・ようこそ群魔
・ようこそ群魔
「それじゃ、いきましょうか」
「ええ、宜しくお願いします!」
結局、タマルは実家をあっさりと手放した。彼女に立ち退き料とでも言うべきお金を、後日支払うことになり、遺骨は化けて出られても困るので、神無側区の共同墓地に埋葬という形になった。
本当は群魔の墓地に埋めても良かったけど、そこは市長への意趣返しと、こんな人のそんな身内を埋めたくないという、俺の優しさからそれとなく誘導したのである。
「でも、本当に良いんですか。タマルさん、お仕事のほうは」
「安心してください。私は元より外回りですし、今回の件で長い休みを貰ってます。魔物の街というのも、いつかは見てみたいと思ってましたし」
吹っ切れた様子のタマルは嬉しそうに先を歩く。全身フルアーマーなのに、歩くのが速い。小走りにならないと置いていかれてしまう。
先日、兄の死に号泣して、一見心優しい女性のように思えた彼女と、諸々の手続きを済ませた後、今後の予定をそれとなく聞いてみたところ、しばらくの間は神無側に逗留するつもりだと言った。
だから群魔の観光用パンフレット(最新版)を渡して役場の者に言えば、手が空いていたら案内してもらえることを教えたのだ。
そうしたらタマルは、その場で俺に、それを頼んできた。言わなきゃ良かったものを俺の馬鹿。ていうか観光なら、せめて鎧を脱いで来てくれ。
ちなみに何故そんなサービスがあるのかと言えば、もっと偉い人がうちの偉い人を呼び出すためである。
ミトラスも以前、他の区から来た人間の偉い人たちへの、説明と称した観光案内に、駆り出されたことがある。
この状態でまた別の人が訪ねてきた場合「誰々は現在どこにいるのか分かりませんので、また後程お越し下さい」と、大変失礼な追い返し方をする羽目になるので、このサービスを廃止したいという声は日に日に高まっている。
今じゃすごい広いしね、群魔区。
まあそんな訳で、俺たちは朝一番の大通りを急いで歩いていた。
清々しいまでの秋晴れと、珍しく温かい風が、この来客を出迎えているかのようだ。余計な真似を。
「私も人間ですけど、扱いは魔物区分だから群魔までしか案内できませんが」
「構いません。二日でいけます」
二日も俺を拘束するつもりか。取り急ぎの仕事もないからいいけど。こういう人苦手だなあ。
自分の発言や考えかたに、疑うものは何もないって感じの人。でも人相通りの性格と言えば、それまでかも知れない。
「それで、案内って行っても、どこから行きますか。ていうより、群魔町は見ていかないんですか」
「ここは最後です。そう、先ずは竜人町にいきたいのですが」
パンフレットを広げながら言うタマルを、駅へと案内した。馬車は九分割マップの縦と横の線を、なぞるように走っている。基本的に二車線の往復便。端から端までを行ったり来たりする。
「二人分お願いします。それと一人分の領収書を」
「いいですね。ちゃんとしてますね」
タマルは何故か金銭のやりとりを見て、嬉しそうに微笑んだ。気色悪い。人間の女性の知り合いはこれで二人目だけど、アル中の次は狂信者か。嫌だなあ。
「竜人町へは馬車で四十分くらいです。着く頃には昼の外道市が始まってるはずですよ」
「外道市?」
「外れの獲物が並ぶ市場です。買ったら近くのお店で調理してもらえますよ」
到着すると、タマルはやはり足早に港へと向かう。初めから目的地が定まった歩き方だった。外道市は今日も活況。
外に出回らない魚は漁師たちのご飯である。最近では生け簀を作って養殖できないか、なんて声も。三大欲求に基づく文明の、発展速度は凄まじい。
「ジャイアントクラブは?」
「あ、解禁は来月からだけど、差配は今日ですね」
ジャイアントクラブ漁は取ったもの勝ちでもなければ入札制でもない。漁師たちの共有財産である。色々頑張ったけど今年は厳しいという、漁師を選んで売らせるのである。談合ではない。差配である。
漁師が減れば一人当たりの取り分は増えそうだけど(増えると断言できない)、それだと水揚げ量は間違いなく減る。
彼らの最低限の数を、維持するための差配であり、言わば救済処置である。そして、巨蟹を売る漁師を選ぶ権利を持つのは。
「今から読み上げる者は、今年のジャイアントクラブ漁の権利を持つ者である! 前に出られたし! 来年こそは、調子が上向くと良いのう」
