・おいでませ群魔
今回長めです。
・おいでませ群魔
二日目。昨日に引き続きタマルの群魔観光に、付き合うことになった。彼女はやはり早足で歩いていき、その度に鎧が煩く音を鳴らす。
威嚇効果は抜群で、道行く魔物や擦れ違う人々からおよそ好意的な視線は向けられない。
今日も快晴である。例年だともっと雨の日が続くんだけど、もしかしたらこの人は晴れ女という奴なのかも知れない。
「今日は妖精町を見て回ります」
言葉は素っ気無かったけど、その表情は明るい。
少しばかり早すぎると思うけど、気持ちが晴れてきているのはいいことだ。例によって例の如く、馬車に揺られながら目的地へと到着する。
何気にこうして魔法に頼らず移動するのは新鮮だ。不便だけど。せめて自転車が欲しいなあ。
「思っていた以上に村ですね。広さこそ街ですけど、全体的に長閑というか」
「作物がいまいち合わないんですって。土も改良して水も引いてるんですけど」
妖精町は現在も色々と模索中である。大音量の風力発電を減らしながらの、再出発をしたものの、その生活基盤はお世辞にも豊かとは言えない。
お金は妖精学校が主に稼いでくれてはいるものの、他に産業らしい産業がない。とりあえず芋と米とトウモロコシを育てているが、どれもそこまで実らない。
煩い発電所にも負けずに残っていた、しぶとい竹林に光明を見出しこれを増殖、活用する方向で、育てる作物の変更と併せて検討中である。
ファンタジー世界における生き物たちへのアッパー調整を過分に受けたこの竹林は、以前パンドラが『害樹』呼ばわりしたのも、納得の生命力と繁殖力を誇っており、再生に消費と伐採が、追いつかなくなりつつある。あちらを立てるとこちらが立たない。
「いっそ輸出用の作物の栽培に、切り替えようって声もありましたけど、エルフも今は魔物の扱いだから、外に行けないんですよね。ここが一番交易向きの土地なのに」
そこかしこに点在する農園を横目に、二人で歩く。値踏みをするように、というかしているであろうタマルは忌々しげに、親指の爪を噛んだ。短く尖った眉が釣りあがっている。
「なんとも不経済ですね。効率的でもないし合理的でもない。こういう不自然な事象に経済活動の足を引っ張られるのは、実に気に入りません。勿論、それを徹底しろとは思いませんが」
そう呟いて、肩から吊り下げた鞄の中から、手帳を取り出してまた何かを書き込む。俺はといえばタマルの意外な発言に、僅かに衝撃を受けていた。
「え、徹底させないんですか」
俺の問いに彼女はむっとした様子でこちらを見た。いかにも心外だと顔に書いてある。
「そんなことをすれば最終的に制度やそのやり方に合わない人が多数派になるでしょう。合理化も効率化もやればやるだけ要求される内容が厳しくなっていくからです。行政側も自分たちから責任の所在を減らしてやらされるほうのせいになるように絵図面を引きますから、現場では不満は溜まるしミスへの対処も遅れ、それが惰性で続く事態に発展します。それは効率や合理化を妨げる結果に繋がります。それこそ経済活動への不誠実というもの。私としては不利益や非合理性に慣用であれと言わざるを得ません。改革に酔う邪悪な小役人は後を断ちませんが、彼らには責任感や自分たちの決定の悪影響を考慮し受け入れる能力が欠如しています。ゴブリンのような連中ですよ。市井の皆様にはそういう人たちの決定に対し、常に疑いと反抗の意思と手段を持っていただきたい。そもそも、人間に合理や効率を求めるなら人間を止めるのが一番だと私は考えます。私は金貨になりたい」
うわあ、いっぺんにそんなにはやくちでまくしたてられてもききとれないよごめんなさい。
それと最後のはお前の願望だろう。
そこは分かったぞ。
後うちのゴブリンは下手な人間よりもよっぽど上等です。指摘してケンカになっても、勝ち目がないから言わないでおくけど。
「えーと、ごめんなさい、私はタマルさんのことを、誤解していました」
「お気になさらず、こういう仕事ですからそれは避けられません。こちらとしても言葉が過ぎました。サチウスさん」
スカートの裾を摘むような、優雅な仕草で一礼をすると、彼女は気を取り直して歩き出す。
うちのミトラスも相当だけど、この人も仕事に対してかなり入れ込んでるな。それにしてもいきなり長台詞をぶち込まれて、頭がくらくらする。
「サチウスさん。あの風車が風力発電という奴なのですか。少し変わった趣の、風車小屋のようにも見えますけど」
興味深そうに風力発電所を見上げるタマル。よし、今こそこんなこともあろうかと、秘かに練習しておいた説明を、お聞かせしようじゃないか。
「ええ、自然の風と、魔法で発生させた風と水とを相互に作用させて電力を作っています。電力は魔力の代わりで、また同じことを繰り返します。それで水源の無いこの地にみじゅを引き込む役目を負ってました」
かんだ。
「そうですか。ということは、これは水を出すだけの装置なのですか」
「前はそうでした。しかも管理者が暴走させた結果、この地は一度極度に乾燥してしまいました。ですが今は過去の失敗を生かして、防災施設となっています」
『防災施設』と繰り返すタマルに俺は説明を続けた。止まるな、絶対に止まるな。台詞をかんだ恥ずかしさに止まったら、それこそ恥ずかしいぞサチコ。
「水は河川区から引いたこともあって、今はその役目を終えました。ですが機能はそのままですから、干ばつがあれば直ぐに対処ができますし、逆に雨続きとなれば風車の風のみを吹かせて、乾燥を促すこともできます。電力も引込み線を敷いてご家庭に売却しようかという案も出ているんです。もっとも、電力を要するものが全然ないんですけどね」
どうだ! 言い切ったぞ!
