・夜の後ろ側
・夜の後ろ側
「という様に、皆さんはこの予定で動いてください」
俺が事務的な説明を済ますと、魔物たちは一斉に行動を開始した。一度は離れたとはいえ、元は同じ職場の面々だ。一々言わずとも呼吸が合っている。
染料担当は食堂と地下のシャワー室へと向かった。ここで染料が作られるわけだが、貝の魔物たちはシャワー室で自分を熱湯で煮込むことにより、お湯に色を出すのだそうだ。
それで平気なあたりやっぱり魔物なんだな。
生地担当は一階と、食堂を除く二階の全域を使用している。一階では糸を作り出すためにレトロな、しかしこの世界では一般的な手動の紡績機が、二階ではそれを生地にするために、同じく手動の機織り機が整然と並んでいる。
そして服の制作担当が使用する三階では、手回し式のミシンが配置されている。この設備投資で五千ゴールドの黒字の半分が費やされた。
本当はもっとかかるはずだったが、魔物たちがわざわざ仕事道具を、持ち込んでくれたおかげで、ぐっと安く済んだ。
「サチウスさん、ちょっといいかしら?」
「はいただいま!」
俺はというとユグドラさんの手伝いとして、役所の中を案内していた。昔はミトラスの世話役だったというだけあって、結構偉かったらしい。
テキパキと手配をする度に、他の魔物も速やかに行動に移るし、この人に使われていると、周りの目も少しだけ柔らかくなる。
「原料を作っている今のうちに、聞いておきたいのだけれど、誰を相手に売るのか、私たちは誰に向けて服を繕えばいいのか、それを教えて頂戴」
ユグドラさんが真っ直ぐにこちらを見つめてくる。値踏みしているというより、試すような目だった。
粘ついて仄暗いんじゃなく、通り過ぎようとしている空っ風みたいな目。
「市長です。あの人に売り込んで、更にあの人から、広めてもらうつもりです」
「話は付いてるの?」
「何せ昨日今日のことですから。ですがさせます」
タカ爺には悪いが、またこの区の命運が掛かっているんだ。強引にでも老い楽のファッションに目覚めてもらう。
そして年甲斐のない楽しみというものは、往々にして当事者の評価を下げつつも、当該物に着目させるという効果を持っている。
『あいつはムカつくが着ているものは確かに良かったな』と思わせることができれば、活路はある。
今は口コミと品質でやり過ごすしかないのだ。
「いい返事ね。確かにあの方なら、まともに取り合ってくれそうだわ。そうなると……お年寄りに合わせた作りをしないといけないわね」
「見ていてローブも制服も、相当に邪魔そうでした。現状の問題点を改善すれば、今回はそれだけでもよろしいかと」
タカ爺のローブは年季が入っていると言えば聞こえはいいが、見ればボロボロで布地も余っており、ローブというよりトーガに近かった。
下に着込んだ服もダブついており、転ぶんじゃないかと心配だった。
「布を絞るための紐と、その紐を留めておくための場所が必要だ、ローブはいっそ外套にしてしまったほうがいいわね。仕立ては制服でよかったのよね」
「はい。新しい制服として売り込みたいので。資料をお持ちしましょうか?」
「お願いするわ」
ユグドラさんに言われて俺は自室へと踵を返した。オタク趣味の一つとして、制服を嗜んでおいて本当に良かった。カテゴリが制服と軍服、それと和服の図鑑を持って駆け戻る。
「これです!」
「ありがとう。それじゃあ下から仕事が上がってくる前に、終わらせておきましょうか。あなたは自由にしてくれていいわ」
「はい、それでは失礼します!」
そう言うユグドラさんは既に資料に集中している。用事が済んで解放された俺はその場を後にした。
現在深夜午前二時。折角なので他の部署の作業風景を見に行こう。正直ずっと気になっていたのだ。この夜中のテンションを生かさない手はない。
そんな訳で、俺は先ずシャワー室へと向かうことにした。
*
大して広くもないシャワー室には、長蛇の列ができていた。途中で寄った食堂もそうだけど、施設は現在フル稼働中。
食堂はまだ染料のために葉っぱとか野菜とか木の皮を煮込んでいるだけだったが、こちらは湯船に人間大の貝とかウニが順番に煮込まれている。
八十℃からの高温に煮込まれた彼らが浸かった湯は時に琥珀色、時に墨色の液体に変じていく。
粗方色を出し終えた者は、ゴーレムに取り出してもらったり、器用に這い出したりする。
