・対レグルス(松本)戦
・対レグルス(松本)戦
群魔区 ○ウィルト 不戦勝
青年団 松本
誰だ『転生チート能力持ちなんて、戦っても勝ち目なんかない』とか言ったのは。弱すぎるんだけど。
しかも今画面に映ってる松本に至っては、制圧どころかアンデッドから逃げていたところを、ウィルトに助けられている始末。さては報告した人は、ここだけ憶測でものを言ったな。
「それでカロンに匿ってもらっていたと」
「死なないっていっても丸腰じゃあねえ」
オカヤマ霊園の事務所で二人はお茶を飲みながら、自然に話していた。
家主のカロンは気を遣って出て行った。霊園周りのアンデッドは、以前のように見境がないものでなく、管理人こと死神カロンが、操っている状態である。
動き出すと彼ら以上に危険な者たちが、眠っているほうの墓に、なるべく人が近付かないようパトロールをさせられているのだ。自分の意思で動いている者も混ざっているけど。
「オレだってゾンビ倒せるほど強くないし、あんま意味なくね? この能力。正直死ぬ前に欲しかったんだけど」
身も蓋もないことを言う、松本の顔は気だるげで、タレ目がその雰囲気に一層拍車をかける。
どうしてこんな所に来たのかを問われると、松本に曰く、他の青年団が行かない方向を目指したら、ここに戻ってたそうだ。
麓の街にいればいいものを、のこのこと登って来たばかりに、下りられなくなったらしい。
「街なら制圧できたんじゃ、不便だけど」
「あの高齢者だらけの寂れた街な」
画面を見ながら話すのは俺とディー。バスキーはまだ来ない。
松本もこのままでも埒が明かないので、意を決して下山を試みたのだが、運悪く管理外のアンデッドたちとエンカウントしてしまったのだそうだ。
スケルトンはもとよりゾンビの中にも、走れるのがいるからな。逃げ切れなかったんだろう。そこにウィルトが駆けつけて、振り出しに戻った訳だ。
「そういえば君たちは、異世界からこちらへ転生してきたとのこと。いい機会なのでその辺を詳しく聞いてみたいのですが、よろしいでしょうか」
「いいけど、オレたちもよく分かんないから、あんまり聞かれても困るっすよ」
急に後輩口調になった松本の言葉に頷くと、ウィルトはそのまま質問をし始めた。
「前提として、君たちは以前の世界では死んでいる。ここまでいいかな」
「そっすね。皆死因は違うみたいっすけど」
異世界転生だとそうなるわな。俺は転移で良かったなあ。いや待てよ。こっちで魔物になってれば今よりもう少し、見てくれが良くてすごく強くなっていたのでは。
惜しい人生でもなかったから、もしもこっちに来ることが変わらなかったら、死んだほうが得だったのではなかろうか。確かめる手段はないけれど。
「その死因を聞いても」
「ええと、石塚がたぶん過労死って、言ってました。なんかよく覚えてないって。山本が女に刺されたって言ってて」
死ぬ間際に考えてたことや死因が、チート能力の起源になるのは、ままある展開だけど、案の定ろくでもねえな。
「加藤はバイク事故で、中川はアレルギー、いや食中毒って言ってたかな。なんか食えない物食ったって」
即死と毒。食物のアレルギーでも、重症化する場合あるからな。魔物にも受け付けない食べ合わせがあるから、気を付けないと。
「坂田はインフルエンザに罹って死んだって。部屋で身動き取れなくなって」
「うん? それが死因だとして、何故模倣が」
「本人がモノマネが得意って言ってたから、それじゃないっすかね」
そんな馬鹿なとも思うが、さっき考えてた展開だって似たり寄ったりだ。もしかして能力と死因は因果関係はなくて偶然なのか。分からなくなってきたな。
「杉田は何年も引きこもってたら、その内腹とか胸とか頭とかが痛くなって気付いたら死んでたそうっす。オレは逆に事故ったり部活でも怪我ばっかりしてて、今までよく死ななかったなって、思ってたんすけど、トラックに轢かれたみたいで、流石に死にましたね」
自分たちの死因を軽い調子で言い終えると、ウィルトはそれを懐から取り出したメモに書き付けていく。坂田の部分だけ浮いてるな。それさえなければら割とセオリー通りなんだけど。
「前の世界での年齢や死亡した時期は、皆して異なるのですか」
「ああ、たぶんそうみたいっすね。うん、オレは春先だったけど、坂田は冬だし。オレは高校生だったけど杉田も石塚も、そうじゃなかったみたいだし」
死亡時期と年齢に一貫性はない。本当に?
