・対策会議
・対策会議
「つまり、俺たちはその、市長の元部下から嫌がらせを受けてるって判断でいいのか」
「そういうことじゃのう」
久しぶりに四天王全員集合の案件が、自分のところの上司の部下が暴走しているという、何ともやりにくいものだった。例によっていつもの会議室で、お昼の時間を潰しての会議中である。
「これって法的にはどうなの」
「どうもこうも普通に駄目よ」
そらそうだ。こんな真っ向から人の物を奪い取った挙句、臆面もなく自社製品だと売りに出すなど、言語道断である。これが時代劇なら上様が突撃して、切り捨ててるところだ。
「厄介なのは、敵が既に売る体勢を整えている点と、実行犯である水夫たちを、切り捨てる準備も整っているという点です」
ウィルトがそう言ってお茶を飲む。ティーカップではなく湯のみ、しかし中身は紅茶である。もうちょい統一しろよ。
しかし彼の言う通り、これは相当に厄介であった。盗まれたことを言っても、良くて責任の所在は盗んだ本人たちまでであり、四牙区までは行かないか、神無側まで行ってしまうかの、どちらかなのだ。
水夫のことで区に抗議を入れると、水夫の処分と、支払い能力の無い水夫たちへの、賠償請求で留まり、よしんば四牙区まで持っていっても、その四牙区が神無側区へと話を持って行ってしまえば、それまでなのである。
短期的に見れば彼らの懐は痛まない。この短期的というのが、悪党どもには魔法のカードみたいに、魅力的な響きと力を連想させるのだ。うぜえ。
下請けを訴えたとして、更に請求を中請けまで持っていくと、中請けを起用した大元、つまり市にまで飛び火してしまう。
この場合四牙区が中請けに当たり、四牙区からことが起こったように見えるが、そもそもは神無側市が、廃止された区の復活を考えて、という点から始まっている。
そう、計画の出発点並びに責任の出発点も、神無側なのである。大げさに言えば植民地に設けた傀儡政府が歯向かったことで、全土にまで飛び火しようとしているのだ。
歴史的には流刑地の群魔も立場が弱いので、強くは出られない。
「あ奴らやりたい放題でのう」
「人間共の警邏は機能してねえしな」
犯罪者を見張ったり取り締まったりする仕組みは、詰所の騎士とか兵士とかが担ってるんだけど、現在の四牙にはそんなものないし、群魔にもない。
エルフの傭兵さんたちは、あくまでも捕えた悪党を人間の警察的な方々に、引き渡すまでしかできない。しかしそれも上記の理由であまり意味が無い。切り捨てた端から、また次が出てくるだろう。
「ああ~このまま大人しくしていたら物は盗まれるし盗品は売られるし賠償金は請求されるし、どうすればいいんだ~」
頭を抱えて机に突っ伏すと、堪らずミトラスが悲鳴を上げる。お前は仮にもトップなんだから、もう少し余裕のある態度を見せろ。全然大丈夫じゃないことは分かるけど、不安になるだろ。
「市長にはオレたちに対し、交易の本数を抑えるよう命令を出してもらった。流石に市長が一番偉いのは、変わらんからな、これで一応被害は抑えられるようになった。四牙のほうにも同じ命令が出されたが、聞く気がないのは明らかだしな」
パンドラが淡々と話を進めていく。甲冑姿に陣羽織が中々様になっている。最初こそ違和感を覚えたものだが、こういうキャラだと思ってみると、これで意外と格好いいのだ。
それは騎士の甲冑にあるサーコートのような。
「でもさ、それならいっそ交易自体、止めさせてもらえないの」
「それは駄目だ。それだと奴らの負けにも、オレたちの勝ちにもならねえ」
勉強料とでも思って撤退しようと促した、俺の言葉にパンドラが否を唱える。何時になく積極的だ。積荷を盗まれたときに居合わせたのはこいつだから、本当に腹の立つことがあったんだろう。
こいつは何気にアイテムというか、道具とか服とかとにかく誰かが、汗して作った物を大切にする奴だ。
そして誰かの為に道具を使ったり使われたりすることも好む。それは今までを通して知っている。
だからこそ、こういうことは許せないのかもな。
「でもこのままじゃ同じ被害が広がるだけじゃあ」
「ご安心あれ。手は打ってあるわい。市長が」
安心した。バスキーが考えた訳じゃないなら大丈夫だろう。こいつは自分から動くとき以外は本当にやる気がないからな。
帰ってくるのは基本的に寝るためだし。
「しばらくはジリ貧で被害を出し続ける。向こうがある程度儲けを出した時点で、市長が敵の頭に四牙区に庁舎を建てるように命令を出す。逃げられないように奴らが自分自身を閉じ込めるための巣をな。そして、庁舎が出来れば嫌でも港と分断されるじゃろう。ここを叩く」
