・幕間 <装備を作ろう>
・幕間 <装備を作ろう>
※このお話はミトラス視点でお送りします。
ある晴れた昼下がり。役所の片隅に用意した荷物を整理して先ずは一息。
僕はミトラス。今や大所帯となった、群魔区の区長である。三区併合で財政を潤ったけど、行政上の手続きがしんどい。他の二区は立ち直ったんだから、そろそろまた独立して、ちゃんと区長を置いて欲しい。
そうでなければ、それぞれの区で僕の仕事を、担当する代理とかを、用意させて欲しい。市長は断固として認めてくれないけど。
上に行くほど他人が信用できなくなるのは、人間の致命的な欠陥だと思う。だから最後は戦争か、暴動で滅ぶんだ。でもそんなことはどうでもいい。
今は木っ端人民は元より、親愛なる魔物の住民たちを差し置いても、大切なサチウスとの戦いに、備えなければならない。
結局彼女は僕たちの元に戻ってくれるつもりだし、それも決まっているけれど、だからと言ってずぶずぶのなあなあで良い訳はない。
どうして僕が彼女に帰って欲しくないのかを、僕はまだ伝えてないしね。
彼女の良い所は、びっくりするほど冷静な面があることだ。
どれほど嫌なことがあっても、怒っていても、この前みたいに、さっと引っ込みが付く。恥知らずだと、人によっては思われるかも知れないけれど、バスキーさんに挑発されたとき、急に取り合わなくなるなど、意外に効果的だったりする。
ただ、それでこの前みたいなことを、言い出したりもするけど。
それに記憶力も悪くない。皆の色んな好き嫌いを、それとなく覚えているし、仕事でも報告と連絡と相談はしてくれる。失敗だって大きなものはない。
叱って教えれば、間違えた箇所も覚えるし、それで逆恨みをしてくることもない。
女性特有の謎の序列も無いし、体だってけっこう綺麗だ。一緒に暮らし始めて一年目が過ぎた辺りから、毎日じゃないけど、お風呂も一緒に入ってくれるようになった。
最近は意識しちゃうから控えるようになったけど。去年の夏に、減量した彼女を見たときは、本当に危なかった。
それなのに僕との場合は結構、というかかなり積極的だから、嬉しい反面戸惑うんだよなあ。嬉しいんだけど。
もうはっきり言って、何度滅茶苦茶にしたかったか分からないくらいだけど、普段の顔や声を思い出すと躊躇うんだ。すごい背徳感がある。
でもそれが余計にこう、したくさせるから辛いんだよね。彼女も待ってるのに、どうしても一線を越えることを、怖れてしまう。
いやいや、こんな思い出し惚気を、している場合ではない。今はサチウスとの戦いに、備えなければならないんだ。
僕の方針は決まっている。ある魔物のレベルを六まで引き上げることだ。
でもそれだけだと心許ないから、装備にも拘ることにした。
レベルが同じなら何してもいいのが、水増し式の大会のルールだ。お金に物を言わせて、武器以外はやたら強い装備をしてもいい。
そうなると空が飛べたり大型だったり、様々な特性を持っている個体を、揃えたり強化したりするのが、常道だ。
現に群魔町での大会の上位を占めるのは、そういう者たちばかりだ。そういった限られた範囲内で、より強い固体を用意し、或いは徒党、軍団を形成する。
この発想は魔物たちの交流を促して、更に廃れていくはずの、戦闘技術の向上にも繋がるのだから、一石二鳥だ。
おっとまた脱線してしまう。危ない危ない。だけどそんな中で、サチウスの用意したスカルナイトは特殊な能力もなしに、適切な武器の選択と戦い方によって優勝している。
如何に強くするか、ではなく、如何に相手に適応させるか。これが勝負の駆け引きとか、妙って奴なんだろうな。
となれば下手にべたべたと能力をくっつけて、全部乗せるみたいなことは良くない。最終的には正攻法がいいんだ。となれば、やることは一つ。
