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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物と明日を歩むには
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・小さな戦い 前編

・小さな戦い 前編


 鋼の篭手に包まれた拳が、鈍らの剣を容赦なく圧し折る。当然といえば当然だが、切れ味も無ければ強度も下回るような物は、武器足り得ない。


 この戦いで攻撃と呼べるものは、互いの肉体に頼った原始的なやり取りだけだ。


「圧せ! 出力はお前が全体的に上回っている!」

「捕まらないで! それだけの足は君にもある!」


 お互いにあまり中身の無い指示と檄を飛ばす。細かいことを言うと、混乱するから控えないといけないんだが、黙って見ているのも味気ない。


 こういうのは気持ちが大事だ。


 スカルパラディン(以下骨聖騎士)が、甲冑姿に似合わぬ細かい足捌きでもって、間合いを詰める。


 それに対してスカルナイト(以下骨騎士)は、折れた剣を捨てると、盾を持った右腕を前に出し、半身を逸らした姿勢で緩く構えている。攻撃を受けては下がり、円を描くように移動、これを繰り返す。


 露骨なカウンター狙い。捌き、いなして小さく刻んでいく腹積もりなのが、見え見えだ。


 しかしそれに乗るしかない。

 乗った上で粉砕するしかない。

 絡めてなんぞほとんど持ってないのだから。


「構わんから殴らせろ! 一発食らったら二発、二発食らったら三発だ!」


「続けて! 続けば勝てるから!」


 安全に考慮した盾は流石に丈夫で、骨聖騎士が何度殴っても、壊れることは無い。歪むことはあっても、それで防御力が落ちるという訳でもない。


 そんな攻防を十合ほど、繰り返した辺りで、動きがあった。骨聖騎士の左拳が空を切る。


 その腕目がけて骨騎士が拳を打ち下ろす。弾かれた片腕が戻る前に、逆方向へと回りこみ、守りを固めている残りの右腕を一度殴り、盾を押し付けてその上から更にもう一度殴る。


 二度の被撃。戻された左腕が振るわれると、離脱の際に足を軽く、爪先で蹴る。


 軽くとはいえ薄い木の板なら、容易く割れるくらいの威力はある。これで三度。上手い。


 俺はミトラスの言う二レベル分の意味を、理解させられた形だった。見れば彼は「えらい!」と喝采を骨騎士へ送っている。


「やるな」


「スカルナイトのレベルを上げるということは、それを構成する魔物たちが、よりスカルナイトの形態に習熟するということ。彼らは元のレベルが一の貧弱な魔物であることに、変わりありません。ですが、その姿になるときだけは、より一層力を発揮できるのです」


 一足す一が三にも四にもなる。本当に主人公みたいなことを、して来おってからに。


 だが俺が見てきたのは、あくまで単なる足し算で、彼はずっと前から、魔物たちの成長と生死を見てきたはずだ。


 俺の知らないレベルアップのさせかた、その時に何がどう成長するのか、分かっているだろう。挑戦者は俺のほうだった。


「スカルナイトのレベルアップは、自分たちの力を引き出し、使いこなすことを意味します」


「なるほどな。だけどこっちも、やられっぱなしじゃないぜ!」


 見れば骨聖騎士が、先程の光景を再現しているところだった。だが、そこにまた変化が現れた。距離を取ろうとする敵に、攻撃を控えて一気に急接近する。


 攻撃を繰り出すのではなく、その為の予備動作。


 唐突なステップインを警戒して、守りを固める骨騎士の前で、骨聖騎士が右手を前に突き出す。足を僅かに開き、腰を深く落とした。


 そのまま手を少しだけ下げて、拳を握り込む。握り込んだ拳を裏返し、手前へと引き込む。そして。


「っ! 盾を捨てろスカルナイト!」

「もう遅い!」


 弩砲の如き左拳が骨騎士へと放たれる。直後。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。


 古式ゆかしい正拳突きは、咄嗟に体を寄せ、小さく畳み、全力で攻撃を防ごうとした骨騎士を、ガードの上から押し込んで、後ろへと吹き飛ばした。


 追い討ちはかけずに、骨聖騎士が残心を決める。


「なんて馬鹿力、それにあんな動きをするなんて」

「けれん味って奴ね、驚いただろ」


 ここまでの改良で分かったことは、有る程度以上まで身体能力が、向上した者同士で戦うと、ただ動くだけではそれこそ、戦えないということだった。


 技が必要だったのだ。そしてここにこそ、ゾンビを起用した理由がある。


 格闘家だったゾンビは、生前の名残で幾らかの技が使えるのである。ゾンビの厳選と加工には手を焼いたけど、おかげで一矢報いることができた。


 様子見でとりあえず防御したのが仇となったな。


「今のが結構な痛手に、なってくれてると嬉しいんだけど」


 心底そう願ったものだが、そうもいかないらしい。大の字になって倒れていた骨騎士が、ゆっくりと身を起こす。防御した腕を叩きつけられた胸は割れ、赤い装甲の下から、銀色の甲冑が覗く。