うーん。それはいいんだけど、でめそれって体よく四牙の庁舎を建てるための資金を、俺たちが捻出させられるってことだよな。
相手が不正で出した丸儲けを、全部使わせた上で、その後そいつらを一掃するって、完全に市が得をする形じゃないか。群魔の損失はちゃんと埋め合わせしてもらえるんだろうか。
「でも叩くったって、うちは襲撃が出来ても、逮捕はできないよ。相手が不正をしてましたと言ってもその辺はどうするの。証拠もないし、こっちがお縄待ったなしじゃない。現行犯相手に苦い思いをしてんのに。それが無きゃ神無側の騎士や兵隊さんだって、管轄外まで出てきてくれないぞ」
鏖殺するのでなければ捕まえるしかない。でも捕まえようにも、敵の親玉のほうの不正の証拠は、ここに無い。潜入でもしなければ手に入らないだろう。
水夫のほうは煮ても焼いても次が出るし、後ろまでは届かない。切り捨てる準備も出来ているとあれば、猶更だ。
「そこは問題ない、入ってくれ」
パンドラが廊下に向かって声をかけた。中に入って来たのは、一人の女騎士だった。
肩の辺りで切り揃えられた黒髪、少し上向きの短く尖った眉と茶色の瞳。年齢は二十の半ば頃。身を包む鈍色の甲冑はボロボロであちこちが傷んでおり、腰に下げた剣からは鞘鳴りがする。
それは、つい先日知り合って、神無側の観光へ出かけたはずの、女騎士だった。
「タマルさん……どうしてここに」
「なんだ知り合いか」
パンドラの問いかけを余所に、思わず席を立つと、彼女は沈痛な面持ちでこちらへと歩いてきた。タマルは俺を見て、本当に悲しそうにしていた。
「残念です。サチウスさん。やはり運命は、私を放ってはおかなかった」
「どういうことです」
そのまま俯いて黙ってしまった。周囲の視線が俺たちに注がれている。非常に気まずい。俺だって何が何やら、この展開に置いてきぼりなんだぞ。
現状をまとめると、復興予定の四牙区の区長になりそうな市長の部下が、ならず者どもをどこからか大量に仕入れて、群魔の交易品を堂々と盗むという嫌がらせをしながら、それを四牙区の名義で転売してるってことで、その対策としては一網打尽にできるようになるまで待つこと、そして証拠の一つもないとその部下という頭を押さえることが出来ない。どうしようという話だったはずだ。
それならここに現れた、タマルは何者なんだろう。一般の騎士とは違うのだろうか。
「市長はこのような件に対処してくれる人材、というか役職に心当たりがあったようで、助力を乞うたようじゃ。ただ、着任まで早くとも一月はかかろうというものを、偶然彼女がこの地を訪れていたことは、我も驚いたわ」
バスキーは満足そうに頷き、この場の全員に向けてゆっくりと口を開いた。
「紹介しよう。彼女の名はタマル・ゲルトシュランク。国家に僅かしかおらぬ、悪名高き『銭騎士』の遍歴の一人じゃ」
銭騎士。今まで何度か耳にして、ついぞ見たことがなかった怪人物。それが今、俺の目の前にいるタマルだっていうのか。
「サチウスさん、今まで黙っていてごめんなさい」
呟く彼女の言葉に、はっとしてその顔を見る。勝気そうな顔をしているのに、良く落ち込むタマル。
魔物よりも人間を多く屠り、お金が何よりも大切なタマル。
家族に恵まれず悔し涙を流したタマル。その彼女が銭騎士。
――言われてみれば確かにそれっぽいな。
そして特に他に何も言うことも感慨もない。大げさに驚いてはみたものの、銭騎士がどういうものがよく知らない俺にとって、他の三人のようにざわつく理由がない。
「いやまあ、何ていうかそのうん……お帰りなさい」
「ええ、え? それだけ?」
何とかそれだけ言うことができたが、上手くリアクションをとれなかった。空気を読めずにいたことで、タマルも一転して、拍子抜けしたような表情をしてしまったではないか。
周りを見るけどフォローはない。ミトラスたちは不思議そうな目で見ているし、パンドラたちも俺たちのやりとりが終わるのを、待っている状態だ。
完全にやってしまった感じがして嫌な汗が浮かんでくるけど、でもそこは流石に相手が大人だった。彼女は咳払いを一つすると、にこりと微笑んで。
「ええ、ただいま戻りました」
と同じように普通の答えを返してくれた。
うん、この人といると調子狂うけど、その度にこうしてフォローされるのも悪くないな。
まあそんなこんなで彼女を加えた俺たちは、改めて会議を続行するのだった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