願いだからかんだことには目を瞑ってくれ!
「なるほど、干ばつへの対策に、貯水というのはよく聞きますが、発生させられるというのは初めて聞きました。そして逆に乾燥というのも良いですね。冬の降雪時など重宝するのでは」
おお、いいな。大人な対応だ。俺の中でタマルへの心証が少し好くなったな。そして答え易い質問をありがとう。
「そうですね、送風は雪を払うのにも、泥濘を乾かすのにも一役買います」
「持ち腐れにならない箱物、善いですね。実に善い」
何故だろう。彼女は今までで一番爽やかな笑顔を浮かべた。いったい何が心を揺さぶったのだろうか。
聞かないでおこう。また沢山喋られても面倒だ。
タマルは満足そうに頷くと、また足早に歩き出す。
「次はこの街の顔、妖精学校ですね、楽しみです」
「って言っても、今は授業中ですよ」
なんだかんだもう大分顔を見せてないな。
無理もない。俺も正規の職員じゃないからな。
程なくして見えてきた校舎の敷地、その校門には詰め所がある。ここで見学の手続きをして、見学者用のバッジを身に付けてから、中に通してもらう。部外者が入れるのは一階の食堂と、購買部の部室まで。
そう、購買部なのに部室があるのだ。
何せ扱ってる品物が文房具とパンと失くした生徒のための教科書だけに留まらず、ここの特産品である楽器とばら売りの部品、妖精サイズの服飾品や雑貨など非常に充実している。
「いらっしゃいませ! 見学のかたですね、ごゆっくりどうぞ!」
俺の半分くらいの身長の妖精、ノームの店員がずんぐりとした体を傾けて、挨拶をしてくれる。顔見知りじゃないのが、嬉しいような寂しいような。
「ありがとう。ここが妖精学校の購買部、へえ、ふんふん」
挨拶もそこそこに、早速タマルが部室内を、物色し始める。
目玉商品の楽器を手に取るかと思いきや、ばら売りの素材を一つ一つ手にとっては、ためつすがめつしている。塗料、接着剤、布、糸、本体の竹、吹き口などなど。
「値段の設定がしっかりしてますね。もう少し高くても構いませんが、それでもこれは良くできています。この価格を付けたのはどなたでしょう。ちゃんと考えています」
ちなみに全部の素材を足しても、完成品の半分に届かない。その辺は人件費と手間賃である。
世の中の大半のものは、自分で作れるなら格安になるが、そうでないなら文句は言えない料金設定をされているものだ。
例外として、パソコンや車など自作することを凝りに凝ったことで、逆に既製品よりも高額になる場合も存在する。
ともあれこの辺りはタニヤ校長と先生方が頭を悩ませた結果だろう。
生徒の作品の商品価値を決めるなんて、さぞや親御さんと相場の間で苦しんだだろう。頑張ったんだな。
「ケチをつける所は、まだ無さそうです」
本職、いや本職は騎士だけど、やたらお金に煩い人にこういう評価をされて俺も安心する。ぼったくりだ何だと騒がれたり、責任者コールをされたりせずに、済んだだけでも十分だ。
「質も悪くはないですね。ちゃんと自分たちの製作であるという印もある、中々どうして好感が持てます」
この人やっぱり騎士じゃないのかな。それともヤクザの金庫番みたいな、かなり特殊な立ち位置の方なんだろうか。
発言が商人っぽいものばかりで、ナイトっぽいものを今のところ、一つも聞いてない。
「この後に音楽の授業がありますから、良かったら是非聞いていって下さい!」
タマルを他所にビスケットを大人買いすると、ノームの店員は土色の顔をほころばせた。元の世界みたいに防音の音楽室なんて物はないので、音は駄々漏れである。
俺たちはその言葉を受けて、しばらくの間、購買部で時間を潰した。
やがて上の階から様々な楽器の音、取り分け多くの笛の音と、生徒たちの歌声が振ってきた。
幾らも聞いたことがないのに、なんだか随分と馴染み深くて懐かしい。ふと隣を見れば、タマルも優しい面持ちで聞き入っていた。
けっこう、可愛いところもあるんだな。
「今日は、休暇らしい休暇を過ごせたと思います」
「それなら良かったです」
帰りの馬車に揺られながら、俺たちは何気ない世間話をしていた。できるようになっていた。何気に竜人町よりも長く留まっていたし、タマルも笑った。
「まだまだ休暇はありますからね、群魔が終わったら神無側の他の区も回って、たっぷりと楽しみますよ。本当に、久しぶりに休めそうです」
そう告げる彼女の横顔は、どこか子どものようにあどけなく、しかし疲れを感じさせた。
改めてその姿を見る。痩せた剣を佩いて、身を包む甲冑は傷だらけ。休暇と言いながら、決して装備を手放さない。
どういう生活を送っているのかが、今更ながら垣間見えた気がする。
「だけど、私が案内できるのは、群魔までですから、そこは忘れないでくださいね」
俺がそう言うと、彼女はこちらを見て『忘れてた』と呟いた。さっきまでの笑顔が、少しだけ曇る。
このとき俺もまた、この人が目上の女性だってことを忘れてた。
「そっか、寂しいなあ」
その言葉で会話が途切れた。秋の昼過ぎ、馬車の窓から差し込む夕暮れ前の、最後の昼の明かりを受けながら、タマルは小さく俯いていた。
別れを惜しむ子どもみたいに、黙ってた。
けっこう、可愛いところもあるんだな。本当に。
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文章と行間を修正しました。