体長約三メートルの赤いドラゴン。この街では名士のバスキーである。
彼がこの年末の利権を掌握し、その年上手くいかなかった漁師たちを救い上げるのだ。勿論、この巨蟹があるからと漁師たちが怠けないよう、一度ジャイアントクラブ漁の権利を受けた漁師は、向こう三年その権利を受けられなくなる。
そして解禁された蟹の数より、差配を受ける漁師の数が少なかった場合、余りは区が売り、そのまま税収に貢献するようになっている。
「へえ、そのまま大きいとこが、全部持ってく訳じゃないのね」
「第一次産業であんまり脱落者出しても、仕方ありませんからね」
「なるほど」
何か納得すると、タマルは次に温室棟に向かった。一見するとひなびた住宅街にしか見えないが、ちゃんと外側に『温室棟○番』という看板が出ている。
屋内はそれぞれ違っており、ビニールハウスのようになっていることもあれば、水槽が多数設置されていることもあった。
「サチウスさん、これは?」
「スプラトニとコスタマですね。しょっぱいですが、プチプチしてるのが後者、コリコリとしてるのが前者、湯通ししてから食べます」
タマルさんが興味深そうにしていらしたので、試食体験コーナーで二人分のおにぎりを頼む。小さなテーブルに座り、運ばれてきたそれを食す。
緑と赤の具材が使われた白米の塊は豊かな食感と、その実塩味一択という剛毅さで、いとも容易く我々の胃袋を掴んだ。
「とても美味しいですが、ちょっとだけ高いですね」
「まだここでしか作れませんからね」
口をもごもごさせながらも、熱心に値段を検討するタマル。全くの余談だが、このおにぎりの竜人町での名前は義理結。
おむすびとおにぎりの、不毛な名前争いの話を俺から聞いたバスキーが、それならばと付けたんだけど、たぶんそのうち二つに分かれる。
「ごちそうさまでした。お土産が貰えたので、まあ値段相応ということにしましょう」
帰り際に青海苔の入った小瓶を、頂いてしまった。最初はタマルがカビかと疑ったが、食べられる海草の粉末だと説明すると、興味深そうにそれを見ていた。
俺としてはこの街で既に海苔の養殖が始まっていることのほうがびっくりだ。
『深き者たち水の力を使い地上で美味しく育てた青海苔です。是非ご賞味下さい!』と力強い宣伝を、恐らく正体は人魚であろう尼さんから頂戴した。
うちの深海生物共と来たら、こういうことに深層水(意味深)を使っちゃうんだもんなあ。
「やはりご当地の食べ物は、割高であると言わざるを得ませんが、海岸料金の域を逸脱する程でもないし、許容範囲ですね」
何この人、お腹が膨れたせいかすっごい偉そう。
「まだ適正な価格を設定するには、時期尚早ですね。悪くない。こういう時期にある街は、私としても望むところ」
この人騎士だよなあ。人のことを守るのが仕事のはずなんだけど。控えめに言ってお金が大好きみたいだから、駆け出しの漁港に、金の匂いを嗅ぎ付けたってところなんだろうな。
「よし、満足しました。帰りましょう。次は群魔町を半分ほど見て、明日に備えます」
「え、まだたった二時間しか経ってないし、これから昼ですよ!」
「もう昼です!」
ええ、何この人、意味分からん。観光っていうよりこれじゃ査察じゃない。そうなのかなあ。
でもそんなことあるか? 身内の死に託けて仕事にやって来るなんてこと。
「予てより群魔の装飾品には、私も興味がありましたから」
タマルはこちらに関係なく歩いていく。それがまた一段と速い!
走ってるんじゃないかというくらい速い! 急いで追いかけたせいで、駅に着く頃には、こちらの息が切れてしまった。横腹が痛い。
「あ、あし、はやいですね」
「遍歴の基本は足ですから。鎧を脱げば馬よりも速く走れますよ」
褒めてない。省みろ。ばか。ダメだ、唐突な疲労のせいで頭が回らない。
帰りの馬車を待つ間と、馬車に乗っている間、俺は何とか息を整えて、調子を取り戻した。
「立ち上げに焦げ付き無し、と」
一方タマルはと言えば、独り言を呟いては、どこからか取り出した手帳に、細かく何かを書き込んでいたのだった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