「転生するときに、何か変わったことは。まあ、これが全部変わったことなんですが」
「ですよね。うーん」
「誰かの声が聞こえたとか、何かに引っ張られるような感じがしたとか」
どっちかというとこれは、たぶん異世界転移のほうの感覚だ。あくまで小説のほうの。俺のときは何もなかった。
寝てたから気付かなかった訳ではない。
と思いたい。
「いやとくには、あ、でも、ここで起きる前かな? なんか機会音声っぽい声で『完了しました』みたいなそんなことを言われたような。それで名前も、この名前なんだなって自然に分かってて」
うーん? 神様的なものとか、システム的な何かが介入して、何やかんやしてくれたのだろうか。
でもこっちの世界の神様はアドモの本体だしな。謎が謎を呼ぶオカヤマ遺跡。
「それはあなたの世界の言葉でしたか、それともこの世界の言葉でしたか」
「え、ずっと日本語だと思ってたけど」
あるある。俺も最初は言葉が通じるから、日本語かなって一瞬思ったよ。もっとも、それも直ぐ猫耳少年を見て違うなって分かったけど。
「あなたの世界の言葉で完了と言ってみてください。それで分かるはずですよ」
「はあ。えっと『完了』あれ? 完了、あれ違う!」
「その様子だと、こちらの言葉だったようですね」
そうそう、最初言葉の違いを認識すると驚くよな。意識的に使い分けようとすると頭痛くなるし、気持ち悪くなってくるんだけど、日本語じゃないなってとこまでは分かる。
俺も密かに練習して、ようやく少しずつ、使い分けられるようになってきた。
「サチウスからたまに出るけど、やっぱり変わった発音よね」
「元の世界でもそう言われる言語だったよ」
情緒がどうとか訳分からんこと抜かして、幾らでも詭弁がループするような、欠陥だらけの鳴き声だ。
語彙が増えた分だけ話が通じなくなる、摩訶不思議な言語である。
「となると、能力の付与はこちらの世界、もっというとこの遺跡のせいかも知れませんね。確証は今のところありませんが」
ウィルトが形の良い白い顎に、手袋で包まれた指を添える。勝手に画面がアップになる。これがディーによるものか、パンドラによるものかは不明だ。どうでもいい。
「ふむ、死亡した時期も年齢も異なる。こちらの世界に転生した際に、こちらの世界の言葉で完了。その完了が何を指すのかは今のところ不明。中々興味深い」
ウィルトは形の良い眉を僅かに寄せて、静かに目を閉じた。観賞用としては満点の顔がまた近付く。
「ディー、近い」
「あ、ごめんなさい」
やはりお前の仕業だったか、後でどうやってるのか聞いておこう。
ミトラスのときに俺もたぶんやるしな。画面の中の遠近が、適正距離まで戻る。
「輪廻転生が一つの世界の中だけで、留まるものではないのか、異なる世界からの転生は、その魂に変化をもたらすのか。はたまた君たちがあくまでも、特別な場合なのか、それとも単にこの遺跡に眠る機能のせいなのか……」
ウィルトが何やら楽しげに考え込んでいる。新しい興味の矛先が見つかって嬉しそうでもある。この期に及んで二世界間に渡る、新しい冒険の幕開けなんて、俺はご免だからな。
「あの、もういいっすか」
「ええ、有意義な時間をありがとう。他の子たちとは違って君は何もしてないから、特段のお咎めはないだろう。安心しなさい」
その言葉に松本はほっと息を吐くと、そのままウィルトに連れられて群魔へと戻る。
本当に何しに出て来たんだあいつ。いてもいなくてもいい奴が、必ずいるのは七人もののお約束だけど、実際にその通りにならなくても、いいと思う。
――そして。
「お待たせしました」
「父さん!」
「お疲れ様」
今度はウィルトが合流した。
画面を確認すると、バスキーも森林の再生を終えたところだ。これからこっちに来ることだろう。
「私だけ楽をしてしまい何だか申し訳ありませんね」
「言っちゃえば迷子の送迎だもんね」
しかしこれで三勝目。
残すところはあと半分である。
そしてこの度、異世界転生の謎も、ほんのちょっとだけ判明……してないな。謎が残っただけだ。
でもウィルトは何故かとても嬉しそうだった。
「改めて、サチコの世界の宗教や死生観、死後の世界の類型を、見直さないといけませんね。全部あるものとして考えて、こちらの世界のことも繋げて整理し、それでどんな仮説が立ちますかね。その仮説に沿って霊魂で実験してみるのも良さそうです。いや、久しぶりに忙しくなりそうだ」
うきうきしながらウィルトが話す。
止してくれ。そんな悪の科学者兼神学者みたいなことを考えるのは。世界の仕組みなんてものを把握したやつは、だいたい最後には暗殺されるか発狂するかの二択なんだから。
「転生の仕組みが分かったら、これからの人生に困ることは、なくなるかも知れないね」
「上手く行かなかったら死ねばいいってか」
「上手いこと言うわねサチウス」
全然上手くない。なんだろう、この人の研究は止めたほうがいいような気がする。
でも俺も興味あるしな。生まれ変わりがれっきとした現実のものとなったら、どうなるだろうか。どうせ碌なことにはならないだろうけど。だけど。
「確かめるのが今から楽しみだな」
好奇心で少年のように、顔を輝かせるウィルトを見ていると、何故だろう。
俺も彼を止めようという気には、ならなかった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