「ああ、サチウスも来たんですか?」
「ミトラス」
声のした方に振り向くと、そこには見慣れた子どもの姿があった。いつになく元気のある笑顔で、こちらに駆け寄ってくる。
「お疲れさん。何してるんだ?」
「ボイラー室の使い方を皆に教えてました。流石にお風呂の持ち込みまでは、できなかったから」
現在絶賛出汁取り中の魔物たちは、普段は五右衛門風呂のような物に入り、魔法と普通の火の両方で湯加減を調整して、染料を得るのだそうだ。
「そうか。こっちはさっきユグドラさんが、服の設計に入ったよ。あの人、魔物か、なんだか随分仲が好さそうだったけど。やっぱり大切な人かい?」
「僕にとって大切じゃない者はそう多くないよ」
ミトラスが言い切った。茶化すつもりが大真面目にばっさりと切り捨てられてしまったな。こういう所はけっこう伊達だなこいつ。
「見回りながら話すよ」
風呂から煮汁、もとい染料が汲み出されていくのを横目に、俺はミトラスに連れられて一階へと戻った。
そこでは大型の蜘蛛と植物の魔物たち(口が有ったり足が有ったり顔があったりする)がまんじりともせずに睨み合っている。
「どうかしました?」
『殿下!?』
彼らは声を合わせて驚いたが、何やら思う所があったのか、互いに目配せをすると頷き合い、やがて丸いサボテンのような魔物が口? を開いた。
「いえ、実は糸の質感で紛糾しておりまして」
「ああ。それってもしかして市長のことですか?」
迂闊だった。どれだけ良質であっても、文字通り肌に合わなければ意味がない。
そう思ったが、彼らの悩みは別だった。
「我らは殿下の好みは分かっていますが人間の、それも老人に合う布、となると勝手が違います。質感は元より重さも変えられます故、どうすべきかが、恥ずかしながら決められず」
「それなら彼女に聞きなさい。彼女も人間です」
いきなり水を向けられた。遅まきながらやってきた眠気があっさりと吹き飛ぶ。
ちょっと待ってくれ。他人から話しかけられるの、本当は少し辛いんだって。
「サチウス、あなたの周りにいたお年寄りは、どうでしたか?」
あ、俺じゃなくて俺の祖父母の話しでいいのか。
よしよし、それなら大丈夫だな。
本職にセンスが試されたりしなくてよかった。
「そうですね、私の家族で着る者に拘りがあったのは父方のお婆ちゃんだけでした。あの人は不憫でした。大抵の繊維が肌に合わなかったから、いっつも同じ服ばかり着てました」
思い出しながら話すことの内容は、色褪せているはずなのに、他のどんな思い出よりも、はっきりと思い出せる。俺が覚えていると断言できる、数少ないことの一つだ。
「純毛以外は着られないし、絹糸でさえ肌が気触れる。だからずっと着た切りで、服はボロボロだった。値が張るからです。祝い事の席とか年中行事に、新しい服を買ってあげると、それはもう喜んでくれて」
そうだな。あの人が、俺に人間って喜ぶ生き物なんだって、教えてくれたんだ。覚えてる。
「煙草が趣味でさ、折角の新品が、いつも直ぐにヤニ臭くなって、その度にもう少し大事にしてくれって、言ったもんだよ」
「サチウス」
「最後になったのは地元の小さな服屋に置かれてた、紫の純毛のカーディガンでさ、柔らかくてふっくらしててさ、高かったけど喜んでくれて、俺もどうだ! プレゼントしてやったぞ! って嬉しかった」
もらったその年のお年玉は全額使ったが、充分甲斐はあったと思う。
「やっぱりその服をずっと着ててさ、死んだ後に荷物整理してた時は、ぺったんこになって、他の服と見分けがつかないくらい傷んでたんだ。ちょっとくらいら着替えればいいのによ……」
「サチコ……」
しまった。
布の話をしてたのに、毛になってしまった。
静まり返った空気が痛い。
でも毛糸みたいな蜘蛛の糸とか植物繊維とかファンタジーなら出せるだろうきっと。うん。
「ああ、すいません区長。つい地が出てしまって」
「構いません。それより顔を洗ってきたほうがいい」
「あ、ああ、もうずっとですもんね。そうします」
そろそろ顔が脂ぎっていることだろう。確かに顔を洗ったほうがいい。大分眠くなってきたし。
今も欠伸を噛み殺し続けているせいで、涙が余って仕方ない。そういうことにしておこう。
俺はちょっとだけ、疲れているだけなんだ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




