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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物と積荷を運ぶには
195/227

・鎮圧 <パンドラ側>

今回長めです。

・鎮圧 <パンドラ側>


 ※このお話はパンドラ視点でお送りします。


 一度の交易に来る、標準的な漁船の数は五、六隻。ちゃんとした交易用の船ではないのは、そんなものを一から用意する財力がないから。そして漁船には積荷の大型木箱が二つ。


 それを二往復。


 こっちの木箱からあっちの木箱に、目の前で乱暴に中身を移し変えられたり、汚い懐に入れられる様を、一ヶ月見てきた。


 その日々も今日で一区切りだ。また何れそんな日が来るとしても、まずは今日で一旦終わらせる。


 竜人町の天気は雲一つ無く波も穏やかだ。誰の目にもはっきりといい天気。こういう日が良い。こういうときこそ、物事が片付いた後の心が、落ち着くというものだ。


「来たか」

「パンドラ、大丈夫」

「問題無い。すぐに済む」


 船の一つに乗って、忌々しいダニ滓共を見ながら、オレはそう答えた。周囲には積荷を載せた船が幾つも停泊しているが、表立っているのはオレとミトラスの二人だけだった。


「どうも、皆さん今日も精が出ますねえ! って少ないなあ! そりゃ毎日毎日だもんなあ! いなくなっちゃってもしょうがないかなあ!」


 俺たちの羽織に唾吐きやがった男は、船上から今日も元気そうに、下卑た笑いを浮かべている。こいつがどうやら、この水夫たちのまとめ役のようで、今ではその数を倍に上らせていた。


 他人への『たかり』も大分慣れてきたようだ。初めのうちこそ、オレたちをからかうことに躍起になっていたものだが、それも飽きたのか、せっせと箱詰め作業に取り掛かり、終わるとさっさと帰っていくようになった。


 そしてうちから盗んだ物で食う飯と酒が、どれほど上手いかを自慢して、最後に唾をまた羽織に吐いて、帰るのだ。


「いや、今日は沢山あって大変だあ。うん? お前らはもう帰っていいんだぞ。とっとと明日の分の用意しとけよ。それとも流石にもうないかなあ」


 無遠慮に船を寄せてきた男の言葉と笑いを無視して奴らの作業が終わるのを待つ。


 その動きは手馴れた物で、水の上、そこに浮かぶ船の上や、他人の船の上に図々しく乗り込んで、軽快に行き来しては、積荷の中身を奪っていく。


「行け、ミトラス。こっちはすぐ終わる」

「分かったけど、パンドラ」

「心配するな。万に一つもない」


 それだけを告げると、ミトラスは一瞬だけ不安そうな顔をして、しかしすぐに表情を戻すと、呪文を唱えて姿を消した。オレを置いて行くことに、未だに抵抗があるんだな。


「いやあ、こりゃ詰めすぎたな。順番に船を出すのに時間が掛かっちまう。もう一回来なきゃいけねえってのに」


「その必要は無い」

「あん?」


 後先も考えず、一度に大勢で寄港したことで、出港できずにいる船を、見ていた男が振り返る。桟橋付近はゆうに敵味方合わせて、二十隻を超える船が、互いを邪魔だといわんばかりにひしめいている。


 およそ素の表情というものに、人生の年輪とか言う奴が浮かび上がるものだが、この男のそれは酷く醜悪でだらしない。端的に表せば見るに耐えない。


「お前らはもう、来ることも帰ることもできない」


「ああ、何言ってんだよおめえ、まだ自分の立場が分かってなかったのかよ」


 俄かに機嫌を害した男は、自分の船から、オレの乗る船にずかずかと乗り込んできた。好都合だった。


「馬鹿みてえだからもう一回簡単に教えてやるな! 人間の偉い人が俺たちの味方なの! お前たちはもうお終いなの! 偉そうにするな! 馬鹿にしたような態度しやがって!」


 年の頃ならとっくに四十を過ぎているだろう男は、子どものように怒っていた。ほんの僅かな優越感を滲ませながら。


「お前は聞いてもいないことを随分沢山話してくれたから、餞別に教えてやるがな。その偉い人はもう偉くないんだ。もっと言うと最初から偉くない。今頃お前たちの新しい砦は、騎士たちの手入れを受けている頃だろう。それでな、お前たちの処分はオレたちに一任してくれたんだよ。数が多くて面倒だからとな。こういうのを、お前らの言葉で、後ろに手が回ったって、言うんだったか」