如何に僕の魔物を強化し、かつ良質な防具を用意できるかだ。安全で威力の出ない武器しか、使えないのなら、攻撃力は魔物の身体能力に頼ったほうが良い。
そうなるともう、安心できるような要素は、ない。ちゃんと防御を固めておかないと、あっさり倒されてしまう。
調達していいアイテムは、神無側ではなく群魔で入手できるものに限られる。加工をするにも時間が掛かるし、最悪の場合職人に作ってもらうことも、視野に入れたらぐずぐずしてはいられない。
僕は自分の第二の故郷を味方にすべく、休日に仕事をすることを休み、街へと繰り出したのだった。
「で、こんなに持ってきたの」
「良いか悪いか分からんけど、おかしな方向に変わったの。お主」
職権を濫用して招集した四天王が僕の前に並ぶ。
「うん、皆にはこれらの加工を手伝って欲しくて」
「そんな夏休みの宿題手伝って、みたいなノリで言われてもなあ」
「好奇心から聞きますがね、この集めた材料を、何に使うんですか」
全員乗り気じゃないけど、興味を持ってはくれているみたいだ。ならこれを活かさない手は無い。
「ジャイアントクラブの殻はまあ察しが付く。でも他はどう使うんだ」
「蜘蛛の糸、魔女の髪、蜜蝋、竹、蔦、最初のもの以外は、装甲にはならないけど」
「そこはちゃんと、用途があるんです。だから加工を手伝って」
なおも食い下がると、四人は渋い顔をした。言わんとしていることは分かるよ。僕とサチウスのことで、他の人に助力を乞うのが、卑怯じゃないのかってことでしょ。
「小僧、そりゃずるいんじゃないかのう」
「取り決めには何も違反していません! 悪いというなら、これをダメと言わなかったサチウスの落ち度!サチウスならきっとそう言います。だから、手伝ってください」
「形振り構わねえなあ」
パンドラが呆れるけど、気にしてはいられない。
他の皆は実感がないだろうけど、こういうことまでしないと、彼女に絶対に勝てないという、確信が僕にはある。
「しゃあねえな。このまま問答してても、埒が明かねえや。で、どうすりゃいい」
「蟹の甲羅を割るのはたぶん私よね」
「魔女の髪は私が加工するんでしょう」
「女子一人に総力戦か。悪い話じゃあないのう」
そしてやっぱり最後には、手伝ってくれるんだから本当にありがたい。これで出来た装備を僕の用意した魔物に渡し、そこから更に煮詰めていく。
そうすることで、僕の考える最強という訳じゃないけど、そこそこ強い魔物ができる。
群魔で手に入る材料をふんだんに使い、更には四天王の手を借りてまで作る、僕の最高傑作。まさに群魔の総力を挙げての製作だ。
お金はそんなにかかってないけど。
「皆、本当にありがとう。おかげで何とかサチウスに立ち向かうことができるよ!」
「その言い方だとあいつが悪の親玉みたいだな」
パンドラの言葉を、訂正をしようかとも思ったけど止めた。今はそれくらいの気持ちで、ことに臨まないといけないのだ。
ここは心を鬼か悪魔のようにしなければ……そんな態度でいたら嫌われちゃうな。自然体でいよう。そうしよう。
「これはどう捉えたらいいのかしら」
「自分の力量も水増ししているんだぞと、このお題に合わせて、上手いことを言った、っていうことなんでしょう」
「なるほどのう」
高らかに宣言した後ろで、ディーたちがそんなことを言っている。
先生、分かっているならお願いだから説明しないでください。とても恥ずかしいです。
「待ってなさいサチウス! 仲間と群魔の力を借り、僕はあなたを超えます!」
敢えて聞こえないふりをしながら、僕はそう言って作業に取り掛かるのでした。
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文章と行間を修正しました。




