表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物と住処を移すには
205/227

・対クリス(中川)戦

・対クリス(中川)戦


「おーい! こっちこっち!」

「皆お疲れ様じゃな。遅くなってすまぬ」


 飛来してきたバスキーが合流して砕魂に四人。

 三勝して残り三戦。

 ミニパンドラの映す画面には残り二枠。


 つまりミトラスとパンドラである。ここまでの経過でそろそろお昼。二箇所の風景は放送事故でも起こったのかってくらい、動きがない。


「皆無事で何よりです」


 画面の向こうからうちの大将の声が聞こえてくる。事態が動くのを待っていたようだ。そして、今度は彼が動く番だった。


「それじゃあ行って来ます」

『行ってらっしゃい』


 五人で送り出すと、ミトラスのほうの画面もまた、動き出す。他の皆に比べて地面が近い。河川区よりも足場が悪く、川の多い兵業ひょうご区は、住人の数もそこまで多くないのだが、今はそれに輪をかけて人が少なく、見かける人もあまり元気がない。


「区長、こちらです!」


 ほどなくして行く先に現れたのは、お猿のジョージ族長だった。文字通り猿系獣人の族長で、ここら一帯に冒険者として住んでいる。


 シノさんに続いて二人目の助力である。考えてみると出番のなかったカロンが、少し可哀相だな。


「族長、他の者たちは」


「下がらせてあります。得体の知れない輩に一当たりなど、させられません」


「よろしい」


 そんなふうに話しながら、二人は歩く速度を上げて目的地へと向かう。近付くに連れて段々と周囲の景色に変化が見え始める。


 道端にあまり感じのよろしくない人々が蹲り、その数を徐々に増やしているのだ。


「どんな奴でした」


「どこにでもいそうな青年でした。しかし、おかしな力を持っています。ふらりと現れたかと思うと、我々の目の前でゴロツキを一人“吸い取った”のです。まるで悪魔、いえ、今はデーモンでしたな。それによく似た力でした。奴は死なない程度にゴロツキを弱らせると、大勢湯の者に、ギルドに自分の討伐依頼を出せと言って来たのです」


 他の区に比べて割とちゃんとした被害が出ている。景勝地の景観破壊や女性をかどわかすのも十分過ぎる被害だけども。いやむしろ人の値打ち次第だとそっちのが大きな被害なのか。


「それで私はイヴたち旅館の従業員全員で、ギルドに向かわせ、依頼を出し次第避難する様に命じました。幸いなことに奴は我々を猿と侮った。おかげで群れの者には被害は出ませんでしたが、冒険者たちは」


 そこでジョージ族長は首を横に振った。


 周囲に転がっている人たちは、強盗の退治に来た冒険者か。確かここの奴の能力は『吸収』だったな。


 周りのゴロツキや冒険者たちの体力や能力(ややこしいから今後スキルと言おう)を吸収したと見ていいだろう。他の連中に比べて結構計画的だな。


 気になるのは彼らが、いつ頃から転がされており、ほったらかしにされているかということだが、それはこっちとは関係ないから、置いておこう。


「それを聞いて安心しました。族長たちの部族全員がやられていたら、流石に手を焼くことになっていたでしょう。安全のために下がっていてください。ここからは僕が行きます」


 ミトラスが力強く頷くと、白毛黒面の老獣人は恭しく頭を垂れた。


「奴は今、湯浴みの最中です。どうか御武運を」


 ジョージ族長は一瞬で、手近な木の天辺まで跳躍すると、そのまま木々を飛び渡って姿を消した。


 残されたミトラスの前には、この夏オープンしたばかりの旅館『大勢湯』の玄関があった。


 彼は自宅のような気安さで上がり混むと、靴を脱ぎスリッパに履き替えて、一直線に奥へと進んでいく。目指す先は。


「男湯……」


 おおっとコレはいけないな。どうしたものか、しかしこればっかりはどうしようもないな。仕方ない。不可抗力だ仕方ない。


 しかしまさか占拠しているとはいえ、昼から風呂に入るかな。どうだろうなー。


 ミトラスが脱衣所を抜けて、更に奥を目指す。籠の一つに確かに服が入っているのが見えた。これはもう決定だな。


 本当なら俺とディーは、席を外さないといけないが今はそんなことを、言ってる場合じゃないしな。


 いやー困ったなー。


「そこまでです!」


 やった! 合法! 役得!