「悪いね、これくらいは織り込み済みさ」


「リビングアーマーの体、じゃないとは思ったけど、ありゃなんだい」


 謎の赤い鎧の正体を問うと、彼は大きく息を吐き、額の汗を拭いながら、不敵に笑った。


 強がりはもう少し上手にやれよ。


「ジャイアントクラブの殻を細かく砕いて、蜜蝋と混ぜ合わせたものを、塗って乾かしたんです。更にマントと同じ布を、鎧下代わりに付けさせています。中身のがらんどうに近い構造も加わり、ダメージは通り難いですよ」


 甲羅を使ってセメント状にしたパテを盛ったのか。追加装甲ってことか、考えたな。ていうか妖精さんとこの蜜蝋使えるな。


 パンドラが製法を隠してたのがよく分かる。関節部の補強といい、本当に装備を充実させている。


「スカルパラディンの力は凄いけど、それが通用するとは思わないことだね。こっちも防御力はかなり上げてきたんだ。軸であるスケルトンまで、ダメージは早々届かないよ」


 なるほど、派手に吹っ飛んだけど、大して効いてる訳じゃないか。リビングアーマーにしても蟹パテで丈夫になっているし、すぐに同じ手は食わないだろう。


 外側を先にぼこぼこにして、引っぺがすのもそう上手くは行かない、ということか。


「そうか。でもやることは変わらねえぜ。スカルパラディン!」


「そう、なら目一杯付き合おうか、スカルナイト!」


 お互いに名を呼ばれ、気勢も新たに構え直す。

 第二ラウンドだ。


 今度は一転して、両者共に距離を詰める。徹底したインファイトで、勝負を着けるつもりなのだ。


 思考はまだまだ一人に人間には及ばないが、こと戦いにおいては、いっぱしの機微を見せ始めるように、なりつつあった。


『行け!』


 号令を下して再びの近接戦。先に手を出したのは骨騎士。盾を持っていない左の拳で、骨聖騎士のガードの上を軽く叩き、反撃を釣りだしては、歪んだ盾でいなして追撃する。


 回避の度に攻撃が差し込めると踏めば、必ず被せてくる。しかし。


「効いてない……?」

「いや、効いてるぜ。でも効果は薄いかな」


 執拗かつ着実にローキックで足を狙ってくる骨騎士だったが、効果のほどが見えずに、ミトラスが焦れた声を出す。


 元より表情なんか無いから、彼らの耐久力とスタミナの消耗具合が、傍で見ていて分からないのが、辛いところだ。ゲームのような表示が、あればどれほど便利なことか分かる。


「もう一度言うけど、スカルパラディンの中身は六体の魔物なんだぜ。攻撃のダメージは六人で分け合ってるし、俺も防御には無策だった訳じゃない。中にいるマッドゴーレムがクッションの役割を果たし、スケルトンの代わりに起用したゾンビの体を、スケルトンが外側から、コルセットによう包むことで、更に強靭になった。打撃が通りにくいのは、何もお前のスカルナイトだけじゃないぜ」


 トレセンでの敗北から見えて来たのは、やはり動きの悪さ。数が増えれば、理屈の上では力を増しても、実際にやって見ると、互いの噛み合わなさから来るロスのほうが大きい。


 これを改善させるには、如何にちゃんと体を連動させるか、という点に尽きた。


 マッドゴーレムは石じゃなくて、泥で出来たゴーレムの最下級に位置する魔物だが、スライムと似た使い方をすれば、接着剤と歯車、そして緩衝剤の三つの効果を発揮するのだ。


 道具としての機能に着目してみれば、非常に有用な存在だった。


 意図した訳ではないが今にして思うと、完全にこの名前を聞いて「打撃が有効なのでは?」という考えの持ち主を、餌食にするための構造である。


 ミスリードを誘発する意地の悪さだ。


 ユーザーフレンドリーに配慮すると、やはり改名は必要か。


「考えることは似たり寄ったりだったな」 


「なら後は根競べだよ。意地の張り合いをしようじゃないか」


 ミトラスが素の口調に戻った。周りに人がいたり、ちょっと格好をつけるときは、ウィルトの口調を真似たものになるけど、今は二人きりでいるときに、よく使う子どもの口調だ。


 正真正銘、俺とミトラスの勝負って感じがするな。戦ってるのは魔物たちなんだけどさ。


「頑張れ! スカルナイト!」

「負けるな! スカルパラディン!」


 二人で自分の魔物を応援すると、勝負は更に、縺れ込んでいった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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