していた。


「そりゃそうだよな」


 独り言を呟いて、窓の外を見る。


 寝ていたから分からなかったけど、日も随分高い位置に来ている。天気は晴れ。窓を開けると、どうってことのない風が、部屋の中へと吹き込んできた。


 暖かいけど空模様によっては、暑くなりそうでさえある。外から聞こえる音はまばらで、別に聞きたくもないから、すぐに閉めた。


「サチウス」


 不意に後ろから声をかけられた。


 振り向くとそこには、この世界に不似合いな猫耳とファンタジックな緑髪、金色の瞳の子どもの姿。直前に見た。シャツとズボン。


「ミトラス」


 駆け寄りたい衝動に駆られる。でも、何故か戸惑ってしまう。そうしていいのか、この世界にいるというだけで、何かをしてはいけないという気になる。


「お邪魔してます」


 照れくさそうに頬をかきながら、彼ははにかんだ。


「ここが君の住んでた世界なんだね。何度か覗いてみたけど、実際に来るのは初めてだ」


「あまり良い所じゃないけどね」


 ミトラスを隣の空室、祖母が使っていた部屋に案内して、荷物を置いた。


 必要な物は後々用意する予定だ。そして今は、俺の部屋で話している。何と言ってもここが一番、俺たちにとっては過ごし慣れた場所だから。


「それで、いつからなの。君の学校」

「明日」

「明日!? 明日って、すぐだよ!」


 驚いてミトラスが立ち上がる。そうなんだよな。


 本当、もうすぐなんだ。それにも関わらず、ネトゲやって爆睡してたんだから、どれだけ嫌だったんだって話だ。


「初日からしばらくは挨拶と説明だけだよ。そんなに焦らなくても大丈夫」


「そうなの? それならいいんだけど」


 心配そうに、こちらを見上げてくるミトラス。俺はベッドで、彼は机に備え付けの椅子に座っている。


 珍しく俺のほうが見上げる形だ。


「何か俺よりもお前のほうがずっと緊張してないか」

「当たり前でしょ。あなたのことだもの」


「こいつめ!」

「わあ!」


 気障ったらしい言い回しを、これまたすんなりと言いやがって。


 抱っこしてベッドに引きずり込んでやる。まだ日は高いけど、知らないね、そんなことは。


「本当に言うようになったな。嬉しいよ。ミトラス」

「サチコ……」


「こういう日があってもいいかなって、考えなくもなかったんだ、それで、なんだけど」


 やばい。やっぱり夜まで待てば良かったかな。でもそこまでムードがも保つかは疑わしいし。


 ええい怖じけるなサチコ。

 ウィルトの言葉を思い出せ。

 俺たちの運命は一つのはずだ、たぶん。


「なに?」


 くりっとした瞳を向けて、くりっと小首を傾げる。この辺まではもう慣れたので、身構えたりもしない。でもこっちの顔が熱くなってくるのを感じる。


「その、お前もこういうのがいいって思ってたんだろ。だからさ、その、月並みだけど、言っておこうと思って」


 下に組み敷いたミトラスと目が合う。息を吸って、吐くのが躊躇われる。


 息、かかる、よな。この距離だと。

 心臓が、うるさい。俺の。


 でも、言う。


「うち、今日、親いないんだ」


 言った。言ってやったぞ! ていうか、俺の家には親がもう何年もいないんだけど。


 そしてミトラスはといえば、告げられたことの意味が分かったのか、さっきまでの微笑みはそのままに、徐々に顔全体を赤く染めていった。


 無言のまま体を押されて起こされた。そして何故か正座で向き合うことになった。


「あ、あの、その、ふっふつつか者ですが、よろしくお願いします」


「馬鹿。それは俺が言う台詞だろうが、お前は頑張るとか、優しくするとか、そう言えばいんだよ」


 ちょっともう、こんなリードの仕方があるか。もうやっぱり夜まで待ってからにすれば良かった。


「あ、ごめんね。その、うん、がんばります……!」


「うん。それじゃ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


 とは言ったものの俺たちはそこまでが限界だった。結局は夜を待つこととなり、俺とミトラスはもう何度目になるか分からない同衾を、果たしたのだった。


 でもこの日の夜は、今までと少しだけ、違う夜に出来た。


 どう違うのかは、止そう、わざわざ改めて考えることじゃない。


「おやすみ、サチコ」

「おやすみ、ミトラス」


 ちょっとすることが増えたけど、特に何も変わったりはしない。


 いつもと違う明日が来ても、いつもと変わらない寝顔が、すぐそこにあることは。


 当分の間、変わることはないだろう。


 変わったと思えたことといえば、やっと、胸の支えが取れたような気がしたことかな。


「ねえサチコ」


 腕の中の彼が囁く。


「なに、ミトラス」

「実はね、ずっと、言いたかったことがあるんだ」


 それは俺たちが、いつも思いながらも、敢えて殆ど言葉にしなかったこと。それは。



 ――あのね。

 ――僕は、僕はサチコのことが……。


 ――

 ――――

 ――――――



「……俺も……」



<了>

 これにてこの章及び魔物とシリーズは完結となります。

ここまで呼んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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