 そう思ったのも束の間。

 画面に在り得ない量の湯気が。


 画面が曇る。何が起こったのか。誰のせいか、そんなことを言っても、それこそ仕方ないってものだが、誰かの差し金で俺とディー、俺と、ディーは、それを見損ねた。


 立たせかけた片膝が所在を失ったので、止むを得ず戻す。


「な、なんだ!? 敵か」

「敵はあなたです。つぇアッ!」


 湯気とモザイクで見えなくなった相手(たぶん中川)の前に、ミトラスは敢然と立ちはだかると、局部を隠しながら急いで立ち上がろうとする中川に、まったく取り合うこともなく、気合いの入った掛け声と共に、飛んだ。


「グハァッ!」


 空中で美しく体を捻じり、キリモミ回転しながら繰り出された蹴りが、敵の股間に炸裂する。


 軌道を読み切れず片手を局部から外して、胸まで持ち上げてしまったのが、良くなかった。


 二つの意味で薄っぺらなガードの上から突き刺さったドロップキックは、簡単に同性のお大事に、深刻なダメージを与えた。


 風呂に二つの水柱が上がる。結論から言うと、決着はこれで着いた。


「それであなたは周りの人たちの力を奪っていたと」


「はい、何はなくとも、暴力さえあれば何とかなると思って、すいません」


 人によって賛否が真っ二つに分かれるようなことを言いながら、服を着た中川はミトラスに説教を食らっていた。


 二人とも魔法で服は乾いている。ちなみに中川は他の奴らに比べて、背が少し低い。


「あの、一つ聞いていいですか」

「何でしょう」

「何故あなたには、オレの能力が効かないんですか」


「そんなものはデーモンの専売特許。私には通用しません。仮にも魔王の息子ですから」


 低姿勢になって様子を探っていた、中川の顔色が変わる。まあ相手が悪かった。俺としてはミトラスの活躍も見たかったけど、レベルに差がありすぎた。


「技能や能力、持ち物の吸収、没収、窃盗はこれまで幾らもありましたからね」


「それじゃ、オレの能力って意味ないのか」

「そんなことはありません」


 ミトラスが人差し指を立てる。金色の瞳は爛々と輝いて、珍しく上司の顔をしていた。


「あなたも、あなたの知り合いも、未熟なだけで能力自体は十分有用です。この世界では戦いに使っても、あまり意味はないかもしれませんが、それ以外に使えばいいんです」


 中川が「それ以外」とオウム返しに呟く。能力って聞くと、少年誌的なバトル展開を考えがちかもだが、細かな調節ができて、生活に活かせれば、便利というものも少なくない。


「その能力、例えば訓練して吸収の段階を自由に制御できたらどうです。相手から特定の要素を取り出し、それを吸収せず捨てるということができたとしたら?病気や金属のサビ、シミ、それを取り出して消せたらそれだけで食べていけますよ」


 病気は元よりシミ、ソバカスが消せるなら、女性客が絶えないから、一生安泰だろう。能力の有効活用ができれば、暮らしが楽になるというの、もまた一つの定番ネタだしね。


「他にも亡くなった職人から、生前持っていた技能や知識を吸収できたら。こんなことよりも、ずっと良い使い方が、沢山あるはずですよ」


「は~、手に職ってことか、なるほどねえ」


 中川が先ほどガードの上から、蹴られた股間を擦りながら頷いて、目から鱗が落ちたとばかりに感心している。


「なんだったら他の子たちにも、今一度声をかけてみなさい。これだけの能力持ちが同時に現れることなんて滅多にありません。この七人で一党を成せばこそ、できることがきっとあるでしょう。こんな所でゴロツキいじめて、燻っている時間はありませんよ」


 あれ、なんだか空気がおかしいな。本来は討伐の予定だったのに、ここだけ若者を導いている。


「そっかあ、正直異世界なんてピンとこないし、これからどうしたらいいのか、全然分からなかったけど、おかげでなんか、ちょっと目的みたいなのが、見えたような気がする」


「それは良かったです。じゃあ後はここの旅館の人に謝って、それからうちに行きましょう。他の子たちも既に、とっ捕まえてありますからね」


 そう言ってミトラスは中川を連れて兵業区を歩き、人々に謝罪をさせてから、群馬へと引き上げた。


 うん、平和的に解決できる奴と、そうでない奴で別れてきたな。


「ところで弱って転がってる人たちって、誰もどうもしないのかな」


「それで死ぬほど衰弱してる訳でもなし、いいんじゃないの。誰も助けないってことは、そういう人種ってことよ」


 ディーが辛辣なことを言う。それもそうか。


 返り討ちに遭った冒険者や、一方的に葬られたゴロツキなんかは、誰も同情はしないか。少し不憫だ。


 でも比較的平和に話が付いて良かった。今回はミトラスにも、大人っぽいとこがあることが判明したな。


 うん、男の子だったり男だったり上司だったりするけど、こういう面を見ることは、あまりないから新鮮である。ちょっとは成長してるって感じがして嬉しい気持ちだ。


「それじゃ、彼を送り届けてからそっちにいきます」

「ああ、待ってるよ。お疲れ様」


 群魔区 ○ミトラス ド(ドロップキック) 一本勝

 青年団  中川

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