・対アトラス(坂田)戦
・対アトラス(坂田)戦
ようやく時間は正午を少し過ぎた頃。ミトラスも合流して五人になった。後一人、パンドラが来ればフルメンバーである。
全員揃えば勝ちは決まったようなものなので、残すはパンドラの勝利だけだ。
「お待たせ」
「小僧、格好つけよったな」
「格好よかったわよ兄さん」
ディーとバスキーに茶化されて、頬を赤らめるミトラス。照れてる照れてる。
ウィルトもどこか嬉しそうだ。
「しかし今、群魔区に五人いるけど大丈夫かな」
「痛い目に遭ったのが二人でお咎めなしが三人、性格は似たり寄ったりなだけに、境遇が二分されていることで、言い包められるということは、ないでしょう、大丈夫ですよ」
鋭い。同じような連中なら、自分より下の奴が何か言っても耳を貸さないのが、俺の世界の常だ。
迂闊に自分の安全を手放したりはするような馬鹿はだいたいかませ犬に使われた挙句体よくグループから省かれるようになるのだ。
内部に序列が出来て二度と埋まらない溝が掘られるのである。以降両者は互いに近寄らなくなる。
「それもそうだな。じゃあ後はパンドラだけど」
「動きがありませんね」
皆で肩を寄せ合って、画面を見ていると、それまでいつもの宝箱状態だったパンドラが、動き出した。
尾輪の浜辺を進み、入り江の方へと向かう。とくに何も無い、晴天の下に美しく輝く海が、広がるばかりである。しかし。
「お前以外は全滅したぞ、正しくはもう一人残っているが。そろそろ出てきたらどうだ」
付近の風景に変化はない。にも関わらず、パンドラは相手がそこにいると、分かっているようで、とある一箇所に向かって話し続けた。
「捕える前に聞く。いなくなった漁師や水夫たちを、何処にやった」
返事は無い。ただ波の音が返すばかりである。
「分かった。もういい」
そう言うとパンドラは蓋を開けた。本来なら蓋と本体が接触する面には、乱杭の牙が生え、箱の底を突き破って、冗談のような大きさの舌が飛び出す。
その舌で足元の砂を器用に舐め取ると、謎の唾液で固めて転がし、赤ん坊ほどの大きさに丸めていく。
そしてそれを舌で持ち上げて、がっちりと銜える。牙で崩れる様子は無く、それを一度飲み込むと「いくぞ」と言った。直後に大砲のような音がして、塊が発射された。
入り江を形成する岸の岩壁に炸裂した塊は、盛大に石と砂とを撒き散らした。それらが水面に落ちて自然に掃除がされた後には、しっかりと表面を抉られた岩の姿が。
「次は当てるぞ」
「分かった……降参だ……」
抉られた岩のすぐ横の岩が溶けるように波打つと、それは一人の人間になった。模倣の能力の持ち主、坂田だった。周囲の風景を模倣して隠れていたようだ。他の青年団に比べて背が高く、唇がアヒルっぽい。
「無駄な抵抗をされても手間だし最初に言っておく。オレは物だからそもそも死なないし、吸収にも耐性がある。性別もないから恋愛もできない。不死身はお前の保険にしかならない。ヴァーチャルはよく分からんがこの世界では役に立たないそうだな。時間を操っても逃げることがせいぜいだろう。オレが経年劣化で壊れるまで何年かかるか分からんからな」
しれっと嘘とかハッタリを混ぜるパンドラ。即死は効かないかもしれないが、お前一度死んでるって自己申告してるだろうが。それとこいつにはヴァーチャルが一番効きそうな気がしてならない。そのうち三つの僕を呼び出して、合体とかするんじゃないかって気が気でない。
「まあ、これはお前が他人の能力を記憶して、そこから真似るというものである場合だな。直接相手に触れないと模倣ができないなら更に打つ手がない訳だが」
吸収と被るんだよな。無効化との力関係も作者の匙加減次第だし。確かにすごい能力のはずなんだけど、今一不遇な能力だよな、コピー。
もっとも、さっきみたいに風景も真似ることができるという、変身要素がある場合は、差別化が進んで大化けすることもあるけど。
「誰の力を使っても駄目か。ならしょうがないよな」
「うん? どういうことだ」
「オレの能力は、要するにオレ以外に強い奴がいないと意味がないからな」
両手を挙げながら、ゆっくりとパンドラに歩み寄る坂田は、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。そしてどうやら、模倣できる能力は溜めておけるらしい。
「ここの人間はどうした」
「山本の能力を使った後に、飯をおごってくれるように頼んだら、全員で船に乗ってどっか行っちまった。今日はもう夜まで帰って来ないんじゃね」
「そうか。解除しておけよ」
パンドラに言われて酒田は「分かった」と言って手を二度叩いた。聞こえないだろうと思ったけど、それで解除ができるんだろうな。