 汚い指先でオレの顔を小突き回していた指が止まったのを機に、男の顔を覗き込む。閉じた口がわなわなと震えているが、どうやら怒りじゃなさそうだ。


「う、うそつくな」


「恨むなら、自分よりも偉い人に盾突いた、お前たちの偉い人とやらを恨むんだな」



 ーーやれ。



 一度だけ水が撥ねると、男と積荷だけを残して誰もいなくなった。


「えっ、えっ」


 理解が追いつかないのか、男は戻りきらない気分のまま、辺りを見回した。


 しかし誰も答える者はいない。


 もしもここにいたのが、人間の騎士たちだったら、まだしも望みはあっただろう。


「あ、なんだよ、何で誰もいないんだ……? 何も音なんかしてないじゃねえか、あ、ガキもいない」


 必死になって右や左を見ても、その狭い視界に探し物が見つかることはないだろう。


 泡を浮かべる水面は、風に蹴り付けられて、それを波紋にしてしまう。男は命の危機を前に、まだそのことを受け入れられていないようだった。


 自分の声の在り処にさえ気付けない。


「後はお前だけだな」


 兜を外して、首の穴を広げる。男の腕を掴んで逆さまにする。


 そのまま穴に向けて、男の頭を近づけていく。悲鳴を上げたかったようだが、生憎それはできない。今はこの辺りの音を『仕舞っている』からだ。


「え、え、あ、な、なんで、ずるい」


 消える直前に脳裏に浮かんだその思いだけが、男の最期の言葉だった。



そして誰もいなくなった。



 戻って来た波の音と潮の香り、一仕事を終えた後の疲労感を、表現してくれているような気さえする。


 ああ、異世界でも、海は海だな。


「おーい! パンドラくんよーい!」


 空から声が降ってくるので見上げてれば、そこには見慣れた赤竜と、その背に跨る友人の娘の姿。


 バスキーとディーだ。娘のほうがオレに向かって、大きな手を大きく振ってくれる。可愛い奴め。


 ただ狩衣の上に鎖帷子と鎧を重ね着した上で、更に羽織を着るのはどうかと思う。


 武器こそ持ってないが、戦闘職にしか見えんぞ。


「こっちは終わりました」


「いやはやディーがおらねば見逃すところであった。山でもどこでも穴は掘るわ小屋は建てるわ、巣穴を潰して回るのに、手間取ってしもうた」


 二人は四牙の区境から、包囲を狭めるように賊の捜索をしてくれていたようだ。おかげで取り零しもなく掃討することができた。


「数名ほど息を引き取らない程度に痛めつけて、捕獲しておきましたが、余計なことでしたでしょうか」


「いや、こっちは見ての通り全滅させたからな、ありがてえよ」


 一応まだ生きているけど、必要が無ければ出したくないし、このまま終わらせたい。


「しかし意外じゃのうパンドラくん。もっと血生臭いことになっているかと思うたがの」


「オレにそんな人間的な趣味はない」


 腸が煮えくり返るほど頭に来たのは確かだが、だからといって気持ちが晴れるまで、相手を責めるようなことは時間の無駄だ。一刻も早く処分するのが、何に対しても良い。それに。


「説教を考えてなかった訳じゃないが、あれじゃな」


「まあ、自分たちの言葉さえ理解できておるか、怪しかったからのう」


 宝物という物がどういうものか、そこにどれだけの価値があるのか。


 そういう長台詞も用意はしてきたのだが、言っても理解してもらえそうにないので止めた。人間の賊は、笑えないほど頭が悪いか、心がない。


たまに死ぬほど知恵が回って性根も腐りきっている手合いはいるが、それこそ稀だ。


 人間の中に少なからず、何処へも行けず、誰にもなれない者たちがいる。奴らの人生は、いつも決まって悲しいものだ。


「そういうことだ。それで、他の連中はどうだった」


「父さんは確認作業を終えて、人間の騎士たちもいよいよ大詰めに入っているようです。手入れは直に終わるでしょう」


 ディーの報告を聞き終えて、オレはもう一度海を眺めた。これからどうするか。


「行くか、帰るか」

「行きましょう」

「そうしよう、パンドラくん」


 二人が仲も良さげに誘ってくれる。確かに、こういう場合はそのほうがいいか。きっとミトラスたちも、喜んでくれるだろう。帰ってから報告してもいいが、そっちのほうが、気分も良さそうだ。


「じゃあいくか」

「では、今日は特別に、二人で我の背に乗り給え」

 

 お言葉に甘えてバスキーの背にオレ、ディーの順で跨る。ディーのほうが支える役なんだな。


 大きく、なったな……。体が。


 バスキーが空を飛んで少ししてから、オレはふとあることが気になり、ディーに聞いてみることにした。


「なあディー」

「なんですか、パンドラさん」

「ミミックの俺が服を着るのって、変かな」


 宝物を守るミミックが、宝物を着て楽しんでいる。そのことに背徳的な気がしているというのは言い過ぎだが、なんとなく居心地の悪いものを、感じることがある。だがしかし。


「全然! とっても素敵なことだと、あたしは思ってますよ!」


「……そうか、ありがとよ」


 どうやら考え過ぎだったらしい。そんな意見は初めて聞いたとばかりに、友人の娘は無邪気に首を振り、満面の笑みをくれた。


 宝物を守る魔物が、着飾っている。

 それは素敵なことらしい。


「変じゃないならいいんだ。最近正装っていうのが、分からなくなってきてな」


「そういうのはね、制服着とけば済むんですよ、パンドラさん」


 下手な嘘を吐き、ディーの答えで会話を切る。


 オレはバスキーの飛行に身を委ねて、少しの間沈黙した。


 この一か月、散々汚されたこの羽織、帰ったら洗いに出そう。


 この服は、紛れもなく宝物だし、俺にとっても一張羅なんだから。


 そんなことを考えながら前に向き直ると、先のほうに一件の区役所が見えてくる。庁舎を取り囲む騎士たちが勝鬨を上げているらしく、あちらも既に決着が付いたところだった。


 でも、そうか。素敵なことか。宝を仕舞う魔物に宝が似合わないなんてのも、おかしな話だもんな。そういうことにしておこう。


「何じゃい粗方終わっとるじゃないか」

「みたいだな」


 いい天気だった。


 やはりこういうのが終わったときは、景色も天気も美しいのがいい。気も晴れる。


オレは沖合に浮かぶ島々を眺めた。一足早く越冬のためにやってきた、ストリクスたちが冬支度を始めている。もうじきワイバーンたちも訪れるだろう。


 帰ったら新しい服を買おう。

 何となく、そう思った。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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