「それじゃあ、今からお前を役所へ連れて行く。先に敗れたお前の知り合いたちがいる。下手なことをしないようにな。ウィルト」
パンドラに呼ばれると、こちらにいて一緒に画面を見ていたウィルトが、転移魔法を唱えて現地へ飛ぶ。次の瞬間には画面の中に、彼が移動していた。
「よし、それじゃウィルト。すまんが頼む」
「ええ、畏まりました」
そうしてウィルトが坂田の手を取って、群魔へと飛ぶために再び呪文の詠唱を始めようとした。すんなりと事が運んだが、そこには違和感があった。
抵抗らしい抵抗もない。かといって最初から無抵抗だった訳でもない。なんとなく、空気が粘ついてるような、いやな中途半端さがあった、
「性格が悪いのう」
バスキーが呟いたのと同時、画面の向こうで坂田がおもむろに、パンドラの蓋の部分に触れていた。何をしようとしているのか、とても分かりやすい。
「何の真似だ」
「いや、あんたオレより強いから、真似したらいいだけだろ。そしたら逃げられそうだし」
「逃げてどうなる」
「え、いいじゃん。なんか捕まるとかやだし」
などと小学生みたいなことを言うと、急に坂田はグループに所属しながら、居場所がなくて落ち着きのない男子のように、動きが怪しくなった。
「せめて忠告しておくぞ。オレじゃなくてそっちの魔法使いのほうに化けろ。でないと」
「ああうん、後でね、後で」
言うことなど全く聞かずに、坂田は自分の胸に手を当てると、何事かを小さく呟いた。
そして見る見るうちに、人間の形が宝箱へと変わって行って、終わってみれば画面内に、パンドラが二つ並んでいた。
「あれ、これまずいんじゃないのか」
「ええ、あの子、死ななきゃいいけど」
? ミトラスは何を言ってるんだ。
パンドラをコピーされたってことは、そのままパンドラの能力が、敵に回るってことじゃないか。なんで坂田の心配なんか。
そう思った矢先に絶叫が画面越しに響き渡った。
「あれ、なん、だこれ? うあ、ああああ、あぁあぁあぁぁぁぁぁああっぁあっあっ!?」
「馬鹿め」
偽パンドラがガタガタと振るえ始めた。苦しんで、しかし身動きができないようで、悶えることもままならないようだった。本物のほうは静かにその様を見て吐き捨てる。
「なんだ、何が起こってる!?」
尋常ではない様子にミトラスを振り返ると、彼はこうなることが、分かっていたかのように語り始めた。
「たぶん拒否反応です。変身はただでさえ高度な魔法です。一時的にとはいえ、自分の体が別物に変わる訳ですから、その影響を最小限に留めるよう、細心の注意と工夫があるものです。でも、あの子は自分の能力でぽんっとそれをやってしまった。彼は模倣の能力を通して、パンドラに変身しようとしました。ですが相手はパンドラです。中身がどうなっているのか想像も付きません。例え姿を真似るだけだったとしても、感覚の有無に精神が、耐えられなくなったものかと」
実際には自分の能力を、試したことくらいはあっただろう。でも周りにいたのは似たり寄ったりな男で、そして短時間とはいえ人間外の岩、イケると判断するには時期尚早だ。
少なくとも俺なら脳があるかどうかも分からないような物体の、模倣をしようとは絶対に思わん。
「幅広い能力ほど、限界や危険な領域の洗い出しをしておかなくてはいけません。不幸中の幸いは、彼が水や風を模倣しなかったことです。そんなことをすれば意識ごと、流れて行ってしまったでしょう」
同化とか霧散してしまうということか。しかしこれはどうしたらいいのか。
「き、気持ち悪い、きもち悪いキモチワルイきもちはるいきもちわるい! 助けてくれ!」
「早く能力を解け! 戻れなくなるぞ!」
その声が届いたのか、偽パンドラこと坂田の体が、一際大きく、びくりと震えると、箱の姿はまた元の青年の姿へと戻った。
そこには白目を剥いて倒れる男が一人。良かった。体のどこも戻れてない、なんてことはなかった。
「自分以外の便利なやつに飛びつくの、改めたほうがいいぜ。聞こえてねえか」
「じゃあ、改めて持っていきますね」
気絶した坂田を連れて、今度こそウィルトは群魔へ飛んだ。晴れて五勝目だけど、気分は良くない。あわや死人が出るところだ。
今回判明したことは、便利な能力ほど慎重な使用と安全面の確認を、しないといけないということ。
そして、パンドラに変身しようとすると、常人なら発狂するような感覚に、襲われるということだった。
「画面の前の皆。変身するときは、なるべく自分と同じ生物に限ろうな! オレとの約束だぞ!」
群魔区 ○パンドラ ジ(自滅) 一本勝
青年団 坂田
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




